夜になる前に

 建物の外で、神であるミズガルドが整えた綺麗な草原の上で寝そべっていた。

「…ねえ」

 女が起きたらしい。

「どうした?」

「おはよう

 大分、身体が楽になったわ」

 歩けるくらいまでは回復したらしい女は、建物から顔を出してこちらを覗いていた。

「それは良かった

 …食事にするか?」

「…良いのかしら?

 そこまで世話を焼いてもらって」

 申し訳なさそうに女は言う。

 最後まで面倒を見ないのなら、助けたりはしない。

「名は?」

 いつまでも女では困ってしまうな。

「レイナよ

 貴方はアードラで良かったかしら?」

 黒髪黒目で、名前も日本人らしい物だった。

「アードラで合ってる

 ああそうだ

 この腕輪を受け取ってくれ」

 ミズガルドから受け取った物を、レイナに放り投げた。

「!?

 …これは?」

「欲しい家具が出てくるらしい

 勝手に連れて来てしまったお詫びだ

 受け取ってくれ」

 本当なら、彼女を助けるだけのつもりだった。

 こちらの世界に連れてくるつもりは無かった。

 神の介入は俺にとっても想定外だった。

 俺があの現場に飛び込んで来る事も、神々にとって想定外だったのだろう。

「こんな小さな腕輪から家具が出てくるなんて、有り得ないじゃない

 って言いたい所だけど…どうしてここまで?」

「一度、助けたんだ

 最後まで面倒を見るのは当たり前だろう?」

 どうして?と言われても、助けた責任があるだけだとしか言えない。

 向こうの世界では亜空間収納というのは有名ではなかった。

 そもそも空間制御というのは神の所業で、

「優しいのね

 …一つだけ聞いても良いかしら?」

「なんだ?」

「その隣に居る美しい女性は誰なのかしら?

 私みたいに助けて…口説いたのかしら?」

 俺の隣に眠っているエリューシアの事が気になっていたらしい。

「彼女は妖精王だった者、今はエリューシアという名がある

 向こうの世界からの付き合いだ」

 助けて口説いた訳では無い。

 …多分。

 エリューシアと出会ったのは大昔だからな、覚えていないんだ。

「妖精王…実際に存在するのね」

 生唾を飲み込み、レイナは言った。

「陰陽道でも妖精王の存在は語られるのか?」

「特別な事を語られはしないわ

 教養の範囲よ」

 なるほど。

 妖精に関しての書物を、レイナは読む機会があったのだろう。

「こっちに来たらどうだ?」

 建物の影から話されても話辛くて適わない。

「良いのかしら?

 そこにいる女の人も気になるのだけれど…」

「彼女に狩りの帰りに襲われた

 今は拘束してあるから、危険性は無い」

 エルフに関しては、それ以上の説明が出来ない。

 俺も詳しく知らないからな。

「帰りに襲われたって…野盗の類いかしら?」

「彼女達の縄張りだったらしい

 まあ、気にする事は無いな」

「へえ…

 まあ、貴方がそう言うのなら私は何も言わないわ」

 縄張りに入ったら襲ってくるとか、正直頭が可笑しいんじゃないかと思う。

 国境らしき物がある訳でもないのに。

「彼女の周りにあるのは…魔法陣?」

「そうだ

 壊さないでくれよ

 暴れられたら面倒だからな」

 殺される事は無さそうだが、襲ってきたのはそちらだ。

 彼女の身柄という対価くらいは払ってもらわないとな。

「食事を出そう

 肉食獣の肉に塩も効いてない硬い物だと思うが、我慢して欲しい」

「塩…これでどうかしら?」

 レイナは腕輪から塩の入った瓶を取り出した。

 …調味料は家具らしい。

「それは助かるな」

 干し肉を仕舞った袋を取りに行く。

 その中から一切れ取り出して、レイナに渡した。

「…随分と豪快ね」

「料理はあまり得意じゃ無いんだ

 俺が作れるのは保存食ばかりでな」

 案の定、レイナに苦笑いされた。

 こればかりはどうしようも無いな。

「…そこまで言うなら、私が料理するわよ?」

「まともに調理をしても、保存が効かないぞ?」

 有り難い申し出だが、な。

「実は思い付いた事があるのよ」

 そう言って彼女が取り出したのは冷蔵庫。

 冷蔵庫を開けると、中は冷えていた。

 彼女は受け取った干し肉を入れて、何と腕輪の中に仕舞ったのだ。

「…嘘だろ」

「子供みたいな思い付きだと思ったわ

 …何でもありなのね…」

 彼女は腕輪から、さっきの冷蔵庫を取り出した。

 中からは冷えた干し肉が出てきた。

「当面は問題無いわね?」

「ああ、びっくりだ

 食事の方も頼んでも良いか?」

「ええ、勿論よ」

 俺は三食全て保存食という生活も、既に慣れているから問題は無い。

 が、レイナは難しいだろう。

「今日はこれで我慢…してくれ」

 今日は干し肉しかないのだから仕方ない。

 少しばかり申し訳ない気持ちになる。

「…仕方ないわよ」

 干し肉は硬かった。

 ギリギリ食えない事は無いという段階の話で、レイナはナイフを取り出してぶつ切りにして食べていた。

 塩が効いているだけで、少し美味しいかもしれないと思ってしまうのが、塩の凄い所だな。

 …日が暮れて来たな。

「そろそろ眠る準備をするか」

「それなら、見張りは私がやるわ

 今まで眠っていたし、何より起きたばかりで眠れないわ」

 それは有り難い申し出だが…

「残念ながら、見張りは必要無いんだ

 無理に眠れとは言わないから、身の安全を守れる範囲内で、好きにしてくれて構わない」

 魔法陣やら結界やらで、この建物があっさりと襲撃される事は有り得ないし、何より神が管理している土地だ。

 野盗や武装勢力が侵入してくるとは思えない。

 エリューシアを抱えて、土の建物の中に入った。

 さっきから彼女は眠ってばかりだ。

 起きる気配が無い。

「…ちょっと待ちなさい!」

 建物の中で寝床を作っていると、レイナが凄い剣幕で入ってきた。

「貴方、まさか寝袋で眠るつもりなのかしら?」

「そうだが?」

「この腕輪があるのに?」

 言われてみたらそうだ。

 寝床を用意して貰えば、柔らかな布団で眠る事が出来るのか。

「…お願いしても?」

「ええ、勿論よ」

 レイナは喜んでと、柔らかな布団を用意してくれた。

「ありがとう」

「貴方には色々と面倒を見てもらったもの」

 巻き込んでしまったのは俺の方だ、彼女が明るくてとても助かる。

「じゃあ、私はこれで」

 レイナは手をヒラヒラとさせて、建物の外に出て行った。

 …エリューシアが指輪に戻りたがらない。

 俺の独断で戻してしまっても構わないが、後でへそを曲げられるのは困る。

 エリューシアを隣に寝かせて、俺も眠ってしまうことにした。

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