競馬場へ行こう
@nozeki
ま、いいや
「幸せになってください」
5年も付き合ってた彼女から来たLINE。
どうやら愛想尽かされたらしい。
最近は仕事忙しかったし、なかなかデートも出来なかったもんな。
おかげで会う時間がめっきり減ってた。
競馬場に連れて行こうとしたけど、断固拒否でさ。
理由を聞いたら「大きな生き物はみんな苦手」って……。
馬、かわいいのにな。
しかし、LINEで済ませるあたりがもう終わってたんだろうな。
まるで就活中にさんざん面接先からもらってたお祈りしますメールみたいじゃんか。
そういや、あいつと会ったのもその頃、いやもうちょっと前か。
……思い出してきた。
5年前の日経賞の日。
競馬場に誘ったけど嫌だって言われて、ウインズに連れてったんだったな。
ウインバリアシオンの単勝で勝負かけたのに、2着でガックリ。
夜は豪華なディナーにするはずが、牛丼屋になっちまってさ。
それでも彼女は楽しそうにしてたっけ。
もう、そんな気持ちは持ち合わせちゃいないんだろう。
この間から俺が熱出して寝込んでるって連絡したのに、結局見舞いにも来なかったしな。
そのときに気づくべきだったんだろうなあ。
まだあちこち関節が痛い。
診断書出しての休みは明日までだが、明日までに熱下がるんかね。
自分のことなのに、苦笑いしてしまう。
ふと、机の上に目が止まる。
給料の3ヶ月分かけた指輪が箱に入ったまま。
残業志願してやっとこさで金こしらえて用意したんだがなあ。
忙しくしてたのもこのためだったんだけど……。
……ま、いいや。
トースターにパンをセットして新聞に目を通す。
世の中暗いニュースばかりで気が滅入る。
せめて自分くらいは明るくしてたら気にならないんだろうけどなあ。
今の俺には、何もかもが辛い。
ま、いいや。布団かぶって寝ちまおう。
……あ、会社から電話。
「お疲れ様ですー。具合どうですか?」
やけに明るい声は事務の女の子だな。
いつもニコニコしてるんですぐわかる。
最近はよくちょっかいかけられてるんですっかり顔なじみだ。
「ああ、お陰様でなんとか。まだ熱っぽいんで、明日もダメなら連絡します。」
「仕事はみんなで分担してるんでなんとか大丈夫ですよ。完治するまで休んでいいですからねー」
かたじけない。
「なんとか早期復帰しますんで。じゃあ……」
「ちょっと待ったぁー!」
……はい?
「あのっ、競馬、お好きでしたよね?」
「ええ、好きですよ」
電話の向こうで沈黙が流れる。
いつもなら冗談のひとつも来るとこだが、どうしたんだろう。
「具合良くなったら、競馬場に連れてってくださいねー」
え!?
「まだ行ったことないけど、コマーシャルとか見てたらすごく楽しそうで」
「楽しいかどうかは馬券が当たらないとね。でも、うちの会社で競馬やってるの、他にもいたでしょ?」
「……」
また沈黙。
「誰にでもこうしてお願いするんじゃないですからねー。早く良くなって、わたしを連れてってくださいねー」
……ええ!?
あ、はいと返事するかしないかの内に「じゃあお大事にー」と電話は切れた。
5年前に単勝買ったウインバリアシオンは種馬になってて、子供で一発逆転を狙ってるらしい。
あいつならやれるんじゃないかと思うし、もしかしたら俺もやれるかもしれない。
少なくとも、彼女に振られたまんまでいい事はないしな。
あの子、もしかして……。
だとしたら、ウダウダしてる場合じゃないな。
早いとこ治して、競馬場に行かないとだ。
トースターの中でパンが焦げてた。
電話してる間に焼けすぎたらしい。
……ま、いいや。
焦げたトーストは、苦いのにやたら美味しかった。
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