魔王に出会うまで
…何かを救う事は難しい。
何かを護る事よりも、何千倍、何百倍と難しい。
この荒野の瘴気が呪術的な物であるのなら、それはきっと、魔王の蝕まれた心から流れた物だろう。
だとするのなら、俺はその心を救いあげなければ、魔王を仲間にする事は出来ない。
出会うまでも、ただでさえ、この淀んだ瘴気で気が重いというのに、出会ってから先も思いやられる。
「やめれば良いじゃない」
レイナは面白くなさそうに、口を出した。
「…そうはいかない」
何かの縁だ。それに、出来るかもしれないなら、やるしかないだろう。
食べる訳じゃない。殺したい訳じゃない。倒すだけだなんて、可笑しいだろう。
しかも、第三者の俺が倒すだけだなんて。
どうでも良いからこそ、妥協してはならない。
俺が決めた事だ。
「面倒だとは思う」
それは、率直な嘘偽りのない気持ちだ。
荒野を歩いて既に四日。食料調達が上手くいかないこの地で、これ以上に移動を続けるのは難しい。
「食料はあとどれだけ持つ?」
「三日くらい。そろそろ帰らないと不味いわ」
やはり人の身では難しい道程か。レイナの言う通りだ。そろそろ折り返し地点だな。
「ヴァルナ、このままだと無理だな」
「アードラだけなら、何も問題は無いだろう?」
戦女神の言う通りだ。一人で行くのは構わないが…いや、危険だな。
倒すだけなら問題は無い。わかってる。
「残念ながら、一人では行かない」
倒さない。殺さない。つまり、不意を突かれて俺が消えかける可能性がある。
情けを掛けるなら、絶対的な余裕が無くてはならない。
「だが、それでは…」
「…それでは?」
被害が増えるかもしれない…か?
被害が増えるのは良くない事だが、相手の事情を慮る事すらせずに、まるで単純作業の様に倒すのは話が違うだろう。
「比べる物じゃない
それから、手段を選ばなければ可能ではある」
人に影響を与えない、という制限の元に俺は動いている。それが無ければ幾らでも手段はある。
「…可能だと?」
「竜に運んでもらう
俺は竜族に借りを作る気は無い
やるなら、勝手にやれ」
俺は竜族に借りを作る気は一切無い。
そもそも、魔王というのだから、この荒野の外側に顔を出す事だってあるのだろう。
来た所を叩けば良い。それだと何らかの不都合があるから、戦女神は俺に倒して欲しいと言ったのだ。
「竜を呼ぶ事がどう影響すると思ってる?」
「人街の上を飛ぶなら、人々は恐怖に震えるだろう
竜は最上位の生物だと聞く。生態系も崩れるかもしれないな」
竜が森に住み着けば弱い魔物達は森を放棄し、生態系が変わるらしい。それくらいに可笑しい生物なのだ。
だから、竜族はくれぐれも生態系を崩さぬ様に、最大限の注意を払い生きている。
「その程度だと言う事だ
何かを捨ててまで、魔王の存在を何とかしなければならない程、お前の中では大きくないという事だ
何処かにひょっこり現れるまで待つとしよう」
無理をしてまでやろうとは思わない。
「帰る…「待ってくれ!」」
戦女神に遮られた。
「わかった、竜を呼んでくれ。アードラなら出来るんだろう?」
「ヴァルナが借りを返すと?」
「ああ。人的被害や生態系に関しても私が責任を持つ」
戦女神の覚悟は決まった様だ。
「ということだ。レイナ、笛を鳴らしてくれ」
「ええ、わかったわ」
俺とレイナは各々に笛を鳴らす。その音はとても甲高い音を出して、辺り一面に広がった。
「暫くしたら来るだろう
…もう影が見える。空が飛べるのは素晴らしいな」
竜の影が上空に、それはとてもとても遠くに見えた。雲に隠れ、雲をかき分け、自在に空を切る。
やがて、彼らの点は大きくなっていく。
大きな地響きと共に、巨体が地面に降り立った。
『これはどういう事だ。アードラ殿?』
俺達を送ってくれた竜達の他に、もう一体、赤く猛猛しい竜が俺の目の前に居た。
彼は俺達を品定めする様に視線を向けて、口を開いた。
『それはそこの女神様に聞いてくれ』
『…アードラ殿で無ければ、見捨てていた
美しき戦女神よ。我らに何用か?』
俺の事を信用してくれる彼らは、本当に心強い限りだ。
「魔王妥当に力を貸してほしい
貴殿らが関わる事によって起こるズレは、全て私が責任を持つ」
戦女神の言葉に竜は目を細めた。
『その言葉、嘘は無いな?』
戦女神にぶつけられていた視線が、急に俺の方に向く。
『アードラ殿は厄介事を引き受けられた様に思える』
『どうせやる事はあまり変わらないからな』
『我らが魔王の住処まで、運べば良いのだな?』
『そうだな。手出しは無用だ』
彼らに手出しをされれば、恐らくは魔王は数瞬を待つことなく消し去られるだろう。
『あいわかった、乗れ
我らはあまり人の地を好かん』
俺達は竜の背に乗った。レイナはアリアを前に座らせて、抱え込むようにして乗った。
三体の竜と四人は、空へ駆け上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます