帰った先に

 俺は空を飛んでいた。

 彼の背に跨り、空を飛んでいた。

 先程までの血の海、火の海を全くと言って良い程に連想させない、深い深い青空の中にいた。

『不服か?』

 彼の声は試す様で、興味関心の色が強く見えた。

「いや、まさか」

 何に対しての「不服か?」だったのか。理解した上でそんな事は無いと首を横に振る。

 見えてはいないだろうが、彼は声音でわかる筈だ。

『それにしては、暗い顔をしているじゃないか』

 今度は面白そうに告げた。

「姿形が似ているからな

 だからか、あまり楽しい光景では無かったな」

 食うでも食べるでもなく、エルフ達は邪魔者として文字通りに焼き払われた。

 とは言え、楽しくないだけであって、別に同族同士の争いでも火の海、血の海になる事はある。

 だから別に、彼に対して何か思う事は無い。

『…ふむ』

 彼は思案げな声を出して、何かを考え始めてしまった。そんなに理解が難しい事だとは思わなかったが、竜にはその様な考え方事態が無いのかもしれない。

 彼が考え耽っている間に、彼女達が居て、無数の竜が降り立った池の上空に辿り着いた。

『降下するぞ』

 彼は短く告げる。段々と高度を落としていき、彼の身体は地面に降り立った。俺も彼の背から地面に降り立った。

『此度は本当に助かった』

「それは良かった」

 片手を上げて、気にするなと表現して彼女達の元に向かおうとする。

『我らと共に来ないか?』

「…ほう」

 彼の言葉は、俺の足を止めた。

『なに、行きたい人街があるのならば、我らがそこに降ろしてやろう

 只で帰すというのも面白くはない』

 言の葉を一枚一枚拾うように吟味して彼の狙いを探る。…が、何が狙いなのか俺にはわからなかった。

「何が狙いだ?」

『今日の礼だ』

 長命種なのだから、今日の些細な出来事など、すぐに忘れてしまうだろうに…と思わなくもない。

「嬉しい申し出だ

 引き受けさせてもらいたい

 …少し話してくる」

 彼女達の元に行く事は変わらないので、再度片手をひらひらとして、俺は彼から離れた。

「ただいま」

 彼女達に声を掛ける。

「おかえりなさいませ、旦那様」

「おかえり」

 エリューシアは呆れた表情で、レイナは諦めた表情で返事をしてくれた。

「急に出てしまって悪かったな」

「本当ですよ旦那様。突然出ていったかと思えば、私達は竜に囲まれたままなのですから」

 珍しくエリューシアから小言を貰ってしまった。いや、エリューシアが居れば、この場に居る竜如き相手にすらならないだろうに。

 …とは言わないでおく。

「これからの話なんだが、竜と共に旅をしようと思う」

「…承知しました」

「えっ…」

 エリューシアの小言を一旦避けて話を続ける。すると、エリューシアはそれが不服だったのか、頬を膨らませながら頷いた。

「えっ、ちょっ…食べられちゃったりしない?」

 レイナは真っ青になりながら訊ねてくる。

「俺達は喰われない」

 赤の他人が喰われていても、俺達は関係が無い。

「…人を食べる事はあるのね?」

 生唾を飲み、彼女は確認をする様に問う。

「自然の摂理だからな」

「私…大丈夫かしら?」

 人の枠を外れないレイナが、竜に対して不安と恐怖を感じる事は何一つとして可笑しくない。

「そうなったら俺が護ってやる」

 竜如きに遅れを取る筈が無い。

「…わかったわ。貴方を信じる」

 彼女の言葉は有難い限りだ。絶対に護ってみせよう。

「こちらの意思が固まったと伝えてくる」

 エリューシアの頭を撫で、レイナの…いやあんまり、こういうのは好きじゃないかもしれないな。

 エリューシアは撫でれ撫でれと言わんはわかりだ。

 彼女達を待たせ、彼の元に移動した。

 彼は黒い竜で、とても威厳があった。逆に言えば、彼以外にその色の竜は居ないので一際目立っていた。

「話は纏まった

 話を有難く受けさせてもらおう

 ここを立つのは何時になる?」

 彼に意思を伝え、出立の時期を訊ねる。

『日が上がり次第、ここを立つつもりだ

 我の名はガリューレン・ハルバルト

 …お前の名は?』

「俺の名はアードラ

 了解した

 明日の朝までに準備を終わらせておこう」

 そう言えば自己紹介の一つもしていなかったのだなと思う反面、そこまで名も必要ではないのかもしれないと、朧気ながらに思う。

 名は必要だが、会話をする為の必須装備では無いのだろう。相手が竜であるのなら尚更…いや、竜であってもか。

 伝える事は伝えた。俺はすぐに彼女達の元に戻る事にした。

「早いのね」

 レイナが意外そうな顔を向けてきた。

「伝えるだけだからな

 明日、日が昇ったら出立するそうだ」

 やる事が多くあった訳では無い。彼女達にも情報を共有しておく。

「わかったわ

 …食事は取ったの?」

「?

 もちろん食べてない」

 レイナの質問の意図が掴めない。思わず首を傾げそうになる。

「私とエリューシア様はもう食事を終えた後なのよ」

「面倒だから、俺の分は作らなくて良い

 一食抜いたくらいで死にはしない」

 ドタバタと出て行った俺が悪いし、一週間くらいなら食わずとも俺の身体に異常は現れない。

「そうはいかないわよ

 はい、貴方の分」

 そう言って彼女が差し出したのは、美味しそうな匂いを漂わせる肉が乗った皿だった。

「貴方がくれた腕輪のおかげよ

 電子レンジで、ほら」

 成程、電子レンジも家具だから使う事が出来るのか。

「…有難く頂こう」

「どういたしまして」

 少しだけ彼女の事が暖かく感じられて、心が温い気持ちになる。

「旦那様?

 今日は私と共に眠ってくださらない?」

 これは恐らく、夜這いするが構わないか?の確認だろう。

「エリューシアと?

 俺は構わないが…」

 周りに無数の竜が居る今の現状で、突然襲われる事は無い。であるなら、無防備になる行為に及ぶ事を拒否する理由にはならない。

 いや、本当ならしっかりとした場所でエスコートしてやりたいが…それまで我慢が効かなかったのだろう。

 それは俺にとっては嬉しい事であるし、だから、拒みたいとは思わない。

「レイナには既に話してあります

 心配は何も要りません」

 レイナはどう思うのだろうか?

 そう考えて口に出す前に、エリューシアは諭す様に俺に告げる。それなら、構わないが…

「良いですよね?」

「ええ、もちろん」

 エリューシアは俺の前で、わざとレイナに確認を取って頷かせた。

 …いつも通り、旅の飯とは思えないくらいに美味しいな。

 本当に有難い限りだ。

 エリューシアが大胆にも腕に胸を当ててきた。腕を絡ませ、身体を俺に擦り付けるようにする。いつも通りだが、ふと考えてみると、とても大胆なアピールだと感じられる。

 俺だってわかってる。だから、そこまで熱烈なアピールをしなくても大丈夫だぞ。そう思わなくもない。

 言ってしまうと不服なのかと問われ、拗ねられてしまうかもしれない。それよりかは、このままにしておいた方が良い。

 気分の悪い物でも無いのだから、尚の事だろう。

 食事を終えたら、魔法の腕が落ちていないか、確かめないといけないな。

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