エンマさんの憂鬱

松竹梅

エンマさんの憂鬱

私はエンマ。どこにでもいる普通の高校生です。


言う必要はないですけど私は人間です。見ればわかると思いますけど。


でも周りのみんなはそうは思っていないみたい。


変なことは何もしていないのに。不思議です。


怖がる人は怖がるし。避ける人は避けていく。


廊下を普通に歩いているときのこと。


あのときは次の授業が移動教室だったので早めに向かっていました。


私の学校はどちらかと言えば大きい方です。


小さめの山が1つ入るくらいでしょうか。


移動教室が少しだけ遠いのが玉に瑕です。


いつものように筆記用具と教科書を持っていきます。


前から他のクラスの子が歩いてきました。


あの子たちも移動教室なのでしょうか。いったい何の授業かしら。


そんなことを思っているとパッと彼らと目が合います。


するとどうでしょう。


見てはいけないものを見たような恐ろしい形相になりました。


大きく開いた口から魂が抜け出てくるんじゃないかという勢いです。


そしてそのまま2人はもと来た廊下をUターン。


2倍速で私と同じ方向へ歩いていきます。


私はずっと同じスピードなので彼女たちとの距離は離れていきます。


まるで埋められない穴があけられていくような感覚。


私の後ろにこの世の終わりのようなものでも出ていたのでしょうか。


気になって振り返っても何もいません。


幽霊らしき気配どころか他の学生1人さえも。


同じクラスの子たちはまだ移動しないのかしら。


変なのと思いながらも授業のために向かいます。


しばらく歩くとようやく目的の教室が見えてきました。


他の学生がガヤガヤと教室を出てきます。前の授業の子たちでしょう。


ちょうど彼らと私の距離が教室1つ分くらいになったときです。


先ほどの子たちと同じように彼女たちの様子が急変しました。


私を見たとたんに授業をしていた教室に帰っていきます。


「どうしたお前ら、続きをやりたくてUターンしてきたのか?」


私の気持ちを代弁するように先生の声が聞こえます。


また何かいるのかしらと後ろを見ても当然何もいません。


本当に不思議です。


別に私は誰かをいじめたわけでもありません。


ましてや悪口なんてはしたない。


もちろん人並みに怒ることはありますが。


どうやら私のあだ名と噂が関係しているみたい。


例の噂について友達に詳しく聞いてみました。


「男子の間ではエンマ大王なんて呼んでるって聞いたことはあるよ」


「歩く人を見ただけでその場から離れさせたり」


「一定の距離より近くなるともと来た道を帰らせたりとか」


「男子に強いなんて羨ましいよねー」


色々な噂を聞きましたがどうにも私にはピンときません。


男子を怖がらせるほどの力もないですし。


どちらかと言えばかわいらしい顔立ちだと思います。


なのに私を怖がるとはどういうことでしょうか。


ちょっぴり残念に思ってしまいます。


これが最近の悩みです。


そういえば先日もう1つ不思議なことがありました。


「君が好きだ、付き合ってくれないだろうか」


知らない男の子に告白されたのです。


その人とは話したことが一度もありませんでした。


隣のクラスの委員長で。サッカー部部長で。生徒会役員で。


来年には生徒会長になるらしく。成績も優秀で。運動もできる。


就職に強いと噂の大学に推薦が決まっていて。おまけに良家の息子だとか。


顔立ちも整っていて。絵に描いたような好青年といった印象でした。


初対面で告白というのも度胸がいるはずですがそんな素振りも見せません。


そんな人が私を好きと言ってくれたのです。


女子としてはときめく瞬間といっていいでしょう。


相手はまっすぐにこちらを見据えています。


ならばこちらも答えなければいけません。


こういうことは苦手なのですが。


誠意には誠意をもって答えなければならないでしょう。


胸を高鳴らせ。頬にちょっぴり熱を感じながら。


思ったことをはっきりと伝えます。


「気持ち悪いですいきなりなんですか私たち今日初めて会ったばかりですよね正直あなたの存在を認識したのは今この瞬間が初めてなのですがこれほど気持ち悪いと思ったのは初めてです体育館倉庫の裏だなんてベタなところに呼び出したと思ったら聞いてもいないのに自分はクラス委員長だとかサッカー部の部長だとか生徒会長になる予定だとか言い始めて果てはお金持ちで成績も優秀で性格も気前もよし将来も安泰な好物件だと自分語りを始めてあなたは楽しいかもしれませんが私は正直あなたが口を開いた瞬間から大体の話は予想ついていたので驚きも感動も何もありませんでしたそれが売りだったのだとしたら申し訳もありませんが私の責任ではありませんありきたりの台詞しか思いつかなかったあなたの自業自得なのですから仕方ないですね今日のためにいろいろと頑張っていらっしゃったのかもしれませんけど残念ながらすべて無駄ですあなたの努力は全て無駄というよりあなたの話は大体でっち上げの嘘っぱちだということはバレバレなのでこの場に私を呼んだことからもはや許されないことです資格がないんですよあなたには私に告白なんてしようと思うならもっとマシでまっとうな人生を送った方がいいでしょうとりあえず高校生活を見直すことから始めたらいかがでしょうか少しは自分の本質が見えてくると思いますよ」


まだまだ言いたいことはたくさんあるのですがいったん息継ぎをします。


しかし相手を見ると先ほどの元気は何処へやら。


外れそうなくらい肩を落としています。


相当悲しかったのでしょう。


私が二の句を継ぐ前に来た道を帰って行ってしまいました。


翌日その人を廊下で見かけました。


まるで人が変わったように歩き方から顔立ちから色々変わっていました。


そしてやっぱり私を見るやUターンして歩いた道を戻っていきます。


不思議なこともあるものです。


このことを幼馴染で親友のシモベさんに話しました。


彼女はこう言いました。


「やってくる煩悩どもを言葉で説き伏せ、更生させてしまうなんて、さすがエンマ大王って呼ばれるだけあるね~。一度その地獄を見たら誰も近づきたくないでしょ~」


いつも一緒にいる彼女の話を聞いても私は不思議でなりません。


何もしていないのにみんなが私を見るたびにUターンしていく。


困ったことではありますが。日常に支障ないのが救いです。


これが私のもう1つの悩みです。


来年はもう3年生。新たな年が始まります。


何人かは2年生のまま留まるそうで。


その中には告白してきたあの男子生徒もいました。


というより留年する生徒は全員男子だったそうです。


不思議なこともあるものですね。


言い寄ってくる男子が少なくなるのはいいことなのですが。


悩みのない楽しい学生生活にしたいです。


   ***


そして新学年。


下の学年での私のあだ名が「Uターンクイーン」となり。


どんなものかを見てみようと言い寄ってくる男子生徒が増え。


廊下を歩くとUターンする人が増え。


私の悩みがまた増えるのはここだけの話です。

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