出会いは唐突に
Change Side
朝食を取り終え、出立の準備をしていた。
準備と言っても大した事では無い。
俺は土の妖精を呼び出して、夜に使用した土の箱を跡形もなく崩す。
他にも眠る時に使った焚き火の片付けだとかはあるが、やる事は多くない。
「レイナ、そっちは終わりそうか?」
食器やら調理器具やらの洗濯を行っていた彼女に、進捗を聞いてみる。
幸いエリューシアや台所のおかげで、水は使い放題なのだが、レイナはそれなりに生真面目なのか、しっかりと丁寧に洗っていた。
「もう少し時間が欲しいわね
…洗剤が欲しい」
最後の小さな呟きも、しっかりと聞こえた。洗剤があれば便利そうではあるが、それを使った後処理も面倒くさそうだ。
丁寧な後処理をしないと、環境破壊待った無しだろう。
「…俺もやろう」
時間を掛けたくないだけなら、労働力を増やせば良い。
「え、いや、やらなくて大丈夫よ」
レイナに遮られてしまった。
「…何故?」
「これは私の仕事よ
それに、これ以上、貴方に頼りたくないもの」
「…気にしなくて良いだろ」
考える間も無く、俺の口からついて出た。
「色々とやって貰ってるから、そのお返しよ」
「それはやって当たり前の事では…」
自らの行動に対する責任として、色々と手間暇を掛けただけであって、それ以上でも以下でも無い。
「私だったらやらな「…旦那様、お仕事の邪魔です
向こうに行っててください」」
口論を見かねたエリューシアによって俺は厄介払いされてしまった。
???
どうして?
…とにかく、厄介払いされた以上、大人しくしているしかない訳だ。
…ああ、そう言えば、この池の周辺に、どうして野獣が居ないのだろうか?
朝になるまでの間に、この池の主が帰ってくるのかと思ったのだが、その様な気配は一向に感じられない。
それとも、その主すらも俺達を見て姿を隠してしまったのか…
野獣が人の姿を恐れるのは、特段珍しい話ではないから驚く事は無い。
鳥の影がふと、俺の頭上を横切った。
…鳥?
そう思って、見上げてみると、空中に居たのは複数の竜だった。
これは…とても壮観だ。
何匹もの竜が宙を飛んでいる。まるで、群れを成す鳥のように。
色とりどりの竜が等しい影を成して飛んで…いや、大きくなって…まさか、ここは竜の給水所なのか!?
潰されたくはない、急いで池の周りから離れた。すると、竜は足元を気にしながら、一匹、また一匹と地上に降り立った。
一匹、また一匹と地面に立つ度に、大きな揺れが響く。
そうか…だから、野獣の気配が一切として感じられなかったのか。
竜は肉食獣らしい顔付きで、その顔をレイナ達の方に向けた。
レイナの傍にはエリューシアが居るから、大事にはならないだろうが、離れたここからでもレイナの仰天した顔が伺える。
…と、人の事を心配している場合ではない。
俺の方が竜の目線を集めていた。竜の目線は肉食獣らしい顔付きに反して知性的で、俺を眺めては敵意が無い事を確認すると、一匹、また一匹と池に顔を突っ込んだ。
はるか昔に、俺が生きていた頃にも、ここまで竜が集まった事は無かった。
…というか、そもそもの話、竜は絶対強者であったから群れを作る事は無かった。
とても、とても幻想的な風景を俺を見ているのだと思う。
一匹の竜が、俺に近付いてきた。鼻を近付け臭いを嗅ぐ様な動作をした。
『不思議だ
人の形を取りながら、幾千年の時を超えた匂いがする
我々と同じ様な匂いだ』
竜は喋った。喋った事に驚きもあるが、それ以上に探る様な目を向けられた事に驚いた。
「…そんなに不思議か?」
『不思議だとも
その様な小さな身体で、幾千年を超えられるとは思わない
あそこに居るのもお前の連れなのか?』
レイナやエリューシアに首を振って、彼は言った。
「そうだ」
『そうか
人ならざる者が身近に居るのであれば、時を超える事もあるのだろうか?
それとも、神のどれか一柱が下界に遊びに来ているのか…』
知性を感じさせる目は、俺を見て、楽しそうな色を、興味深そうな色を映した。
「俺が人に見えるか?
ああいや、神であると言っている訳じゃないが」
『人には…見えない
我の知らない存在に見える』
知識欲が凄いのかもしれない。
肉食獣らしい顔付きは、俺を見てしっかりと困惑の色を映した。
『そもそも、ここは人の地ではない
我々とて人を好んで食する訳ではないが、食さない訳でもない』
存外に彼はこう言ったのだ。この地で脆弱な人種が生き残る事は不可能であると。
「エルフは?」
『エルフ?
我々は知らなんだ…』
エルフについて、目の前の竜が知らない事に途方も無い違和感を覚えた。
「隣の森でエルフに襲われてな
面倒になってここに逃げてきた」
『ふむぅ…
人が歩ける様な距離で、エルフが住まう場所など、我に心当たりはないな』
どうやら、本当に知らないらしい。
『お前は、人ならざる速度で移動したのか?』
「いやまさか、普通に歩いて来た」
竜は困惑していた。
『もし良ければ、エルフとやらが居る地に案内してくれないか?』
「いや、俺も場所を知っている訳では…」
『それでも構わぬ
我の知らぬ間に人村が造られるのは面白くない』
いち早く何か動きを見せたいのかもしれない。長命種にしては珍しく、一秒一瞬を大切にする性格らしい。
「役に立つかはわからないが、これも何かの縁だろう
彼女達に説明させてくれ」
『感謝する』
竜は大きな身体で礼をする。それを見て、俺は彼女達の元に歩いた。
「竜と共に少し出てくる
この場で待っていて欲しい」
「え、ちょっ「わかりました。ご武運を」」
「戦いに行く訳じゃない
何はともあれ、行ってくる」
レイナの言葉を遮り、エリューシアは快く送り出してくれる。
「じゃあ、行ってくる」
『では、往こう』
彼は首を下ろして、俺に背に乗るようにと促した。遠慮する事無く、彼の背に飛び乗った。
彼は大きく咆哮する。それは森林を揺らし、大地を震わせた。
大きく羽ばたき、飛び立った。
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