EPISODE20 箱舟より舞う剣の雨〈デスティニー・アーク〉
「——『強化術式:龍の怒り』」
倫語がその場に残像を作った直後、赤黒い雷光はけたましく唸って主と共にゼロニアへと迫る。
「——『
だがその刹那、錬金術師の左手から純白の雷光が発せられ、倫語の右手拳を人差し指のみで止めてしまう。
「『変革の剣』……」
呟かれた言の葉は、深紅の剣を左手に従わせ、切っ先を轟かせた。
「『
蒼雷が右手で鳴動。倫語が突き立てた剣が超常を巻き起こすより寸瞬早く、突如、巨大な盾がゼロニアを守らんと顕現し始める。
その瞬間を、倫語は『龍の慧眼』で事象の一コマ一コマを的確に捉えていた。
「『龍魔術』——術式全開放」
膠着とした時の中で、倫語は、未来に起こりうる幾通りのストーリーを一斉に把握したうえで、この手段をとった。
ゼロニアの術式が盾を構成する段階が一秒にも満たないとしたら、倫語はそのほんの僅かな時の中で、全術式を以てゼロニア=フォーツェルトを倒すことを選んだ。
その手段が有利である根拠として挙げられるのが、『術式展開速度』である。三日前に彼と交戦した時、倫語はゼロニアの『クリエイト』と『アジャスト』が連続で発動される際のタイムラグを感じ取っていた。
その分析を天才魔剣学者である真文に依頼した結果、『一秒未満の空白』は必然的に発生するという結果が出た。
つまり、『アジャスト』で身体強化を余儀なくさせ、『変革の剣』という未知なる存在を危惧させることによって『一秒未満の空白』を作り出し、『同時に幾つもの物質は創造出来ない』という錬金術においての粗を利用し、最初にして最後の全術式解放で王手をかけるという策を実行に移したという訳だ。
最初に、『龍の鉤爪で』で、まばらに発生している物質の断片を破壊。それと同じタイミングで、『龍の息吹』による完全消去。
次に、『龍の羽ばたき』でゼロニアの頭上へ跳躍。ここでさらに、同時発動させていた『龍のうたた寝』と『龍の疾走』による相乗攻撃によって、もう既にゼロニアは倫語を視野に収めることは出来ないだろう。
そう思っていた時、
「……とまあ、こんな具合に、錬金術の使い道は色々あるのだよっ。龍魔術師君」
倫語の隣に並ぶ形で、ゼロニアがそこに居た。
「なるほどなぁ……」
そしてこの瞬間での出来事を、倫語はすぐさま理解した。
「そ、君が思いついた通り、オレは最初からあの場所には居なかった」
「最初から——は、少し盛っただろ。厳密に言えば、恐らく初めの『アジャスト』の時、既に『分身』的な芸当が出来るように仕組んだんだろう」
「あはっ、正解正解っ!」
つまりは、今、下で液体化している器は偽物で、横に並んでいる彼が本物のゼロニア。手を打ってたつもりが、逆に手を打たれていたのだ。
「だからと言って、今すぐどうにかなる訳でも無いだろうに」
「いんやぁ? それが、なるんだよ……どうにか」
「——ッ!」
その時、倫語は気付いた。ゼロニアの両手のどこにも、剣が握られていないことに。
まさか——と、思い立って下を見てみれば、その時既に。
「——〈我が剣に穿たれ、創造の礎と成れ〉」
地より倫語を見上げる蒼刃。
さらにその下には、二つの錬成陣が展開していた。『クリエイト』と『アジャスト』の二つが組み合わさり始まる、錬金術。
ゼロニアもまた、この瞬間に勝敗を分かとうとしているのだ。
糸義倫語を礎として。
「創造の礎、か……」
世界が歪み、己の内を駆ける時が滞る感覚があった。たかが一瞬、されど一瞬。この空白の中で、下手をすれば世界の命運すら決まるかもしれない。
だが実のところ、倫語にとって、『世界』という漠然としたものは二の次にしか過ぎない。
そう、あくまで、二の次にしか過ぎないのだ。
「ならば僕は、それすら喰らう……」
獰猛に笑んだ刹那。
「——?」
ゼロニアは、視界の端に鮮紅に照り輝く何かを捉えた。
最初は血の雫が飛び散ったものかと思っていた。そしてそれは、倫語が剣に刺さって舞い散ったものかと。
しかし、眼前に、今、彼の姿は無い。
一抹よりも短い、ほんのひと時。ゼロニアは片時も彼から目を離してなどいない。それなのに、たった今、まるで初めからそこに居なかったかのように姿が消えていたのだ。
だとすれば、やはり、視界の端を横切った赤い鼓動の正体は——、
「錬金術は創造を成し、理を築き上げるもの……で、あれば、魔術とは一体何のか」
耳朶に響く声。そして、ゼロニアがその文言を咀嚼するよりも先に、置き去りにされていた理解が追い付く。
「『変革』……それが魔術の意義だ、錬金術師」
——鮮血の如く、紅雷が迸った。
「ぐ、あぁッ!?」
「意志、因果、願い——それら全ての意を術式に込めて変革を齎す、明日の
思考が、理解が、意識が霞んでいく中で、ゼロニアはその言葉を聞き取っていた。
魔術。倫語が成した、魔術——それ即ち、『原点』にして『原典』。
天より気高く翔ける龍に飾られる冠——『ヘヴンズクラウン』。それこそが、変革を掲げる魔術そのものであり、世界で唯一の魔術師である糸義倫語が手繰る奇跡なのだ。
「ギフト、かぁ……」
身を焼かれ、心を焦がされる煉獄にも似た苦悶のひと時。そこへ、ゼロニアはある確信を持つと共に、確固たる決意を宿した。
人事は尽くした。しかし天命を待つ時間が惜しい。ならば、魔術師が成した奇跡、錬金術を以て容易く喰らってみせよう、と。
「——〈我、願う定めのもとに、奇跡を手繰りて万象を改めよ。変革の剣〉——」
背後で紡がれる詠唱。紅に唸る剣の覇気が肌を刺し、変革を促す刃の鼓動は心臓を震わせる。
身体中へ循環される恐怖という枷。
だがそれは、圧倒的な力を前にして屈している間のみ架せられる、偽りの呪縛にしか過ぎず。
「——『ヘヴンズクラウン』ッ!!」
必ずしも、刻まれた爪痕が癒えないとは限らないのだ。
「——『デスティニー・アーク』」
熱塊が脳みそを焼き焦がし、意識と共に感情すらも忘却の彼方へ追いやろうとしている。
それでも尚、ゼロニア=フォーツェルトは願いの言の葉を紡いだ。
全てが書き換わろうとしていた前に、己の野心を術式に乗せたのだった。
「なん、だ……っ!?」
途絶えた。そんな認識が適切だろう。
今まさに倫語が術式を再発動させようした瞬間、ゼロニアが何かを呟くと同時に、魔術を顕現しようとする際に駆け巡る魔気が途絶えたのだ。
困惑や動揺が心中へと一挙に押し寄せる中、倫語はゼロニアの方を振り返ってそれを見た。
「術式錬成陣、構築完了。『箱舟』起動まで、三刻半。これより、『超規模術式』発動を執り行う」
鋼色に染まった紳士が放ったその言葉を、倫語は驚愕の渦に晒される中で、即座に理解した。
「まずい……」
無色透明な双眸でこちらを見据える錬金術師。彼の両手には、従来通りに青と白の錬成陣がそれぞれ宿っている。
一つ、異なる点があるとすれば。そして、倫語の読みが外れていたことを挙げるとするならば。
それは——、
「既にこの都市全体を、錬成陣で囲んでいた——!!」
危惧していた『超規模術式』の発動を早められること。
それが最悪のシナリオであり、今まさに起きようとしている事態だった。
——『
——『レジスタンス』に情報をリークし、挙句の果てに『ホムンンクルス』を解放したのは、都市や政権を破壊しようと思わせる為のブラフ。
——『剣舞祭』の前夜に襲撃を図ったのは、『摩天楼』を中心に都市外郭を囲む魔法陣を『半世紀論』によって目覚めさせ、『
彼の目的は。
ゼロニア=フォーツェルトの野望は、倫語が勘付くよりずっと以前から、既に準備されていたのだ。
そしてそれこそ、倫語が最も恐れていた出来事。
即ち。
「——『箱船』より、『剣の雨』散布開始」
眼前で盛大に蒼雷が瞬き、白光が迸った。
「——ッ!!」
同時に、倫語は『変革の剣』を己に突き刺した。その際、途絶えさせられた魔気を蘇らせ、間髪入れずに脳が焼き切れる程の情報を流し込む。
この瞬間、糸義倫語の存在は『「魔剣都市」上空に居る』という事実に書き換わった。
そして。
倫語は再び、彼と対峙する。
「やあ、相変わらず凄まじい反射的思考だね」
星々と月明かりを従える夜空を背に、純白のタキシードに身を包んだ藍髪の錬金術師が朗らかな笑みを湛えていた。
「君こそ、今までに会ってきた人間の中で二番目に悪魔じみた奴だよ」
対して、夜闇をものともせずに煌々と白髪を靡かせる龍魔術師は、夕焼け色に煌めく双眸で彼を見上げ、不敵に笑い返す。
同時、互いが手繰る術式の鼓動の高鳴りは、最高潮に達していた。
「——『
青と白、二つの巨大な術印が星空にて顕現し、一つに重なる。
その直後、それは姿を晒す。
無数の蒼剣が、白い叫びを伴って顕現した。
「——『
一本の剣が赤黒い雷光と瘴気を宿し、瞬く間に肥大する。
無数の刺突に対して、一振り一閃。その刹那に、最大威力の剣戟が成されるだろう。
ゼロニアが腕を上げ、倫語が剣の柄を握り締める。
「「発動」」
タクトは振られ、龍の咆哮が響き渡る。
——軌跡と奇跡が、交錯する。
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