魔王との激闘

 魔王が動いた。瘴気を纏ったままの身体で、俺に目掛けて一直線で突っ込んでくる。

 俺もそれに合わせて、一直線に迎え撃つ。魔王の立ち位置を極力動かさぬ様に力で力を抑えようとする。

 手足に瘴気が絡んだ。為す術もなく、俺は瘴気の中に引き込まれた。

 瘴気は必死に俺の意識を剥がそうとする。俺はそこまでヤワじゃないぞ?

 剣を手放し、瘴気が絡んだ手足を強引に動かす。

 …まるで激流の中を歩いているみたいだ。

 嫌な感情だ。可哀想だと言いたくは無いが、つい、思ってしまう。

 魔王の本体が見えた。

 …年端も行かない少女じゃないか。

 力無く少女が瘴気に揺らり揺らりと揺れている。

 非常事態だとは言え、少女に斬りかかった事に嫌悪感を覚える。

 少女に触れようとする。

 瘴気の量が増した。強引に進んでいた俺の足裏すらも地面から離した、吹き飛ばされた。

 どうやら、自らを守る瘴気と引き換えに強引に俺を吹き飛ばしたらしい。

 少女の周りには、僅かな瘴気だけが漂っていた。

「オマエハ、ダレダ」

 少女の口が動く。意識がある事に驚きだ。

『誰だろうな?』

 武器も持っていない少女に剣を振るったとあれば、目覚めが悪くなる。

「オウゾクノツカイカ!」

 少女の言葉に沢山の感情が乗り過ぎて、言葉を聞き取ることが出来なかった。

 沈黙を貫くしかない。

 相手を動かさない為にも、こちらから攻撃を仕掛ける。

 拳を相手の顔面に目掛けて叩き付ける。少女のか細い腕は難なくとその拳を止める。

 戦女神が目をかけていただけあるな。そこらの人間では太刀打ち出来ない。

「ソノテイドデ、タオセルトオモウナ」

 倒すつもりは無いが、そんな挑発に乗るつもりも無い。

 少女は殴り返してくる。俺はそれを同じ様にして受け止める。

 両の手が塞がれた次の瞬間、俺の真上に魔法陣が現れた。

 咄嗟に後ろに飛ぶ。

 容赦無く炎が叩き付けられた。数瞬反応が遅れていたら、俺にも炎が叩き付けられていただろう。

 死にはしないだろうが、痛い事に変わりはない。当たりたくはないな。

 魔王の意識が無いものだと思って、俺はエリューシアに浄化術を頼んだ。

 魔王の意識があるとなれば、浄化術をしても意味が無い可能性がある。

 …まあ、なってみてから考えるしかないな。

 もう一度、魔王に接近して拳を振るう。魔王の位置をずらさない様に、なるべく傷付けないように心掛けながら。

 拳はヒラリヒラリと躱されて、逆に足やら拳やらで返事をされる。

 足と拳を受けるではなく、魔王と同じ様に躱す。魔王の位置が動きそうになったら、拳を受けて強引に押し戻す。

 組技で抑え込めれば良いんだが、魔王の足をひっかけ、適当に転ばそうとしても、そう簡単には転ばれてはくれない。

『力が随分と強いな』

 明らかに俺より小さな魔王なのに、引っ張っても一切として揺れない。

 外見に比例しない質量や、力を持っている。もう少女は人間を辞めている様だ。

 人外として俺が相手をすれば、難無く抑え込む事は可能だろう。だが、人の枠で抑え込むのは難しい。

 こういう時に使う術がある。

 それを「武術」と呼ぶんだ。

 少女は俺の腕を掴み、強引に俺を押し始める。

 人として、純粋な力で少女を押し返す事は出来ない。だから、一気に力を抜いて身体を預けた。少女の身体は前のめりに傾いた。

 少女は俺を押す際に、地面を踏みしめていた。身体を支えていた地面と、押していた俺の身体の両方が、一気に無くなったのだ。

 耐える力のない少女を、背負い投げの容量で地面に叩き付ける。

 少女の立ち位置が中心から動いてしまった。そこで、壁の無い方向に逃げると見せかけて、少女と中心と俺を直線で繋ぐようにして逃げる。

 少女は俺を目掛けて歩いてくる。

 悟らせぬ様に、前進を妨げるように拳を振るう。

「ナゼ、ケンヲヒロワナイ?」

 防戦一方である俺に、少女は言った。

『お前が剣を使うなら、俺も使ってやろう』

 少女は何度か俺に、俺が聞き取れない言葉で疑問を投げかけて来る。今回は偶然にも俺が理解出来ただけだ。

「イッタナ」

 少女は自身の身の丈以上の、大きな剣を取り出した。

 どこから取り出したのかは知らないが、そんな事を考えてる暇は無かった。

 取り出された次の瞬間、俺の足元の地面は抉れた。流石にこれに無手で戦うのは…不可能じゃないが、遠慮したい。

 即座に戦闘を離脱、室内の隅っこに転がっていた剣を拾って、振り向きざまに風刃で魔王の足元を、地面を抉り返してやった。

『遅れを取るつもりは無いぞ』

 挑発と同時に、相手の面前に踏み込み、剣を振り下ろす。

 手加減の無い一撃は、あっさりと空を切った。流石、魔王と呼ばれるだけある。

 殺しに行っても簡単には殺させてくれない様だ。

 空を切った剣のお返しに、大剣が振り下ろされる。

 その刹那、地面が煌々と光った。

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