格闘ゲーム編 必殺技を出してあげます! 1
飛行機の事故から数日後。
いつも通りの日常に戻った私は相変わらずゲーム三昧の日々を過ごしていて、今日は格闘ゲームのオンライン対戦で世界中にいる猛者の人達との対戦を楽しんでいるのでした。
「ああっ!? 今ちゃんと対空を出したのに!!」
「桜~。そんな事言っても画面は嘘つかないよ~」
「いえ、今のは本当に出したはずなのにおかしいです。絶対このゲームの入力判定はすごく厳しめに調整されてます!」
私は耳元から聞こえるゲームサポートAI「シャンティ」の茶々を受け流しながら、再びゲームパッドを握る手に力を込めました。
対空技が出ず予定外のダメージを受けてしまった私は状況を立て直す為に少し後ろにステップをして相手と距離を取り、牽制の為の飛び道具を放つコマンドを入力しました。
「こうして――――こうっ!」
が、私が出そうと思ってた牽制技とは違う技が出てしまい、その隙を付いた相手の突進技が私の使っているキャラに直撃してしまいました。
「ええっ!? やってない。そんな技出して無いです!! このゲームの入力判定ガバガバすぎます!!」
「……ねえ桜。さっきと真逆の事言ってない?」
相手の突進技で画面端まで追いやられた私は為す術もなく、相手プレイヤーに画面端限定の高火力コンボを決められ撃沈してしまうのでした。
「こ、こんなはずでは…………」
画面上では相手のキャラが拳を上に突き上げ勝利者は自分だと勝ち誇ったポーズをして、そのまま攻撃の命中率などが表示される対戦のリザルト画面へと移行して行きました。
――――けど、このゲームは2本先取。
1本取られたからと言ってまだ私の負けではありません。
ここから2本連続で私が勝てば2勝1敗で私の勝ち越しになるのです。
「……今のうちにコマンド入力の練習をしておきましょう」
次はコマンドミスで負けないように、私は同じ相手にリベンジを申し込む項目が表示されるまで下、斜め下、横、決定ボタンと技コマンドの練習をする事にしました。
「下、斜め下、横、決定。下、斜め下、横、決定と――――」
しかし、この練習が予想外の事態を引き起こす事に…………。
「下、斜め下、横、決定…………はわっ!?」
いつのまにかリザルト画面が終わっていて、下入力をした時にカーソルが再戦の下にある対戦終了へと移動してしまい、そのまま勢いで決定ボタンを押してしまったのでした。
「えっ!? ちょ、ちがっ!?」
「あれ? 勝てないから1戦で逃げるの?」
「い、いえ。今のはコマンドの練習で間違えて…………」
「あ~、はいはい。そういう事にしとくから別に気にしなくてもいいよ~」
シャンティは画面にやれやれと言った感じのマーカーを表示して今の感情を表しました。
まったく、こういう所だけ妙に人間ぽいというか。
それにシャンティの音声はこころなしか楽しそうな感じに聞こえます。
「というか、キーディスを見れば押し間違いだとすぐ解るはずなのですが……」
「さぁ? ボクっておんぼろAIだし、そんなシステムあったかなぁ~」
――むぅ。少し前にオンボロって言った事をまだ根に持っているみたいです。
これ以上言ってもからかわれるだけなので、ここで小休止した方がいいかもしれません。
私はオンライン対戦一時中断の項目を選んでからシャンティに話しかけました。
「――――ふぅ。少し休憩します。シャンティ、ゲームを終了してください」
「オッケー、桜。じゃあデータの保存しとくね~」
「あの、最後のは保存しないでおいてくれると助かるのですが……」
「ズルは許しませ~ん。それに戦績は対戦毎にゲーム会社のサーバーに保存されるからそんな事しても意味ないと思うけど?」
「うぐっ。そう言えばそうでした」
どんなゲームでも正々堂々とルールを守って楽しく遊ぶのが真のeスポーツプレイヤーでした。
勝ち負けをズルするのはいけない事です。
――――私はヘッドギアの耳元に付いているボタンを押して目元を覆っているバイザーを収納すると、目の前の景色がゲーム画面からいつも見慣れた自分の部屋に代わり現実へと戻ってきた事が実感出来ました。
そのまま装着しているゲーミングウェアをパージすると、体から離れたパーツが自動で集まっていき、全てのパーツの合体が終わると球体状の形に変わり宙をふわふわと浮遊しはじめました。
それから私は負けた悔しさで震える手を何とかおさえながら無言でゲームパッドをテーブルの上に置きました。
ふぅ。もう少しでゲームパッドを壁に投げつける所でしたが、そんな事をしたらパッドが壊れてしまうかもしれないので危なかったです。
どんなに悔しい事になっても物に当たるのは絶対にいけません。これはゲームをやる上での必須マナーです。
――しかし、さっきの相手は明らかに格下だったのに一体何がいけなかったのか。
私は色々と敗因を考えますがこれといった答えにはいたりません。
これはそう。考えられるとしたら…………。
私は1つの結論にたどり着きました。
「…………ラグいです」
「ん? 何か言った? 桜?」
浮遊している球体のスピーカーからさっきまで耳元で聞こえていた声が聞こえてきました。
シャンティはゲームをする時はゲーミングスーツとなり私のプレイをサポートしてくれる
のですが、普段は球体状になり生活のサポートをしてくれる万能ユニットなのです。
「さっきの対戦は凄くラグかったです。きっと実力では無く通信回線的な要因で負けたに決まってます!」
「ええっ!? でもディレイは1だったよ? ちゃんと数字が出てるのに言い訳は見苦しいなぁ~」
「いえ、ラグというのは数字では無く体感的な物なので、やってる私がそう思ったらラグいんです!」
「…………まあ、桜がそう言うならボクは別にどっちでもいいんだけど」
シャンティは得意げに空中でくるりと回転して話半分といった感じで私の文句を聞き流している感じです。
「それにプロゲーマーのドララさんも言ってました」
「――えっと、なんか言ってたっけ?」
私はシャンティに指をさして宣言します。
「勝ったら実力! 負けたらラグっ! これはドララさんの自伝の帯にも書いてあった名言です!」
ドララさんとは様々な対戦ゲームで活躍するプロゲーマーの1人で、総勢100キャラいるゲームで全てのキャラを使いこなし、大会の参加者全員に有利キャラを被せるという離れ業をやった事は今でも伝説として語られています。
そのドララさんの自伝である「ドラグ」税込み2500円は私も購入し何度か読んで考え方に感銘を受けました。
「あ~、あの無駄に高かった本か~」
「いえ、あれは高いと言うか適正価格ですね。ドララさん関係の商品はある法則性があるので」
「……なにそれどういう事?」
ふむ。ドララさんの事を知らないとは、これはシャンティを少し教育してあげないといけないようですね。
「ちょっと待っててください」
私は本棚の前に移動し、そこから1冊の本を取り出しました。
そして、パラパラとページをめくり目当てのページを見つけると本を広げてシャンティに見せてあげました。
「これがドララさん監修のお菓子ドララ焼き1個2500円です」
「普通のドラ焼きの25倍!? 何が入ってたらそんな値段になるの!?」
「そしてこれがドララさん監修のスポーツカー1台2500円です」
「やっす!? てか安すぎて逆に怖いんだけど」
「最後にドララさん監修のゲームが2500円です」
「あ、適正価格のもあるんだね」
ドララさんの2500へのこだわりをシャンティに教えてあげた私は本をパタンと閉じて自慢気に胸を張りました。
「…………ねえ、桜?」
「おや? どうかしましたか?」
「もしかしてただ2500って言いたいだけだったりしない?」
「おおっ!? 流石に気付いてしまいましたか。まあこれは知ってる人だけのお約束みたいな物ですので気にしないでください。私が毎月買ってる雑誌にも定番ネタになってますし」
――――と、シャンティといつものやり取りをしていると、下の階からトントンと階段を登って来る足音が聞こえてきて、少ししてから私の部屋の扉が開け放たれました。
「さくら、ちょっといいか?」
ドアの開閉と共に聞こえてきた声は普段着の上にお店のエプロンを付けたお父さんの姿ででした。
「おや? なにか用事ですか?」
「うむ。 実は桜に用があって来たのだ。店で使う材料が少なくなっていたので、お使いに行ってきて欲しいのだが頼めるだろうか?」
「いいですよ。丁度ゲームも切りが良い所で終わりましたし」
「終わったと言うか自分で終わらせちゃった感じだけどね~」
「あ、あれは事故です!」
「――ふむ? よくわからんが行ってくれるなら助かる。では桜の端末に買ってくる物とお金を送っておくので後はたのんだぞ」
「わかりました」
要件を伝え終えたお父さんはそのまま部屋を出て階段を降りていき、少ししてからシャンティに通知が来ました。
「あっ。送金と買い物リストが届いたよ」
それを聞いた私は出かける準備をする為に帽子置きからお出かけ用の帽子を手に取り頭にかぶると、無駄にくるりと一回転。
「ねえ、桜。回る必要あるの?」
「気分をおでかけモードに切り替えるのに必要です! ――では、出かける準備も終わったので買い物に向かいましょうか」
「りょーかい」
シャンティはふわふわと移動してきて、私の右肩のちょっと上くらいで停止しました。
私の場所を探知して障害物を自動で避けながら周辺を浮遊する自動追尾モードに移行したみたいです。
――私は部屋から出て階段を降りて1階に行くと、お店の準備をしているお母さんを見つけたので声をかける事にしました。
「ちょっと買い物に言ってきます」
「――――桜? 何か欲しい物でもあるの?」
「いえ、お父さんに材料の買い出しを頼まれたので」
「あ~。そういえばそんな事言ってたかも」
と、口元に人差し指を当ててちょっと前の事を思い出す感じのポーズをするお母さんの姿が微笑ましく思えました。
「何か他に買ってくる物とかあったらついでに買ってきます」
「ん~と。今は特に無いかな。せっかくお使いに行ってもらうんだし、少し位ならお釣りを好きな物に使ってもいいからね?」
「では帰りに本を買ってきます。…………そういえば今日って何日でしたっけ?」
「え? 今日は30日だけど?」
「30日…………あっ、すぐに買ってきます」
私ははやる気持ちを抑えきれずに外に飛び出て、目的のお店へと急ぎました。
「あっ。ちょっと桜。走ったら危な――――も~、そんなに慌てて行かなくてもいいのに」
そんな私に自動追尾で付いてきたシャンティが話しかけてきました。
「そんなに慌てなくてもお駄賃は逃げないってば」
「いいえ、逃げます。ちょうど発売したばかりの本にとても欲しい物があるので急がないといけません」
「どうせまた変な本買うんでしょ? 通販でもいいんじゃない?」
「まったく、シャンティは解ってませんね。それに私が欲しいのは本屋さんで買うと特典があるので通販じゃ駄目なんです。今月の月刊永久コンボにはこの街のゲームセンターが特集されてるので絶対買わないといけません!」
「やっぱり変な本じゃん……」
――――ぱぱっと買い物を済ませた私は本屋さんに直行し目当ての本を探すと、どうやら最後の1冊だけ残っていたようで何とかギリギリで購入する事が出来ました。
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