ぬいぐるみは見た「夢を語れば」

西山香葉子

第1話


『ん?』

『どした?』

ダーリンが言った。

『テレビ』

『おお』

 黙るふたり。

 と思ったら。

「明日トイレットペーパー買ってきてね」

「おー」

 ご主人うるさい!

「お嫁さーん」

「あたしもー」

 女の子の声がする。

「あなたたちは、将来何になりたいですか?」

 アナウンサー。

「お嫁さーん」

『またあ?』

『何がどうしたんだ?』

『将来の夢聞かれて、お嫁さーん、としか答えないこの娘たちって馬鹿じゃなかろかと思って』

『その服装でそんなこと言っても説得力ねえぞ』

『そでした』

 言ってあたしは、黙る

 何せあたしの服装は。

 白無垢綿帽子、なのだから。


 あたしは……ありがとうございます。

 もう登場は3度目になるんですね。

 毎度おなじみ、白い猫のぬいぐるみです。

 昨年30周年を迎えてますます絶好調で仲間は増えてます。

 隣にいるのは、一緒に買われてきたダーリン。

 紋付羽織袴です。

 あたしたちは、数年前、某ハンバーガーショップ・チェーンの販売促進グッズとして1人390円で売りに出されていたところを、当時まだ20代だったご主人に買ってもらったのだ。

 今でも着ている衣装が、和風の婚礼衣装なのである。和風・中国風・宇宙服と1週1アイテムずつ、3週にわたり売られていたのだ。

 ちなみにあたしたち女の子は花かリボンをつけている。ただ、あたしも淡いピンクのリボンをつけているが、綿帽子で隠れていてわざわざ見ないと見えない。

商品としてのあたしたちはロンドン生まれということになっているので(これであたしたちが何であるか、9割の方がわかったに違いない。ちなみに現実は、東南アジアの某国でで大量生産されたような記憶がある)、あたしたちが和装をしていることが、ご主人にはいたく意外に思え、彼女の心の琴線に触れたらしい。あたしたちを2人まとめて連れ帰ってくれた(値段が安過ぎるとは今でも思うけど、後でわかったことだが、当時のけちなご主人は高かったら買わなかったに違いない)。

 さて、あたしは。

 怒っているのでした。

 何にって?

 テレビに出てくるアホな女の子たちによっ!

 テレビで、街頭インタビューの結果発表をやっているんだけど、

「将来は何になりたいですか?」

 という質問に対して、

「お嫁さーん」

 という間の抜けた返事しかしない。

『これはいかがなものかと思うわけですよ』

『何がこれだよ、もう少し黙って聞いてろよ』

『あっ』

 なになに?

「いやー、不況の影響でしょうかね。ここまで彼女たちは保守的だとは思わなかったんじゃないですか?」

「でもね、お嫁さんって花嫁衣装着てにこにこしてるだけじゃないの。ごはん作って掃除して洗濯して、ゴミ分別して出して、って、花嫁衣装の先には生活があるんですよ。だいたい嫁って、夫の親から見た言葉なのに」

 中年女性のパネラーらしい。

『よく言った!』

 あたしは叫んだ。

『素晴らしい!』

『なにが』

『だって、さっきから、およめさーん、って言ってる子たちってすごく安易な気がするのよね』

『そんなことおまえが思ってたってな、世の中の主婦はおまえ見て、"いいわね、花嫁衣装着て飾ってもらってりゃいいんですもんね"って言われるのがオチだぞ』

『そんな馬鹿な!』

『絶対そうに決まってるって。

 見てろ、1週間以内にご主人、おまえを抱き上げてそう言うぞ』

 本当かよ。ダーリンのおまえ呼びも気に食わないし。

「では、話題変わりまして、あのニュースに行きます……」

 話題が変わった。

「ねえ、お茶飲みたいなあ」

「えー、今座ったばっかりだぞ」

 ご主人の旦那さんは(変な日本語だけど勘弁して)、あたしたちの前に来ると、あたし1人を抱き上げてこう言った。

「いいよなー、おまえは。花嫁衣装着てにこにこしてればいいんだから……」

『わははははは!』

 ダーリンの大爆笑は、あたしにしか聞こえない。

 

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ぬいぐるみは見た「夢を語れば」 西山香葉子 @piaf7688

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