コミックソングと今の僕
椎葉伊作
【1】
僕がそれを発見したのは、帰郷して気まぐれに自分の部屋の勉強机を漁っていた時だった。
サイドワゴンの真ん中の引き出し。その一番奥で埃を被っていた、いつしか使っていたペンケース。思わず手に取ると、冷たい金属の手触りと共に、記憶が蘇ってきた。
これを使っていたのは、確か小学生の高学年の頃だった。ペンケースとしてまともに使っていたのはその頃だけだ。中学に上がった途端、周りがみんな落ち着いた布製のペンケースに変わっていった為、僕もそれに合わせて無難なデザインのものに買い替えたのだった。
それでも、お気に入りのペンケースを捨てられなかった僕は、小物入れとして使うことにしたのだ。使い込んだせいで、所々に錆が入って傷だらけだったが、親にねだって買ってもらった憧れの品だったからである。
小学生の僕にとって、金属という武骨なボディのペンケースは、それはそれは魅力的だった。目に入った瞬間に、今まで使っていたアニメの絵がプリントされている鉛筆削り付きのペンケースが急激にダサいものに成り果てた。これを使いたい。これを持っていれば、ちょっぴり大人になれる気がする。
今にして思えば幼稚な発想だが、当時はそう思い込んでいた。カッコいいものを持てば、大人になれる。
だが、それは何十段とある価値観の階段の内の、途中の一段だったのだろう。あっという間に、その金属のペンケースもダサいものへと変わってしまった。
どうして捨てられなかったのだろう。今の僕は回想する。周りがダサいと切り捨てていったものも、僕は心のどこかで大切にしたかったのだろうか。そんな気がした。
ふたを開けると、ザリッとした渇いた音と共に、また記憶が蘇った。中に入っていたのは、小さなUSB型のウォークマンだった。
これは、中学、高校の頃に使っていたものだ。ウォークマンが欲しくて、親戚中からもらったお年玉を握りしめながら、喜び勇んで家電量販店に出向いたはいいものの、手が届く値段の機種はこれしかなかったのである。
数あるラインナップの中でも、一番安くて、一番小さくて、一番造りが安っぽい。そんな小さなボディに大きな画面など搭載できるはずもなく、付箋の切れ端のようなモニターは、粗いドットで曲名を表示する。もちろんタッチパネル機能など無く、再生ボタンとスキップボタン、音量調整ボタンはその横に小さく付いている。それらをプチプチと押して、操作するしかない。
そんなチープなものでも、僕にとっては宝物だった。
手に入れてからは、親のパソコンを借りて好きな曲を詰めに詰め込んだ。けれど、当時の僕の世界は、そんなチープなウォークマンのちっぽけなメモリーに収まるほど狭く、曲数は100にも満たなかった覚えがある。
そして、そのほとんどが小さい頃から親しんでいたアニメや、夢中になったゲームのテーマソングに使われていた歌だった。
ふと、懐かしさがこみあげた。手に取ると、あの頃よりも小さくなったウォークマンが、やけに軽く感じた。掌の中でコロコロと拙く転がるそれは、変わらない手触りを僕に伝える。
永らくしまっていたが、まだ動くのだろうか?ダメ元でボタンをいじるが、画面はブラックアウトしたままで、うんともすんとも言わなかった。
しょうがないか。
諦めて仕舞おうとして、ふとためらった。まだ、こいつは生きているのではないか?
なぜか無性に確かめたくなり、部屋の隅でスマートフォンを充電していたケーブルを引っこ抜くと、キャップを取ってウォークマンを差し込んだ。息を吹き返したように、小さな画面が充電中のマークを表示する。懐かしい荒いドットが、電光掲示板のように点滅しながら小さく揺れていた。
イヤホンも確かどこかにあったはずだ。探そうと部屋を見渡すと、窓の外にもうすぐ落ちそうな太陽が燻っていた。
これを持って、夕方の散歩にでも出かけるか。
なぜかそんなことを思い立った。理由は僕にも分からなかったが、なぜかそうしなければいけない気がした。
大人になって、随分と時間が経ってしまった今の僕は。
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