高速道路整備員2
もうかれこれ十年以上前になるか。ワシらドワーフはファンタジアンの辺境、
グラジュ山脈の麓に住んでおった。洞穴を掘り、つるはしを振るって鉱物を
採掘して売る、そんな暮らしをしておった。
ある日、仲間の一人が、坑道の奥深くで”妙なやつら”に出くわしたと
知らせてきた。なんでも暗闇の洞窟の中なのにお天道様のような輝きと共に
現れたという。何を馬鹿な。おおかた落石で頭打ったか、
”息切れ病”で幻でも見たに違いないと最初は誰も信じなかった。
じゃが、連中は再び現れた。黄色い帯が輝く服と、一人一人が頭に
お天道様が光る兜をまとって。そう、今ワシが着ている”反射板付作業着と
LEDライト付きヘルメット”をな。
彼らは自分らを”ニポン人”と名乗った。で、なんでも
フジサンの地下に埋めていたリュウシカソクキとかいうカラクリがいかれ、
その弾みで彼らの国”ニポン”とファンタジアンが繋がってしまったのだと。
この説明は今でもわしにはよくわからん。
当り前じゃが、最初ワシらは彼らを”敵”とみなした。なわばりに踏み込み
鉱山を奪おうとしているのだと。皆自慢の斧や槌を手に戦い、”道”の彼方に連中を
追い払った。じゃがそれで諦める奴らではなかった。次に出会った時、彼らは
ジェイタイという草色の服を着た兵に守られていた。
ジェイタイの男たちはつわものじゃった。”ジュウ”と呼ばれる
目に見えぬほどの速さで打ち出される”石撃ち器”を使いワシらを追い立てた。
とうとうわしらはこれはドワーフ族だけの手には負えんと、事の次第を
イグドラシルの長老たちに知らせた。事態を重んじた長老王は
ファンタジアンの全部族に呼びかけ防人軍団を結成した。
エルフの魔法、ドワーフの斧、オークの槍、ゴブリンの鉈、ドラゴンの炎、フェアリーの粉、獣人の爪。皆が皆己の武器を持って異世界から来た敵に抗った。
彼らの武器”ジュウ”は恐ろしい武器だったが、驚いたことにニポン人は
魔法に耐性が無かった。というか、信じていないようだった。
エルフの魔法使いが繰り出す幻にたやすく引っ掛かり、混乱と撤退を繰り返した。
そしてついにわしらは”道”の向こう側の出口、ニポン人の国へ足を踏み入れた。
そこは驚くべき場所だった。フジサンと呼ばれる山の麓から広がる広大な森、
そのはるか彼方には”トキョー”と呼ばれる彼らの都があった。
血気盛んな若者たちは(当時ワシもその一人だったが)このまま進撃し
奴らの都トキョーに乗り込もうと気炎を上げた。目の前には
”ジュウ”はもとより”センシャー”や”ミシル”という見たこともない武器を
構えるジェイタイがいる。だがワシらには魔法がある!、ファンタジアンの守護神イグドラシルのご加護がある!恐れることはない!皆の士気は高揚し、
全面戦争はもはや避けられないと思われた。
じゃが、土壇場で奇跡が起きた。
伝説の天使”イグドラシルの使い”が睨み合う両軍の間に舞い降り、
戦を止めたのだ。
ファンタジアンは軍団を呼び戻し、ニポンもジェイタイを撤退させた。
・・・ワシが知るのは、ここまでだ。
その後、長老王やその取り巻きと、ニポン人との間でどんな話し合いや
取引が行われたかは知らん。じゃが、気がつけばその”道”は塞がれるどころか
広げられ、”ジドウシャ”が行きかう「東ファン高速道路」となっていた。
ワシらドワーフの故郷だったグラジュは、道路の一端の出口として
”グラジュIC”となり、多くのニポン人が暮らすようになっていった。
急激に増えたよそ者に反感を覚えなかったといえばウソになる。じゃが、
愛娘がニポン人と恋仲になり、嫁いでいった時、ワシの中で何かが終わった。
・・・終わったのじゃ。
ワシは戦斧を捨て、つるはしを手にした。そして今、
東ファン高速道路を整備する仕事をしている。
誰かが言った。「 ”種族”と”善悪”は関係ない 」と。
それは、そうなのじゃろう。
同じニポン人でもハセガワのように気のいい奴もいれば、
現場監督のようにいけ好かないやつもいるのだから。
じゃがこうして目の前を通り過ぎていく”ジドウシャ”の群れを眺めていて
ふと思うのだ。やはりワシらは、ファンタジアンは
” 戦 に 負 け た の で は な い か ? ”と。
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