EPISODE13 風間釼持という男、そして剣皇の一振り

 今宵、夜闇に紛れて様々な者達が蠢き出していた。

 

 ゼロニア=フォーツェルトといった『法エクストラ』は、行政を担う中枢機関である『摩天楼』を襲撃。彼の襲撃により、『ホムンクルス』は『摩天楼』深部の実験場である『学校』から解き放たれた。


『ホムンクルス』製造実験を秘密裏に行っていた『十刀』は解き放たれた彼らの攻撃によって崩壊。時を同じくして、『剣法・第三条十項』の改案を免罪符に、ゼロニアからリークされた深部での事実を受けて『レジスタンス』も始動した。


 一つの影が無数の影へと伝染して混沌を極める最中、特に著しく戦禍が渦巻いていたのは、あろうことか『剣星団』の本拠地である『剣宮城』の直下——エリア1『経済特区域』だった。


『マイナス』の徒党。それも、各々が『レーティング:γ』以上の実力者達である。


 尚、これも『エクストラ』の仕業なのだろうが、彼らがそれだけ剣術を撒き散らして被害を拡大させても、『シールド』は一向に被害状況を反映させない。


『スローンズ隊』隊長・風間釼持は、不明瞭なこの状況や募りに募った苛立ちを全て剣術に込めて、豪快に己の魔剣を振るった。


 黄金の柄を光らせる、切っ先が半楕円状である漆黒の大剣。その剣身に、碧雷の如く淡く光る線が複雑に刻まれると共に、風を司る厄災は顕現する。


「『テンペスト』ッ! 盛大に吹き狂えぇぇッ!!」


 巨大な風の球体。それが中空で雄叫びを上げた直後、風間を囲んでいた『マイナス』の群れは一斉に場外に吹き飛んで再起不能と化した。


 場外。そう、彼が立つのは五〇メートル四方にもなる広大な闘技場——もとい、『剣技場』。


 フィールドは辺りに数多く設置されており、夏に行われる『剣闘祭』や『剣星団』に入団する為の試験などにも使われている。


「チッ。これで済んだかよ、チンピラ共が」


 オールバックに三白眼を光らせた男は、周りに倒れる叛逆者の軍勢を睥睨して問いかける。

 多勢に無勢の逆の構図。果たしてどちらがチンピラなのか分からない程に、風間のレベルはその場で群がる術士たちとは桁違いだった。


「風間さん……パネエっす」


「まあ、あんだけキレッキレなのも無理ねえよ……なんたって、他の班や別動隊は明日のお祭りの為に皆多方に出払ってるからな。ここでヘマやらかせば全て隊長の責任になりかねねえよ」


「えっ、そ、そしたら……『剣皇』様の容赦無き刃が……」


「ああ、即首チョンパだろうな」


 そこに一陣の突風が吹いた。


「てめえらぁッ! 俺を勝手に殺すんじゃねえ!」


 風を意のままに操る剣士は地獄耳でもあるらしい。


「「す、すみませんッ‼」」


 もはや並みの『マイナス』より『マイナス』らしい三白眼が発する殺気に、部下二人はすぐさまひれ伏す。


 だが、顔を上げると同時、彼らは目にした。

 

「隊長! 後ろぉぉぉぉぉぉぉッ‼」


 巨大な岩石で出来た右手が、風間の頭上めがけて振り下ろされているところを。


「——ッ!」


 瞬間、風間は悟った。


 これは生半可な剣術で対抗できるものではない。ならば、直ちに限界を超えるしかない、と。


「『嵐爛爆散』‼」


 その決意が爆風と共に昇華する。

 嵐は竜巻のように細くなり、それが一本の巨大な剣の形となって岩石の手に突き刺さる。その直後、それは弾けた。


 耳朶を劈く轟音。

 部下達は咄嗟に耳を塞ぐと共に、大地の揺らぎを感じた。しかしそれは風間が放った剣術の影響をも超えるもので。


「……なんだ、あれは……」


 岩石の巨大手が砕け散る最中、風間と部下の目に映り込んだ光景は、まるで地獄絵図だった。


 倒れて地に伏していた『マイナス』達。彼らがゾンビのような呻き声を上げながらゆらゆらと立ち上がり、淡い白光を天から吸われているのだ。


 地獄絵図。風間がその光景をそう捉えたのは、二つの理由があった。


 一つ目は、目に映る光景そのものに対しての率直な感想。


 二つ目は、今起きている現象の『意味』を理解してしまったからだ。


 天に昇っている光。それは恐らく、魔剣術士なら誰しもが体内に秘めている『魔気』が可視化されたものだ。

 それが術士から離れて一点に集い、凝縮されているという現状。


 倫語から『影の戦争』の内情を聞き、魔術と錬金術が何であるものかを知り得た風間なら、次に何が起こるか容易に想像出来た。


「お前らぁ! 避け——」


 途端。

 火山噴火の如く大地が爆ぜ上がり、辺り一面を黒く染め上げる程の大爆発が起きた。


 風間の身体は電気信号が神経に直接送られているかのように、反射的に、迅速に動いていた。


 『テンペスト』の剣身の上に乗り、放った突風を利用して部下たちのもとに飛び、彼らを両脇に抱えて即時撤退——ここまでの道のりは良かった。 


 だが、背後で蠢く噴煙の竜と踊り狂う大地が彼らを容易く逃すことは無く。


 風間が丁度飛行していた地点の直下からアスファルトの弾丸が炸裂し、波動と火柱が相まって彼ら三人を宙高くに吹き飛ばした。


「ぐ……は、ぁ……ッ⁉」


 付近に聳え立つ高層ビルよりも高い高度。傍らを舞う部下二人は意識を失っており、風間に残された体力と魔気は、尽きる寸前であった。


 そんな中、彼はさらなる絶望を目の当たりにする。


「……神話の、始まりかぁ……?」


 呆れたようにそう呟いた風間が三白眼に捉えていたのは、『人型の巨大生物』が多数出現する様だった。


 先程の岩で出来た巨大な手はあれのほんの一部にしか過ぎなかったらしい。

 『大規模術式』発動の恐れ。倫語が危惧していたものだ。まだそれに該当はしていないが、魔気の集結と爆発を伴う人型巨大生物の出現——風間の記憶が正しければ、あれは『影の戦争』時に錬金術師が扱っていた『錬成ゴー生物レム』と呼ばれるものらしい。


 大勢の人間の体力、気力、そして魔気を糧として生み出される破壊兵器。ただ通常、吸い取って集約させるだけならば、それは錬成とは言わない。

 

 あれだ。あの二つの巨大な『錬成陣』があって初めて破壊兵器は形を成すのだ。

 

『クリエイト』と『アジャスト』。


 それぞれ青と白の光を発して地に組み込まれているあれが、さらにおぞましく強大な災厄を引き起こすのだろう。


「ゼロ、ニア……ッ!」


 風間は血が出る程に唇を噛んで悔やんでいた。もっともっと、先を読んで動けていた筈だ。


 倫語に勝手に期待をしておきながら、自分はこのざまだ。部下を危険に晒し、自分までもが成すすべなく宙を舞っている。


『ゴーレム』は次々と顕現し、今すぐにでも直近のオフィス街やその先の住宅街へと闊歩し始めるだろう。


 その前に、奴らが大勢の命を踏み躙る前に、この身を賭してでも限界を超えた剣術を放つ。


 風間は、すぐに動いた。


「俺を……風吹かすことしか出来ない野郎だと思ったら大間違いだぞッ!」


 手に握る魔剣の切っ先を『ゴーレム』の軍勢に向け、それを放った。


「『カマイタチ』——ッ!」


 目に見える程の高密度な旋風が、無数の巨大な刃となって巨兵達の装甲を削ぎ落していく。


「まだだ! 『竜巻斬り』ッ‼」


『テンペスト』の剣身が派手に光を帯びた。直後、高密度の風は刃と雷を纏い、竜巻にも似た長大な剣と化す。


 風間は精一杯に身を捻り、それを振るった。

 横一線に迸った斬撃。けたましく荒れ狂う嵐は、『ゴーレム』の群れを薙ぎ払い、跡形も無く消し去っていった。


 その行く末を見遣った後で、風間は自分が握り締める魔剣に視線を移す。

 もう、今度こそ本当に、魔気も体力もガス欠だ。もう、今のような大技はおろか、そよ風一つ吹かせるだけの余力すら残ってはいないだろう。


 ——そんな状況を嘲笑うが如く、『ゴーレム』の軍勢は再び顕現する。


 あの二つの術式錬成陣を何とかしなければ、近くに『マイナス』や他の術士が居る限り、永遠に災厄を生み続けるのだろう。


「『テンペスト』……お前はそいつらを運んでお城へ戻れ。俺ぁこのまま、ありったけの魔気使って何とかするからよぉ」


 その要求に、魔剣は魔気を介して訴えかけてくる。


『本当にそれでいいのか』『その決断は本当にお前が望むものなのか』と。


「馬鹿が……人を守る為にお前を振るうと決めた時点で、大義は成されてんだよ。だから、今更望むもクソもねぇ。正義に狂った馬鹿が散る場面としては、この瞬間がベストだろ」


 半ば己の命を諦めているような言い方に、魔剣は動揺を隠せない。だが、逡巡している時間などどこにも無い。

 野生の獣は追い込まれた時に全てを擲って敵を穿つ。風間も同じように、魔剣術士の禁忌にして最大の一手を切ろうとしていた。


 魔剣も主の覚悟を受け、その要求を呑む。これが最後の命令。これが最期の別れ。

 暴風が荒れ狂う中、『テンペスト』は文字通り風を斬って風間の部下たちのもとへ加速しようとした。


 その時。


「……あ、れは……」


 天より浮かぶ城から一閃。流れ星が大地に向かって降っていった。

 

 そして一拍挟んで大地が嬌声を上げた。

『剣宮城』直下。巨大な影の中心に、先刻の爆発によって出来た火の渦や溶岩の海すら意に介さず、その女は居た。


 風間が彼女の姿を捉えた瞬間、瞬きよりも速く、身体が勝手に移動していた。テレポートにも等しい瞬間移動。その事実に数秒立って気が付けば、気を失っていた筈の部下と共に女の背後に立っていた。


 風間が負っていた傷も、すっかり癒えている。それどころか、傷や剣術の莫大な負荷を追っていたという事実すら現実味を帯びない程に身体は健康そのものに戻っていて。


 次に地面を見渡せば、地獄と呼ぶに相応しかった大地が花々咲き誇る草原へと変貌していたのだ。

 度重なる無理解に理解が追い付かない。しかし、ただ一つ、これだけは理解出来た。


「——やはり、余が折角地を踏むのだから、花は必須よなぁ」


 艶やかな黒髪を靡かせ、金色の刺繍が施された漆黒の柄を握る、白百合を飾った着物を纏う絶世の美女。

 風間達に半ばだけ向けられた紫紺の瞳には、些細ながらも愉悦の色が込められていた。

 

 ——『剣皇』の降臨。


 その事実が、絶対なる勝利をこの場に齎した。


「おい風間」


『剣皇』は前を向き、


「余の一太刀はどうであったか。やはり腕のなまりが抜けなくてな……何を血迷ったのか、あのデカブツ共を斬り刻む前に、取るに足りん貴様らを先に斬ってしまった」


 その一言で、風間はたった今自分の身に起きた出来事全てを完全に理解した。


 『剣皇』は、のだ。

 風間や部下達が身体に負った傷などの負の要素から、大地を侵していた煉獄の如き災いまで、全てを。 


 その証拠に、掌を見たり顔を見合わせたりすれば、傷を負っていた部分に淡い光の線が走っていることに気付く。


 そしてただ目に見える事象のみに留まらず、恐らく、その一太刀は『空間』すらも斬って風間達を傍に引き寄せたのだ。


 堪えようが無い感嘆。溢れんばかりの敬愛。言葉にせずにはいられなかった。


「あ、有難き——」

「喋るな、斬るぞ」


 言葉で斬られた風間。だが、彼の意識は、目は、『剣皇』の行く末に注がれていた。

 緩やかな所作。


 しかし周囲の時間は止まり、世界そのものが沈黙しているかのような錯覚に陥る。

 眼前では、大同小異、生まれ続けてはこちらへ向かって歩を進め、その巨大な掌に刻まれた錬成陣を光らせて破壊の限りを尽くそうとしている『ゴーレム』の軍勢。


 そこへ向けられた刃は、音を立てずに切っ先を光らせた。


「——『無限一太刀』」


 剣の王は魔剣を鞘ごと水平に掲げ、ただ刀身の一部を微かに鞘から抜いて魅せた。

たったそれだけの所作。たったそれだけの詠唱が引き金となる。


 始めに、世界が真っ白に染まった。

 見渡す限りが白銀のカーテンに覆われ、それはまるで広大な雪原に訪れたようで。


 しかし、それは雪景色では無く、もっと別の何かだと気付く。その手掛かりとなったのが、微かに頬を撫でるそよ風だ。


 心地の良い風。そこに得も言われぬ高揚感が胸底から湧き上がり、木漏れ日の差す木の下で、昼下がりの麗らかな時を過ごしている情景を思わせた。


 楽園。

 今、自分は、天にも昇る気持ちで美しき楽園に身を委ねている。そんな気分にさせられる。

 錯綜する邪念を全て拭い取ってくれるよう

な、神々しく心を奪われる体験。


 それは、まさに天国。

 それは、まさに夢幻。

 それは、まさに世界そのもの。


「——まったくつまらぬ男よ。これしきの術に陶酔してしまうなどな」


 ハッ、と。我に返る。


「俺は……一体何を……」

 

 一体何を魅せられていたのだろう。夢から醒めた後のように、意識は朧に靄がかかっており、身体からは幾分か力が抜けていた。


「まあどうでもよい。余の仕事はこれで済んだ。後始末は貴様達で何とかせい」


 そう言って風間達の横を通り過ぎると、『剣皇』は右手を天に掲げて指を鳴らした。


「詞葉、雫」


 側近の名を呼び、忍者のさながらの恰好で即座に現れた彼女達に頷くと、


「余は疲れた。運んでくれんか」


 と、風間相手のような有無を言わさない命令では無く、どこか優しさと甘さを孕んだ声音でそう言った。


「「御意」」


 側近はすぐさまクナイのような小型の剣を取り出すと、地に刺して煙幕を張った。


「ごほッ! ごほッ! ……たく、何だ今のは。見た目通り、本当に忍者なんじゃないのか……?」


「……っていうか、マジでパないすね。『剣皇』様」


「ああ。なんていうか、うん。俺達が居合わせていい次元ではなかったな」


 全てを理解していた風間の横で、部下二名は頬を引き攣らせていた。

 風間はそんな二人の背中を勢いよく叩くと、


「おら! シャキッとしろや! 俺達にはまだ見回りっていう仕事が残っているんだからな」


 魔剣を担いで悠然と歩き出す。彼の切り替えの速さに部下達は舌を巻きつつ、大きく返事をして後を追っていくのだった。


(倫語……お前はここまで読んでいたのか?)


 恐らく、ゼロニアが描いたシナリオとしては、『剣舞祭』前夜で手薄となる『経済特区域』を大勢の『マイナス』に襲撃させ、自分の目的を少しでも達成しやすくしようとしていたのだろう。


 それに加え、『剣皇』が降りてくればいよいよ邪魔者が入らないメドが立つ。

 だが、倫語はその状況まで先読みし、風間と彼が信頼する者達でしかゼロニアの存在を把握出来ていない状況を作った。


 それは、混乱した多数の人間に勝手に動かれて状況をさらに混乱させない為であり、『剣皇』が発動する『無限一太刀』で味方に被害者を出さない為。唯一彼女と対峙して命が続いている人物であることから、その想定は十分に可能だろう。


「まったく、俺もまだまだ未熟だな」


 気遣っていた友に逆に気遣われ、挙句の果てに、直属の王の手を煩わせてしまう始末。

 本人達はきっと、笑うか嗤うかどちらかのレスポンスをとるだろう。しかし、風間の根は馬鹿が付くぐらい真面目で、正義感溢れる熱血男児なのだ。


 生半可な性根は自分自身が赦さないタチ。

 当然、心がけることは一つであった。


「精進するのみ! さらに高く! さらに強く! それこそ俺が歩むべき道のり!」


 風間釼持、二十五歳。

 彼はまだ、羽化したに過ぎない——。


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