一番最初に戻ってきた人

cokoly

一番最初に戻ってきた人

 なんだか妙な雲行きのはなしになっている。


 仁名川沙子が笑顔になるとそれをみているほとんどの男子たちも笑顔になってしまうという人気ぶりなのだが、タクミとトモヤとカズキは全員が沙子のファンだった。


 今日は修了式で学校も早く終わり、みんなが浮かれた気分で下校している。

 タクミたちはいつもの通りに連んで一緒に帰っていた。

 海沿いの町は帰り道の学生たちがちらほらと歩く姿で彩られていた。

 部活も休みだったので、みんなでタクミの家に集まってゲームをする予定だったのだが、帰り道の途中で一人で歩いていた沙子と合流してしまった。


 明日から休みという浮かれたノリもあって仲良し三人はあからさまにテンションが高かった。

 三人の中でタクミだけは沙子と幼い頃からの知り合いだったので少し照れ臭さがある。以前は何も考えなく話せていたのに、沙子が女らしくなっていくほどに、昔のようには話せなくなっていった。


「仁名川さん、付き合ってるやついるの?」


 カズキの一言は明らかにフライングの勇足だった。

 が、言ってしまった以上止まることはできなかった。

「じゃあさ、好きな奴は」

 沙子はちょっと困った顔をしつつも笑顔を保ち

「内緒」

 と言った。

 タクミはカズキを落ち着けたかったが、元がお調子者なので歯止めが効かない。

「俺たち三人、どう? 仁名川さん的に」

 なんだかんだでトモヤも聞き入ってしまっている。

 タクミは「まあまあ」とあいだに入ろうとした矢先、

「ゼロじゃないかな」

 と沙子が言ったものだからカズキはますますおかしくなった。

 沙子はそんなに困った顔も見せず、なにごとか思案顔だったのが、タクミには不思議だった。


 長い坂道が伸びる交差点に差し掛かる。

 丘の上には海を見渡せる展望台があって、デートスポットとして知られていた。

 カズキはまだ収まりがついていない。

「俺たち三人同時に告白したら、誰を選ぶ?」

 流石に空気を読まなすぎだと、トモヤは若干引いていた。

 ところが

「あそこまでいってUターンして、最初に戻ってきた人の話を聞いてあげる」

 と沙子が言い出した。

 トモヤとカズキは思わず目を合わせる。

「マジで?!」

「うん」

 トモヤとカズキはあたふたと坂に向かって走り始めた。


 タクミは一人残っていた。

 妙なことになった、と半ば呆れて沙子に話しかけていた。

「おまえ、いいの、ほんとに」

「わたし、お話を聞いてあげる、としか言ってないわよ」

「それは気付いたよ」

 沙子は、あら? という顔をした。

「で、タクくんは行かないんだ」

「俺陸上部だぞ。行ったら勝つに決まってる。フェアじゃないよ」

 タクミがそういうと、沙子はため息と同時に軽く肩を落とした。

「忘れてたわ。タクくんのそういうとこ」

「はっはっは」

 タクミは能天気に笑っている。

「わかんないかなあ」

「何が」

「わたし、本当はあなたに一番に戻ってきて欲しかったんだけど」

「え」

 突然の告白に、タクミは頭が真っ白になった。

 顔が熱くなっていく。

「ど、どう、そう?」

 訳のわからない言葉しか出てこない。タクミは明らかに動揺している。

「タクくんが足が速いってわかってるし」

「そ、そそそうか」

「……嫌?」

 沙子は上目遣いにタクミを見た。

 沙子からすれば会心のアッパーカットを決めた瞬間である。

 案の定、タクミはかろうじて立っていたがダウン寸前だ。

「嫌じゃない、です」

 タクミはなんとか視線を沙子に向けたが、ガッチリ目があってしまい、慌てて背けてしまった。

 沙子は軽く拳を握った。あやうく派手にガッツポーズを決めてしまうところを我慢していた。だがまだ仕上げが残っている。

「それより、いいの?」

「何が」

「あの二人のどちらが先に戻ってきても、わたしは話を聞いてあげるだけで付き合うつもりはないわ。もし時間をおいてわたしとタクくんが付き合うことになったとしても、あの二人は納得するかしら」

「あいつらだって馬鹿じゃない。そりゃ、そうなったら仕方ない、ってなるよ」

「甘い! もしそうなったら、あの二人は今日のことを疑うわよ」

「なんで」

「いま、わたしたちが二人きりだからよ」

「それが?」

 タクミが本当にわからない様子だったので、沙子はやれやれと首を振った。

「今この瞬間に、あの二人が先を競って全力で争っている時に、あなただけのうのうと抜け駆けしてたってことになるじゃない」

 タクミはようやく頭が回り始めたようだった。

「え? いや、でも」

「そうなったら、友情は崩壊よ」

「そ、そうかな」

「絶対そう。抜け駆けは許されないわ」

 実際のところ仕掛けた本人が焚きつけている矛盾に、タクミは気付いていない。

 沙子は沙子で焦っていたのだ。

「わたしね、タクちゃんと付き合うなら、堂々と付き合いたいの。タクちゃんにもあの二人に対してこそこそして欲しくないの」

 タクミは嬉しさと照れと降って湧いた状況への焦りで頭が混乱してきていた。

「ど、どうしよう」

「簡単でしょ」

 沙子は丘の上を見る。

 タクミも同じ方を見た。

「カバン持っててあげる」

 と沙子は言った。

 タクミは慌てて鞄を肩から外し、沙子に預けると

「行ってくる」

 と言った。表情からは迷いも動揺も消えていた。

「間に合いそう?」

「俺、陸上部だぞ」

 上目遣いに聞いてきた沙子に向かって、タクミは力強く答えると、地面を蹴って走り始めた。

 沙子はようやく胸を撫で下ろした。

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