ママの話6
「どやぁ!見たか!ものども!」プリムがパタパタと飛び回る。
「いや~驚いた。たまげたなあ」ゴブリンが頭を掻きながら言う。
「でしょ?でしょ?あたしの言ったとおりでしょ?」フェアリーは私の肩にとんと乗った。「このリピアは・・・いつかファンタジアンを変えるほどの存在ふががががっ」私は再びプリムの口を塞いで強くささやいた。
「盛りすぎ!その辺にしてください!」
「かもしれん」声がしたので振り向くと、ドラゴンが凝り固まった羽や尾を伸ばしている。その巨躯を震わせて土を払い落とすと、鮮やかに輝く朱色の鱗が現れた。綺麗。とても私たちと同じファンタジアンの住人とは思えない。
神々しささえ感じさせる堂々たるドラゴンが私を見ている。
「かもしれないって、盛り過ぎって事ですか?」私
「違う。その前だ。エルフの子よ」輝く朱色の鱗に埋まった瞳が私を見ている。
さっきとは違い穏やかなまなざしだ。
「リピアと言ったな。いずれこの世界を変える存在に、お前はなるだろう」
ドラゴンは言った。
「だからそれ、盛りすぎですってば!」抗議する私を無視して、
「願わくばその力、全ての種族のために使ってもらいたいものだ。
エルフの権勢を固めるのでなく、な」ドラゴンは言った。
「へーきへーき!リピアは良いヤツだよ!イヤなエルフになんかなるわけないじゃん!」プリムが私の周りをパタパタ舞いながら言う。
「さぁねぇ?どうだかねぇ・・・うわっぷ!」首を傾げようとしたゴブリンが手を振り回す。怒ったプリムが鱗粉を振りかけたのだ。
「てかあんた!」今度はドラゴンの鼻面に躍り出た。すごい勇気。
鼻から炎が出たら大火傷どころか消し炭になってしまうのに。
「さっきから上から目線で御託くれてるけどさぁ、な~んか一言忘れてない?
あんたあたしとリピアに助けてもらったんだよ?お芋みたいに埋まってたのを!」目の前をパタパタ飛び回るがドラゴンは意にも介さず
「礼なら言わんぞ」きっぱりと言った。
「はぁあ?なにそれ?」プリム。
「他種族に引け目を感じると碌な事はない。そもそもお前に助けてもらったわけでもない」「ざっけんなこのやろー!あたしがリピア連れてきたんですけど~!」
プリムは宙がえりを始めた。怒りが高まるとそうなるみたいだ。
「あ、あの、私は別に・・・」「エルフも好きではないし、信用できん」
ドラゴンはぴしゃりと言った。私はうつむいた。
「だがリピア」
「お前には ” 永 遠 の 忠 誠 ” を誓おう」ドラゴン
「えっ」私
「この先幾年過ぎようとも、私はお前の味方に立つ」
他のドラゴンがどうあろうと、私だけはな。
辛い事、困った事があれば呼ぶがいい。
いつどこにいても、駆けつける。
どんな事でも、力になる」
「え~マジで?なんでも頼めるわけ?」フェアリーと
「こりゃすげえ。頑固で気難しいドラゴン族をしもべにしちまうとは」ゴブリンに
「お前らは関係ない」きっぱりとドラゴンは言い切った。
気づけばあたりに夕闇が押し寄せてきていた。森の日暮れは早い。
日差しを受けて緑に輝いていた木々の枝葉は、
陰りと共にその色を失い黒い影へと変貌してゆく。
歌声のようだった風のさざめきは、ざわざわという唸り声に変わっている。
フェアリーに案内してもらっても、一人で村までたどり着けるかどうか・・・
「あ、あの、それなら」私はおずおずとドラゴンに話しかけた。
「家まで、送ってもらえます?」
何も言わずにドラゴンは首を下げ地面につけた。
乗れ。ということらしかった。
ごつごつした朱色の鱗で覆われたドラゴンの背に、何とかよじ登る。
首の付け根と翼の間に、私はどうにかまたがった。その様子を眺めていたゴブリンは「しっかし、何度見ても腑に落ちねえよなあ」顎を撫でながら訝しむ。
「胴体に比べて羽が小さすぎですぜ、ドラゴンの旦那。
虫や鳥ならこんな割合で飛べるはずがねえ。
だのに宙に浮いちまうってんだから」
確かにそうだ。太い骨に膜が広がるコウモリのような広い羽だけど、
それ以上にドラゴンの体は大きくて重そう。どうしてこれで空を飛べるのだろう?
「はっ、な~んもわかってないな。キミィ」羽をパタパタさせながら、
フェアリーのプリムが飛び回る。「あたしをごらんよ。この通りあたしだってでかい羽根を持ってるわけじゃない」確かにプリムの蝶のような羽もプリムの体にはいささか小さくて不釣り合いに感じる。「それでもこの通り!自由自在!」ひらひらと舞って、宙返りをして見せた。「要はね、理屈じゃないのよ。飛ぶってのは。心なの、こころ!」
「そうだ」体を起こし、首をもたげたドラゴンが言葉を継いだ。「シャクに障るが、その虫女の言う通り、このファンタジアンで飛ぶという事は”事象”ではない。”信念”なのだ。我々は”飛べる”と確信したからこそ、大地のしがらみより解き放たれる」すかさずプリムがドラゴンの目の前に飛び出てうろこに覆われたまぶたをつかんだ。「今のは聞かなかった事にしてあげるよ。でも今度”虫女”なんて言ってごらん。目玉に目つぶし鱗粉すりこんでやるからね!間抜けな火トカゲさん!」 「お前こそ、うっとおしく鼻の周りをウロチョロするな。消し炭になりたくなくばな!」
「なんとまあ」腕組みをしたゴブリンが辟易した様子で言う「百倍以上大きさの違いがあっても口喧嘩ってなできるもんなんだねぇ」いや本当に。私も思った。
「ほんじゃま、俺もねぐらに帰るとすっか。今日はいろいろ面白いもんが見れたよ。縁があったらまた会おう。エルフのお嬢ちゃん」立ち去ろうとするのを
「あ、ありがとうございました、ゴブリンさん」私は声をかけた。
「???俺は何もしてねえよ?見てただけさ。お嬢ちゃんの”魔法”を」
「・・・・・・」少し黙った後、ゴブリンは
「ただなあ、お嬢ちゃん」
「なんでしょうか」
「余計なお世話かもしんねえが、さっきの力、
あんまりひけらかさない方がいいぜ」
「ひけらかすってあんたねえ!言葉選びなさいよ」
耳ざとく聞きつけたプリムが噛みつくのを無視して
「お嬢ちゃんは気立てがよさそうだ。その優しさゆえに
魔法を使っちまうかもしれねえ。だがな、”強すぎる力”ってのは、
時にいろんなもんを呼び寄せちまう。
妬み、企み、下心。用心に越したこたねえと思うぜ」
「は、はい!心に刻んでおきます。ゴブリンさん」
「”ゴブリン”は種族の名だぜ。俺は」
「ヨモック。じゃーな」そう言い残し、ヨモックは藪の中に消えていった。
「では行くぞ!しっかりつかまっていろ!」私を乗せたドラゴンは翼を広げて羽ばたきだした。ゆっくりと地面が離れてゆく。見上げていた森の木々が、同じ目線になり、下に見えるようになり、野草のように小さくなってゆく。気がつけば私は夜空の中にいた。なんて素晴らしい景色!かすかに夕焼けが残る山の峰の稜線が雲を被っているのが見え、頭上は満天の星空で埋め尽くされている。
地平線の彼方には黒くそびえたつ影。あれは、見覚えがある。
大陸ほどもある幹、雲を貫き天まで届く枝葉。神樹イグドラ・・・
「着いたぞ」ドラゴンは下降を始めた。えっ?もう?早いよ!
もっとあの景色を見ていたかったのに~。
私は間違いを犯した。送り先を「家まで」ではなく「村の近くまで」と言うべきだった。それが、私を乗せたドラゴンはこともあろうに村の広場のど真ん中に着陸してしまったのだった。・・・大騒ぎになった。村のエルフの男たちが魔法の杖や魔法の弓を構えて近づいてくるのを、ドラゴンは口から炎を漏らして威嚇した。私はドラゴンの背から駆け下り、にらみ合う両者の間に割って入った。困惑する父や警戒する男たちを必死に止めた背後で、ドラゴンはあっという間に夜空に飛び去って行った。
父や母、それに村長から私は厳しく問い詰められた。隠す理由もないのでできるだけ正直に話した。森で遊んでいたらフェアリーに出会った事、その導きで崩れた崖で生き埋めになりかかったドラゴンを見つけたこと、ゴブリンと共に助けようとしたがうまくいかず、でも土壇場で”魔法”が目覚めて救出に成功したこと・・・。
半信半疑だった村長は私が手のひらに”夜灯の魔法”で部屋を照らし上げ、”熱の魔法”で湯を沸かすのを見て納得した。母はとても喜んで私を抱きしめてくれた。どうも私の”魔法の芽生え”が他の子どもより遅れていたのを気にかけていたようだった。
私は寝床に潜り込んだ。今日は本当にいろいろあった。疲れちゃった。くたくただ。でも一眠りして夜が明ければ、いつもの日常が戻ってくる。明日からまた変わらない毎日が始まる。そう思いながら目を閉じた。
それは間違いだった。
大間違いだった。
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