捕まった戦女神

 俺達は宿に帰ってきた。

 明日の出発に向けて準備しなければならない。

 エリューシアも今帰れば、会える気がした。

 部屋の前に辿り着く。

 …?

 部屋の中に二人居る?

 一人はエリューシアだ。だが、もう一人も知らない気配じゃない。

 竜族ではない。気配は知っているのに心当たりはない。

 開けるしかないか。レイナとアリアを背に扉を開けた。

 部屋の中に目を向ける。

「おかえりなさい。旦那様」

 色艶な声でエリューシアが迎えてくれた。相変わらず美しいな。

「そこに居る女性は誰だ?」

 彼女を抱き寄せながら、心当たりのない女性について訊ねる。顔を見てもわからないとなると、等々意味がわからない。

「旦那様の夢の中に潜り込んだ不届き者ですよ」

 彼女はそう言った。その言葉で、俺も目の前の女性がどの様な存在か、正しく理解することが出来た。

『貴女がヴァルナか』

「…そうだ、連れて来られたのだ」

 エリューシアに視線を向けて、彼女はそう言った。

「どうした?」

『これは失礼。面白い外見をしてると思ってな』

 所謂アルビノと言われる姿格好をしていた。とても戦に関する女神だとは思えない容姿だ。

「この様な軟弱な姿で悪かったな。…竜言語で無くとも大丈夫だ」

「そうか。それは助かる

 …別に、馬鹿にしたつもりは無い。生前がその姿だったのなら、苦労をして来たのだろうなと、そう勝手に思っただけだ」

 その姿がアルビノによる物ならば、戦場を駆け巡る事が困難であった事は想像に容易い。

「察しが良いのだな

 事実、私は神になる前はただの戦人でしかなかった」

「面白い話だ

 だが、その話はまだ今度にしよう

 何か用があるんじゃないのか?」

 エリューシアに連れて来られたとは言え、彼女とて戦女神だ。何やら理由があるだろう。

「いや、特に無いな」

「…無いのか?」

「そこの妖精に無理矢理に連れ出されたのでな

 魔王への水先案内人くらいはするつもりだが…」

「そうか。…寝床は無いぞ?」

「この宿を出れば良いだろう?

 人並み程度の狩りであれば私もやろう」

 払ってしまった金があるが、流石にアリアとヴァルナの二人も増えて、部屋を変えないという訳には行かない。

 残念だが、仕方の無い事だ。

「…そろそろ暗くなるが、出るしかなさそうだな」

 必要な物を全てレイナの腕輪に詰め込み。宿を後にした。

 門がしまるギリギリの時間だったらしい。本当に何とか街の外に出る事が出来た。

「街から距離を取ろう。魔王はどっちだ?」

 ヴァルナは指をさした。

 その方向には森があった。森の中の方が生活し易いので、丁度良いとも言える。

「今日は森の中で眠ろう」

 レイナはとても嫌そうな顔をした。諦めて欲しい。

「大丈夫だ、女。安全は私が保証する」

 どうやら、見張り番はヴァルナがやってくれるらしい。レイナの不満はそれだけじゃないだろうが、仕方が無いだろう。

 彼女には我慢ばかり強いているな。

 森の中に入ると、そこはジメッとしていて、とてもでは無いが酷くどんよりしていた。

 辺りが見えなくなるまで、歩くしかなさそうだ。

 もしかしたら、もう少し寝心地の良い場所に辿り着けるかもしれない。

 辺りが見えなくなるまで、俺達は歩いた。

 だが、環境は一向に変わる気配はない。諦めるしかないだろう。

 光球を空に浮かばせ、辺りに少しの開けた場所を探す。

 大体この辺で良いだろう。

 土の妖精を召喚して、仮宿となる四角い箱を造ってもらう。

「レイナ、今日はもう寝てくれ。食料は勝手にとってくるから」

 彼女に狩りをさせるのは申し訳ない。

「良いの?」

「ああ」

 俺もエリューシアもヴァルナも、睡眠を必要としない。

「そう。…今度、私も愛してね。せめて、順序は守ってね」

 彼女は頷き、俺の耳の言葉を残した。それから、建物の中に幾つかの寝台を並べた。

「アリアはレイナの所に」

 俺の言葉はアリアにとって絶対ではない。だからか、俺に迷った顔を向けた。

「こっちに来なさい」

 レイナの言葉は彼女にとって絶対だ。引き寄せられる様に、彼女はレイナの元に歩いて行った。

「随分と奴隷に優しいな」

「そうか?

 この世界にはそう見えるのか」

 ヴァルナの言葉は他人と比べる程度の物で、あまり面白い物ではなかった。

 レイナの寝台にアリアが添い寝をする様に潜り込んだのを見て、俺は土塊の建物を後にした。

「私は狩りに行ってこよう」

「ああ、よろしく頼む」

 ヴァルナは暗闇に消えていった。食料調達は彼女に任せよう。

 愛して…か、言葉のままに受け取ってしまっても良いのだろうか。

「良いのですよ」

 その問いに答えたのはエリューシアだった。

「むしろ、旦那様はしっかりと責任を取るべきです

 今更、新たな出会いを求めるのも指南の技ですし」

 彼女の言う事は最もだ。こちらから何かを仕掛けても良いかもしれない。

 気に入らなければ、断らせれば良い。

「順番とはどういう意味なんだろうな…」

「レイナはそんな事を…ふうん」

 エリューシアの瞳が怪しく光った気がした。彼女は相手によって性格が変わる。

 俺に対しては従順だが、レイナに対しては対等に接している。アリアには対して興味も無いようで、素っ気ない。

「来るか?」

「良いのですか?」

「もちろん」

 土塊の長椅子を造り、寄り添い合いながら座る。

「こういう事を、レイナにもしてあげれば良いのですよ?」

「…迷惑にならないだろうか?」

「まさか」

 エリューシアがそこまで言うのなら、良いのだろう。

「次から、意識してみよう」

 レイナはあくまで、連れという認識だからな。それで良いのなら、俺もそれで良い。

 夜明けまで、ぼんやりと座り続けた。

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