EPISODE19 遅咲きの共同戦線

「——そんなの、知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 瞬間的に提示された臆病な二択を、己への怒りで振り払った。


 氷の頂を蹴った彼女は、伸ばしていた右手の行く先を落ちた魔剣に変更し、再び手に取るや否や、切っ先を迫り来る巨大兵器の群れに向けた。


(状況が分からないし、色舞が心配だし、華芽梨さんにこの左手を伸ばして助け

たいし、そもそもあの訳の分からないロボット達を倒さないとこの危機的状況を打開出来ないし……!)


 刹那の間に頭の中を行き交う情報が凝縮され過ぎていて、下手をすればその場でショートを起こしかねない。


 それでも、この手を伸ばした以上は。この手で剣を握った以上は。


 ——やるしかない。


 やがて、左手は華芽梨の背を支え、右手に握る『スキップアウト』が切っ先を瞬かせる。

 苺は、腹の底から叫んだ。


「一閃——ッ!!」

 

 轟音散らして爆ぜた、閃光の波動。

 音速をも超える剣術の引き金が引かれた瞬間。

この時、苺は思った。『一閃』を成すと同時に、何もかもが置き去りになり、それは自分の意識や器すらも例外ではない。


 しかし、華芽梨を左手で支える現状、そうなるのはそれこそ命取りではないのか。

 瞬きよりも、心臓の鼓動よりも短い空白のトンネルをくぐって考える。だが、いざトンネルを抜けみると、目の前に広がっていたのは危惧した未来とは異なった結果だった。


 華芽梨の背中を支える、左手の中指に着けられた指輪から伝わる微かな衝撃。それを意識の中で僅かに感じつつ、苺は目の前の光景に目を奪われていた。


 彼女達に向かって大剣を振り下ろしていた巨大兵器の軍勢が、壊滅していたのだ。焼き切れた切断面を見せて、氷の地の上で鉄塊と化して。それを見た後、自身が握る魔剣の尖端に視線を移し、白光がけたましく残滓している様を目にした。


「『一閃』の反動が……激減してる……?」


 そして、変化はそれだけではなく。


「……あれ……あたし、一瞬気を失って……」


 やはり相当無理をしていたのだろう華芽梨も、刹那の暗転から目を覚ました。


「華芽梨さん、疲労困憊なら休んでいて下さい。その代わり、私が貴女を色舞ごと守りますので」


「はあ? そうしてあたしがあんたに守られなきゃ——」


 そう言いかけて、華芽梨は目の前に広がる巨大兵器の成れの果てを見て目を見開いた。

 一瞬だ。自分が意識を失ったのはほんの一瞬だった筈だ。その間に、兵器の群れは再び姿を現し、この夜桜苺という女はそれを瞬く間に一掃したのか。


「私も自分で驚いてます……けど、多分これは、この指輪のお蔭なんだと思います。剣術を発動させても、いい具合に威力が抑えられて反動も最小限でしたから」


「……自分の手柄に、しないんだね」


「え?」


「いや、だってさ。散々あたしにナメられた後に必殺技出して、こうしてあたしを驚かせたワケでしょ? だったらさ、なんかこう……『どうだこの野郎』とか、『え、これが私の真の実力ですが何か?』みたいな態度とってもいいと思うんだけど……」


 そう言われて、苺は思わず苦笑。そもそも、自己評価が極端に低い彼女は、何かを成しても別に要因に目を向けがちなのだ。この辺りが、剣を振るうえで意識の違いということなのだろう。

 しかし、苺はもう、華芽梨や色舞を『ただの天才』とは思っていない。


「私はまだ、貴女や色舞のように血が滲む程の努力をしてはいない……だから、もし『どうだこの野郎』って私が言う日が来たら、その時はまず、私の努力を誉めて下さい。多分、それが凡人である私にとっての、一番の褒め言葉だろうから……」


 遠くを見遣り、どこか達観しながらも前向きな表情で苺はそう言った。

 それを聞いて、華芽梨は唇に微笑みの曲線を描きながら瞠目。そして、何かしら毒づこうかと口を開いたその時。


「——ふにゃ……あれ、わたくし、今まで眠って……?」


 華芽梨の腕の中で、可愛らしい声を漏らして目を覚ました彼女を見て、苺は思わず抱き着いた。


「色舞……っ!」

「うぇぇっ!? 苺さん!? 一体どうしたのですか……っ!」


 業火よりも赤く顔を染め上げて困惑する彼女を見下ろして、華芽梨は「はんッ」と鼻で笑い、


「紅蓮のお姫様も随分とチョロくなったものねぇ~! 『フェニックス』より今のあんたの体温の方が、よっぽどアツアツだわ」


「げっ! 緋心華芽梨……何でわたくしが貴女に抱かれて……」


「それはね、私と色舞が意識を失っている間、彼女がロボットの軍勢から一人で守って戦ってくれていたからよ」


 今度は華芽梨が頬を赤らめる番だった


「ちょ、別に守っていたワケじゃあ——」


「まさか、貴女にこれを言う日が来るなんてね」


 色舞はふてぶてしい笑みを湛え、


「ありがとう……ございますわ」


 華芽梨が纏う朱はさらに濃く広がり、彼女は「う、うっさいわ!」と言い放ってそっぽを向く。

 それを見た苺は、優しく微笑むのだった。

 ともあれ、聞きたいことは山ほどあるものの、まずは『共通の敵』を倒すためにひとたび剣を振るうべきだ。


 色舞は華芽梨の腕の中から起き上がり、自分の身体を触って状態を確認する。


「あれだけ魔気を駆使していた筈なのに、『代償』を殆ど感じない……?」


「それは多分、苺チャンが着けてる指輪のお蔭だろうねぇ。得体の知れない魔気……というより、もっと別物のヤバい何かを発してるし」


「苺さん、その指輪は……」


 示されたそれに、色舞は無意識に手を近付けようとする。だがその寸前で、彼女の脳内に警鐘が鳴り響いた。

 次に生じたのは、記憶の中にある畏怖の情。つまりは、


「これ、糸義先生の『龍魔術』に使われている術式が組み込まれておりますわね」


 放課後、苺の剣術稽古の際に倫語が発動していた『龍魔術』。恐れをなしたそれが、今は色舞の容態を良くしてくれた。それどころか、『禁忌』に手を染めた代償すらも掻き消していたのだ。

 本来なら咎を受ける身であるが故に、複雑な表情を見せる色舞。それを見た華芽梨は彼女の心情を察したうえで言う。


「なにも禁忌を犯すことが必ずしも悪いってワケじゃないでしょ。……それに、あんたがそうした責任は、悪魔に魂を売って暴走してたあたしにあるんだし」


「……それだけではありませんわ。わたくしは、華芽梨と戦う時、自分のプライドや体裁を優先していましたの。そんな自分の薄情さに腹が立って……」


 唇を噛んで俯く彼女に対し、華芽梨は「うへぇ……」と少し面倒そうな顔をする。だが、苺は真摯な眼差しで色舞を見つめると、


「薄情なのは私もだったと思う。あの時、一瞬、以心伝心になれたから分かった……私も色舞も、お互いのことを大事に思いながらも、それをどこか自己満足の為の手段として考えていたんだと思う。だから——」


 そこで彼女は色舞の両手を両手で包み込み、言った。


「今この瞬間から、改めて、真の意味で友達になろうよ!」

「————」


 その文言を受け取って、色舞は目を見開いた。だって、今までなら、このように本性を曝け出し合ったり『真の意味で友達』などと言われたりすることは無かったのだ。

 彼女がこの街に来てから、本当に、新鮮で胸が弾む経験ばかりしている。そんなひと時を与えてくれるこの少女と、色舞もまた、真の意味で友達になりたいと願った。


「あ、華芽梨さんとも友達になれたらいいな」


「そのおまけみたいな言い方はなんですかぁ~!」


 毒づく華芽梨。しかし彼女もまた、友達になりたいと言われて、密かに胸を高鳴らせているのだろう。再び赤みを帯びた頬がそれを物語っていた。


「とりあえず、各自体調の方は問題無さそうですわね。であれば、今すぐにでも、わたくし達にとっての本当の敵とやらの詳細を把握しておきたいところ……」


 そこまで言いかけたところで、色舞が何かに気付いたように、紅梅色の瞳を細めて遠くを見遣る。

 目の前に広がる鋼鉄の塊の数々についての疑問が生じたのだろうと思ったが、目線は上の方に向いていた。


「あれは……」


 苺と華芽梨も釣られてそれを認める。

 豆粒程の光が、夜空を翔けていた。散らす粒子のようなものは、翡翠の煌めきを灯している。

 流れ星のようなそれ。だが、それにしては明らかに落下方向と速度がおかしく思えて、


「——って、まさかこっちに落ちてくるやつじゃ⁉」


 華芽梨が裏返った悲鳴を上げた時には既に、星は目前にまで迫っていた。

 

 そして。

 眼前で翡翠の光が一閃。凄まじい衝撃波を轟かせ、凍土にそれは降り立った。

 咄嗟の降臨劇に、三人は三者三様の反応を見せながら驚愕する。しかし、おびただしい噴煙が晴れると、落ちてきたそれが何なのか、はっきりと分かった。


 真っ先に反応を示したのは華芽梨だった。


「『ブースターコネクト』……っ!」


 彼女が憎悪に染まった瞳で睥睨するそれは、確かに、今さっきまで攻撃をしてきていた人型兵器に似ていた。

 剣が連なったような装甲は、漆黒に彩られると共に桜色のラインが施されている。


 背中には翡翠色に輝く大剣を従えており、兜のような頭部は深紅の双光を妖しく光らせてこちらを見ていた。

 苺も、冷や汗を浮かべると共に『スキップアウト』を構える。色舞は、理解が速く、彼女もまた『フェニックス』に炎を灯した。

 ところが、ノイズが走るような音が聞こえた途端、焦燥は輝優に終わる。


『——はいはい、慌てない慌てない。この御伽真文が来たからにはもう大丈夫! 「大詰め」もこれで超安心!』


 色っぽくも、どこか無邪気に弾けた声に、苺と色舞は驚嘆した。


「え、どうして御伽先生が!?」


「というか……え、先生はパイロットでいらしたの? いやその前に、その巨大兵器は一体……」


 続けて、華芽梨も苛立ち半分に眉を顰める。


「先生? そのクソ鉄屑亜種の乗り手、あんたらとこの先生なの? 一体どうなってるの……」


 再び見せる三者三様の反応。しかし、当のパイロットはそれを気にしてはおらず。


『ええと、説明しないといけないことは山々なんだけど——あ、苺ちゃん、その指輪、『剣術サポ補助器ーター』って言うんだけど、それはめた状態で『一閃』最大五回使えるようになったからよろしくっ!』


「え、そんな大事なこと、ここでサラリと言っちゃうんですか」


『んで、とりあえずいちいち説明してる時間も惜しいし、どうせあいつらもそんな気前は良くないだろうから——』


 途端、空中。

 無数の紫紺の光が爆ぜ、巨躯の輪郭を帯びて顕現した。


『こっちが全力で迎え撃たない限り、奴さんは少しずつ調子に乗っちゃうって訳っ!』


 そう言って、真文は翡翠の大剣を抜き、苺達を背に臨戦態勢をとる。


「これって、背中は任せたから貴女達も戦って的なことよね」


「これはまた、面倒な事態に巻き込まれましたわね」


「色舞との一騎打ちの筈が、そうしてこんなことに……」


 各々はそう言いつつも、己の魔剣を握り締めて兵器の群れを見据える。


 無理解に無理解が連なった現状。だからと言って、目の前に迫る危機を逃す必要も無く。


『さっ、行きましょうか。お祭り前夜、ちゃっかり世界を救いに』


 ピクニックに出かける直前のような掛け声と共に、今、再び激戦の幕が上がった。

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