格闘ゲーム編 必殺技を出してあげます! 2
「ふぅ。危うく売り切れてしまう所でした」
「ねえ桜。その本ってそんなに人気なの?」
「大人気だと思いますよ。いつ買いに来ても1冊しか残ってないので、毎回ひやひやです」
「えっと、それって桜しか買ってないんじゃ……」
「そ、そんなはず無いです。確かに客層は偏ってるかもしれませんが、一部の本屋さんで大量に平積みされてるのをSNSで見ましたし!」
「ふ~ん、そうなんだ」
「むぅ。なんですか、その興味無さそうな反応は」
「別に興味ないからね~。そんな事より、これからどうするの?」
無理やり話を打ち切られたみたいな感じですが、ずっと立ち話してるのもなんですしこれからの予定を考える事にしました。
本屋さんを出る時にお店の中にあった時計を確認したら予定してた買い物の時間よりちょっぴりだけ早く終わったので後一箇所くらいは周れそうですが、さてどうしたものでしょう。
――そういえば、さっき買った本の表紙に新作ゲームがどうのこうの書いてありましたね。
「では、ちょっとゲームセンターに行くことにします」
「いつもの所?」
「はい。ちょっと気になるゲームが出るみたいなので、入荷しているか確認したいので」
私達は人であふれる商店街の道をしばらく歩いて行くと、4階建ての少し寂れた雑居ビルが現れました。
大半の人は気にもとめずに通り過ぎていくのですが、普通の人とはちょっと違うオーラ出てる人達だけその雑居ビルへの入り口へと吸い込まれるように入っていってます。
私もその人達と同じように自然とビルの中へと入っていきました。
入ってすぐ目の前にエスカレーターがあり、その少し隣にエレベーターがあるのですが、今の時間はエレベーター待ちの人が多く、2回待たないと乗れないようなのでスルーです。
何よりエレベーターで向かうのは私の中では甘えなので、私はいつも階段でゲームセンターに向かうことにしています。
ちなみに目の前にあるエスカレーターは3階直通なので、目的地の4階まで向かうことが出来ず、うっかり乗ってしまったらまた1階まで戻って来なくてはならない罠になっています。
私も素人の時は間違えてエスカレーターに乗ってしまい迷宮の様なこのビルにあるゲームセンターが見つけられずに帰った記憶があります。
――――と、いうわけで。私達はまず様々なテナントが立ち並ぶ1階の道を少し進み、左右に別れた道を右に曲がると上下に向かう階段が見えてきました。
地下は食品や薬品を売っているフロアになっていて今は用が無いので、私達は階段を上に登っていきます。
2階や3階も1階と同じ様な感じでお店が並んでいるのですが、私はそのまま階段を4階まで登りきりました。
4階に到着した瞬間。それまで感じていた人の気配がほとんど無くなり、代わりに背筋が凍る様な寒気が全身を覆いました。
それもそのはず、何故なら今私達の目の前には開いてるお店が1つもなく、シャッターが閉められたスペースが延々と続いていたのですから。
あえて営業しているお店を上げるなら、目の前にある自動販売機だけなのがこのフロアが無人でも成立する事を物語ってる様な感じがして怖いです。
ここにあるのはカラ、殻、空。すべてが空っぽな空虚な空洞。
そして、どこかの通気孔から聞こえるのひゅーひゅーといった音がまるでオバケの動く音みたいに聞こえてきて恐怖心が体の底から湧いてきました。
「うぅ。何度来てもちょっと怖いです……シャンティいつものお願いします」
「はいはい。いつも何もないけど、怖がりの桜の為にやってあげますか」
シャンティはそう言うと少し上昇した後に振動波を体から出し、振動波がこのフロア全体を包み込んでから沈黙し、何かを解析しているようなピピッという音だけが聞こえてきます。
「……あ、あの。まだですか? もうかなり時間が経ったような気がするのですが」
無音で誰もいないこの空間では、まだ数秒しか経っていないのに私には5分以上経過したように感じました。
ひやりと冷たい汗の一滴が床に滴り落ちで弾けたと同時にシャンティが再び起動に声を発しました。
「はいっ解析完了。今回も人体反応少数で霊体反応無しね」
「――――ふぅ。遅いですシャンティ」
「遅いって、1分も経ってなかったと思うんだけど?」
「10秒でしてください!!!」
「いや、流石にそれは無理だってば。そんなに待つのが嫌なら今度からサーチしないで行く?」
「うぐっ。それは…………ま、まあいいです。で、では行きましょうか」
私は改めて周辺を見渡しましたが何度確認しても何もありませんでした。
意を決して道を歩きだすと、無音の空間にコツコツと私の靴の音だけが反響して響き渡っています。
「ううっ。それにしても今日は台車の人はいないのでしょうか?」
台車の人とは私の今いる4階から荷物を台車に乗せて下の階へと運ぶ人の事です。
この階はテナントは少ないのですが倉庫として使っているお店が結構あって、たまに下の階の店員さんが荷物を取りに来ます。
その時一緒にこの階を進んでもらう事があるのですが、残念な事に今回はこの階に用があるお店の人はいないみたいです。
「まあ、いない事の方が多いからね~」
「シャ、シャンティ。う、後ろを見ててください。そ、それで何か変なのを見かけたらすぐに報告してください」
「はい、はい」
シャンティには自動追尾モードの状態で後ろを向いてもらって、後ろからの驚異に備えてもらう事にしました。
これで少しは安心して進む事が出来る…………はずっ。
私は更に道を進むと、道沿いになんとか医院とか会議室とか書かれたプレートが目に入りました。
しかし、会議室はそう滅多に使われないので人の気配は無く、病院はプライバシー保護の為か中が見えなくなっているので、この場所にいる孤独感が紛れる事はありませんでした。
――――しばらくすると曲がり角に差し掛かったので、私は壁に背中を押し当ててゆっくりと向こう側を覗き見る事にしました。
「なにそれスパイごっこ?」
「い、一応安全確保の為です! それより後ろをちゃんと見ててください」
「は~い」
私はそ~っと通路の安全を確認すると、どうやら曲がり角の先にも何も存在するモノは無く、私が「ふぅ」と気を抜いた瞬間―――――。
「なにしてんの、桜?」
「ひゃわっ!?!?!?!?」
後方からの突然の声に驚いた私は飛び上がりながら後ろを振り向くと、そこには良く見知ったクラスメイトの姿がありました。
「し、忍さん!? どうしてここに?」
「どうしてって。買い物に来て桜を見かけたから声をかけたんだけど…」
忍さんは胸の前で腕を組みながら呆れ顔で私を見返してきました。
忍さんの隣には忍さんのサポートAI「アルティフェクス」通称アルティを搭載した猫型デザインの球体型デバイスがふわふわと浮遊しています。
ビックリさせられた仕返しに私は悪態をつく事にしました。
「まったく。変な物を見かけたら言って欲しいとお願いしたのに………」
「……忍達は別によくない?」
「てか、誰が変な物なのよ!」
「忍、落ち着いて」
いつの間にやらアルティがブチ切れた忍さんをなだめるいつもの光景になっています。
「アルティも大変ですね」
「まあ慣れてるから大丈夫だよ」
「ちょっと。まるで私が悪いみたいじゃない!」
突然の登場でちょっぴりビックリしちゃいましたけど、知ってる人に会えた事で少し心に余裕が出来たので忍さんに感謝です。
「そう言えば買い物に来たと言ってましたが、何を買ったんですか?」
「ふふん。知りたい? それじゃあ教えて――――」
「やっぱりいいです」
「なんでよ! 聞きなさいよ!」
「よく考えたらそんなに興味ありませんでした」
と言うか、手に持ってる袋にスポーツ用品店のマークが付いているので大体の察しはつくのですが。
たぶん新しい靴を買ってゴキゲンなんだと思いますが、ここまで聞いて欲しいオーラを出されては聞かないわけにもいかなそうです。
「アルティ。忍さんは何を買ったんですか?」
「新しいランニングシューズダヨ~」
「ちょっと! アルティじゃなくて私に聞きなさいよ!!」
「おっと、すみません忍さん。一体何を買ったんですか?」
「ランニングシューズよ…………って、もう知ってるでしょうが!!」
「ええっ!? 忍さんが聞けって言ったんじゃないですか」
そんな感じで忍さんと何てこと無いやり取りを続けたのですが、いくら他に人がいないとはいってもあんまり長い間立ち話してるのもなんですし、ひとまずこの場所から移動する事にします。
「あの、実は用がある場所があるのですが……」
「いつものゲームセンターいくの?」
「さすが忍さん。よく解りましたね」
「桜がこの階で興味あるお店って他にあんまり無いでしょ」
「そんな事ないですよ。たまに良くわからないお店を覗いてみるのも面白いですし。
…………それより忍さんはこれからどうしますか?」
「私の用はもう終わったし、少しくらいなら付き合ってあげてもいいけど」
「本当ですか? では、お願いします」
「桜1人だと心細かったからね~」
「むぅ。うるさいですシャンティ」
忍さんも一緒にゲームセンターに行ってくれる事になった事で気持ちが軽くなったのか、道を進む足取りも軽くなったような感覚になりました。
もう怖くはありません。何故なら私の前には忍さんがいるのですから――――。
「ちょ、ちょっと桜。押さないでってば」
私は忍さんを盾にぐいぐいと道を進み――――。
すすみ…………あ、あれ? 何故だかなかなか進まなくなってしまいました。
「あの。忍さん、早く進んで欲しいのですが……」
「……なんで後ろに隠れてるわけ?」
「お化けが出てきたら忍さんに気を取られてる隙に逃げる為です!」
「はぁ……じゃあ後ろから来たらどうするのよ?」
「その時はシャンティを投げつけて前にダッシュです!」
「ボクを投げてもお化けには当たらないと思うんだけど……」
「だったら前と後ろ両方から来たら?」
「両方から? …………りょ、両方からは来ないので大丈夫です!」
「なによその謎の自信は……」
忍さんはやれやれと呆れながらも私を庇いながら道を進んでくれました。
「あ。ゲーセンの音が聞こえてきた」
忍さんの声に反応して耳を澄ませると、遠くから微かにゲームの音が聞こえて来ました。
「ふぅ。やっとつきました」
足を進める度に少しづつ音は大きくなっていき、ある扉の前に辿り着くと中で遊ばれてるゲームの音がほとんど聞こえるくらいの大きさになりました。
このフロアのお店は防音対策がそれなりにされているのですが、ここだけは扉越しでも中の音が漏れ聞こえているのでかなりの騒がしさが感じられます。
扉の上の方には長山MOWと書かれているプラカードがかけられていて、扉の下の方にはメイド姿のお姉さんのイラストが描かれていました。
「では、忍さん。入りましょう」
私は扉を開けてお店に入ると、大音量のゲームの音とゲームを遊んでいる人達の悲鳴が私の体を包み込みました。
「くふふ。やっぱりこのお店で永久コンボを食らってる人の悲鳴を聞くのは居心地がいいです」
「……さっきまで桜の悲鳴を聞いてた私は居心地が悪かったんだけど」
私の前のこじんまりとした空間には、所狭しと色んな種類のゲーム筐体が並べられていました。
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