独り

華也(カヤ)

第1話

『独り』



華也(カヤ)



私はどこにいる?私はここにいる。

見知った場所と見知らぬ場所が入り混じった場所。知っている部分は鮮明に。知らない部分は、おそらくは最近見た映画やドラマからだろう。

私は私だ。私を演じている私だ。私は必死に探していた。

何を?

過去に置いてきた気持ちを。

私は共通の知り合いである知人のスマホを借りて、連絡をしようとしている。私の方からは連絡できないからだ。いや、正確にはできるけど、その勇気がない。私は文字を打とうとしている。メールなのかLINEなのかわからないが、今の自分の想いを文字に。だが、今はいかんせん夢の中。打ちたい文字は文字化けをして、何度試みても打てない。私は文字を噤んで伝える事さえ叶わないのか?そんな時に、

「久しぶり!」

声が聞こえた。振り返ると、そこには彼がいた。私がスマホの画面の宛先に書いてある名前の人その人だ。

「…久しぶり…です」

会ったら何を伝えたいかは決めていたはずなのに、言葉がうまく出ない。夢だからなのか、夢の中でも動揺しているのか?私は持っているスマホの手が震えていた。

その彼の…いや、元彼の隣には女性がいた。今の恋人だ。

ああ、わかってはいたよ。その可能性があるから、連絡を躊躇っていたんだよ。私と別れて別々の道を歩んで行った先に、彼は彼の幸せを手にしていた。

これは夢だ。夢だとわかっている。私にスマホを貸してくれた彼女も、今では連絡を一切取ってない人だ。この場所だってそうだ。思い出したくない記憶が記録されている場所。

夢である事を知っている。なら、赦されるよね?だからこそ、想いの丈をぶつけてもいいよね?

私は気付いた時には元彼の手を掴んで走っていた。特に長い距離ではない、今の彼女から見えない死角になるところまで行き伝える。

「私っ……あなたの事がまだ好き!大好きです!だからっ…」

私の言葉を遮るように、

「今は、彼女いるから…。ごめん」

それでも、それでも伝えたかった。何度も夢に出てきては、私の心を揺さぶっていく。私が前に踏み出せずにいる原因。だから、前に踏み出すために言わせてほしい。ただの私のエゴだけど

「別れたことを後悔している。まだ好き…大好きです…」

途中で泣きそうになり、声が変に上ずっていた。彼の顔を見た。彼は何かを言おうとしていた。

そこで夢は途切れた。


───────


私はベッドに横たわっていた。当たり前だ。夢を見ていたのだから。

なんてバカな夢を見たのだろうと、自分の顔を手で覆う。目元が少し濡れていた。ああ、私は泣いていたのか。伝えたかった気持ちを伝えた事が嬉しかったのか、また出逢えた事が嬉しかったのか。そして襲ってくる私は一人なんだという辛い現実。泣きたいような、叫びたいような、怒りたいような、黄昏たいような…。

「ははっ…。…カッコ悪…」

思わずそんな言葉が口から出た。独り言って本当に口から出るんだ。誰に対してでもない、私自身に言っているだけの心から漏れ出した言葉。

心のモヤモヤは拭えなかった。益々増した感じだった。

それは突発的だった。私の中のモヤモヤを振り払う為に必要な事だったと、今ならわかる。気付いたら、私は元彼に電話をしていた。

LINEはブロックされていたが、電話番号だけは連絡先に残されていた。繋がるはずはない。なん年前だと思っているんだ。そう思いながら、私は元彼の電話番号を押した。


プルルルル プルルルル


呼び出し音が耳を突き刺す。心臓が呼び出し音と同じ音量で鳴っていた。そして、繋がった。番号を変えてもなければ、着信拒否もしてなかった。呼び出し音が鳴り続ける中、私は心のどこかで、出ないで欲しいと思っていた。電話をかけておいてそんな都合の良い話などない。何がしたいのか私自身にもわからない。でも、出なければ終わらないと思った。何がだ?何が終わらないと思ったのか?もう終わった関係なのに。

"「はい?どちら様ですか?」"

数年ぶりに聞く彼の声は、私の記憶に録音されている音と同じだった。


───────


"「誰ですか?」"

電話が繋がってしまった事に驚いて、すぐに声が出ない。彼が誰からの電話かを確認するため、発信者を問う。ここで気付いた。私の電話番号は既に彼のスマホから消えているのだと。残っていたら、私の名前が表示されて、「どちら様?」「誰?」なんてセリフは出ない。

私は恐る恐る声を出す。

「…こんにちは。お久しぶりです。私です…」

ここは夢の中ではないかと思うほどに、私の喉は振動をせず、声が出しにくかった。いっそ、電話を切ってしまいたい衝動に駆られる。それか、向こうが切ってくれる事を願う。その願いは届かず

"「おお!久しぶり!どうしたの?」"

本当に懐かしんでいるような声色をしていた。ほんの少しだけ。ほんの少しだけど期待をしてしまった。

「どうもしないけど…なんとなく…」

素直な言葉が出なく、濁してみる。そわな無駄な駆け引き、心の探り合いなんて必要無い関係性になっているのに。それを全て察するように彼は、他人と喋るような声色に変わった。

"「なんでもないなら切るよ〜?」"

「いやっ…。なんでもないわけじゃなくて…」

なんでもないわけじゃない。もしも叶うなら、私とまた…

「今どうしてるのかな?って…思ってさ…」

"「ああ。そういうことね。俺、彼女と同棲してるよ」"

実に私の頭は思考は冷静だった。冷静過ぎて怖いくらい。

「そうなんだ〜」

そりゃそうだよね。

「おめでとー」

何がおめでとうなのか?

私は伝えたかった想い、伝えきれなかった想い、それを伝える事はもう無いのだと知った。

"「そろそろ彼女が帰ってくるから、じゃあね〜」"

過去の人にこれ以上話す必要なんてない。だから、これ以上の会話は不要と言わんばかりに、電話を打ち切ろうとする。いや、向こうから切り出してくれてよかった。私はどう電話を切っていいかわからなくなってしまっていたから。そして、「またね」ではなく、「じゃあね」と言ったのだ。それは、もう会う事はないので使ったのだろう。会う気が少しでもあったら、"またね"と言ってくれていただろう。彼は実にアッサリしていた。それが今の私にとっては救いなのかもしれない。

「うん。"じゃあね"」

と、今後私と彼の人生は重なる事がない事を知り、最後の別れを言葉を吐いた。

電話が切れた。終わった。終わったのだ。私と彼…。いや、私の一方的な想いは本当に今ここで終わったのだ。長い長い年月だったように感じた。実際長かった。不思議と電話をしなければ、そうすれば、シュレーディンガーの猫のように、可能性が0になる事は無かった。箱の中身は分からずじまいになるから…とは思わなかった。寧ろ、私の身体に重く残っていたモノが無くなった感覚だった。

雲一つない青空を見ているようだった。でも、私は気づいたら泣いていた。悲しいからじゃない。終わった事への自分への褒美として。

「ははっ。バカみたい…。カッコ悪…。少女漫画じゃあるまいし…」

これも独り言。本当に心も体も独りの独り言…。


───────


私のアドレスから、彼の…。いや、元彼の電話番号が消えた。私の想いと共に。


いつかの誰かが言っていた。

上書きするしか、過去と決別する方法はないと。

忘却、削除はどんなに自分を騙そうとしても無理だ。

上書きする新しいモノを見つけない限りは。

きっと私は今は強がっていても、この出来事を引きずるだろう。

前に進むために、私も見つけられるだろうか?

新しい何かを?




END

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独り 華也(カヤ) @kaya_666

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