原子操作術で、来たるべき時に備えよう。

titanium138

ある日の夕方




義を終えて帰路に着く。商店街を横断し、

惣菜を手に、アパートへと足を急がせる。


ガチャ。「ただいまー」


部屋には勿論誰も居ない。ただの口癖だ。

靴を脱いで部屋に入る。冷蔵庫に惣菜パックを入れ、鞄を床に置いたら予定表を確認。


「大学明日は休校か」


風呂場に入り、浴槽に栓をする。

[ピピッ、ピピピピッ、お湯張りをします]


給湯スイッチを押し、浴槽の蓋を閉めようとしたその時。

背後から気配を感じた。


「お主に力を授けよう、力の名は..そうじゃのう、原子操作とでも言おうか、とにかく、詳しい事はお主自身で確かめよ」


しわがれた声が背後から聞こえた。同時に、まるで金縛りに襲われたかの様に体が動かなくなる。


「...誰だっ!?」


ようやく動いた体を振り向かせるも、そこには誰も居なかった。幻聴..では無い。


老人の居場所を探るため、部屋の中をしらみつぶしに探すも見つからない。第一、玄関の鍵が掛かっているんだ。一体どうやって入ってきたんだ?


頭の中に道教の仙人が思い浮かんだが、いやいや、そんな事はあり得ない。そんな物、存在するはずが無いのだ。


では先程の老人の術をどうやって説明する?


「原子操作」


机に手をかざしてそう呟いてみた。しかし何も起きない。


「原子操作」

今度は机を曲げるイメージで呟いた。

するとどうだろう、信じられない事に、机が上に反り上がった!そう、湾曲したのだ!


続けて念じる。元に戻すイメージで。

「原子操作」


信じられない事に、机が元通りに戻った。

あり得ない。全く持って信じられない。

だが実際に見てしまった。

そう、あの仙人は本物だったのだ。


しかし、なんの為に俺にこんな力を?

疑問が湯水の様に溢れる。

興奮冷めやらぬまま続ける。


「原子操作、この本のページをめくれ」


パラパラパラ。音をたてながら、自由自在に本のページが捲られる。凄い。


「原子操作、この本を浮き上がらせろ」

本に手を当て、引き上げる。

するとどうだろう、本はひとりでに宙に浮いたではないか!


夢が広がる。とても夢が広がる。

先ほどは大変無礼なことをしてしまい申し訳ございませんでした。3本指をついてお詫び申し上げます仙人様。


俺はありったけの感謝の念を込めて礼を述べたあと、これの有効な活用方法を考え始めた。


最初に思い付いたのは、カジノでのイカサマだった。サイコロなり鉄球なりを術で操れば儲け放題だ。一生働かずに済むかもしれない。

だがマジシャン、あれは駄目だ。本物だったら変な組織に拉致されそうになるから。


それどころか、この能力がバレたら国にでも連れ去られて何か良くない事をされるに違いない。

そうだな、運用方針はしっかりと決めておこう。




それから俺は友達に電話した。

「田中〜、すまんなちょっと用事ができて飲み会行けなくなったんやー」


「えーマジで!?何かあったん?」


田中は大学の友達で、大学の帰りに飲みに行くような仲だ。


だがいくら仲の良い友達といえど、裏切らない保証はない。


少々心が痛いが、田中にはこのことは秘密にしておく。



「いやーやり忘れとった課題があってな、今必死にそれやっとんや」



「相変わらずおっちょこちょいやのう、OK、わかったわ、ほなまた空いとる日があったら言うてや」

田中が半分笑いながら、半分呆れながらそう言って電話を切った。



田中、すまんな。俺は今からこの原子操作の能力について調べないかんのよ。調べてその有効な使い方を見つけないかんのよ。


そんなことを思いながら俺はスマホを置いて背伸びをしてみた。さっさと自分を冷静にするためだ。下手に興奮しているとヘマをやらかすのがオチだから。



それにしても原子操作か。なかなかSF小説っぽい名前だな。












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