EPISODE11 魔剣搭載型機動兵器〈ブースター・コネクト〉

 その時。


「ごめんね、倫語君。やっぱり私……君と共には行けないよ」


 エリア7・蓮暁女学園内にある、教員専用住宅。その一室——糸義倫語の部屋で、彼はブランデーをグラスから零したまま昏睡していた。


 その様子を見下ろしているのは、黒いライダースジャケットに着替えていた御伽真文だ。


 壁一面に張られた百合アニメのポスターと、棚一面に並んだ漫画の表紙やフィギュア達が、二人を静かに見守っていた。


 真文は、腰に魔剣を鞘ごと着け、「バイバイ」と言い残して部屋を後にする。

 そして、翡翠に彩られたバイクに跨り、エンジンをかけた。


 その瞬間。


「——『龍魔術』にはいろんな術式があるってこと、君なら十分に知ってたでしょ」


 普通なら聞こえる筈の無い声と足音が、真文を僅かながらに動揺させた。


「例えば、そう。『成分を分解したり変換出来たりする術式』とか、ね」


 彼は当たり前のようにバイクの後ろに乗る。

 真文は「何で……」と呟く。


「どうせ君のことだから、エリア11と『摩天楼』で起こっている事変は自分が蒔いてしまった種だから——なんて言って、一人で飛び出すつもりだったんだろう?」


 心を見透かさたかのような、鋭い見識——いや、『掌握術式:龍の慧眼』によるものだろう。


 魔術師は魔術で始まり魔術で終わる。彼がよく言っていたことだ。

 真文は結んだ唇を柔らかく解き、


「ほんっとに、君には敵わないなぁ……」


 と、肩を落として苦笑する。


「当り前だ。なんたって、場数を始めとした人生のキャリアの桁が違うんだ。そしてその事実は僕の誇りであり、君がまだまだ成長途中である証でもある」


 先生の顔をしてそう言った彼に、真文は意地悪な顔をして、「ふふっ、カウンセラーっぽいことを言うのね」とからかった。


「カウンセラーだ」彼は薄い唇を尖らせて返した。

 やがて沈黙の帳が落ち、バイクのエンジンが静かに唸る。


「どうせ、ついてくるんでしょ?」


「ああ。君が蒔いた種が何なのかは詳しく知らない。けれど、友として、同僚として……その清算に同行するくらいの甲斐性は見せなくてはね」


 そう答えると、倫語は真文の腹に腕を回して捕まる。


「もう、デートじゃないのよ?」


「ははっ、君と一緒ならどこへ行くにもデートのつもりさ」


 真文は頬に朱が登っていることを癪に思いつつ、諦めたかのように走り出し、滔々と語っていく。


 肌を撫でる生暖かい夜風は、不快な胸騒ぎ沈めるには心地良かった。


「私は五年前、学会で魔剣と術士が秘めた新たな可能性についての理論を開示した……それが『搭載術士ンクルス』」


「『ホムンクルス』……? でもそれは、すぐに廃止された実験だったって……」


「それは表向きの話よ。この非人道的とまで言われる魔の実験を秘密裏に行っていたのが、恐らく『摩天楼』深部に居座る、行政においてのトップ——『十刀』。そして恐らく、彼らが襲撃されたのは、『ホムンクルス』に関する情報を掴んだ者が裁きを下そうと動いた結果よ。襲撃者に関しては、多分君も既に知っているでしょう?」


「そうだね……たった今、風間君から『シールド』に連絡が入った。あの『剣皇』が動くらしい……。いよいよ僕の悪い勘が当たってしまったかな」


「その悪い勘に関してなのだけれど……」


「うん?」


 真文は右手首に着けてある『シールド』の画面を後ろの倫語に見せた。


 画面には、赤い文字でこう書かれていた。


 ——『レジスタンス』による反抗宣言。


 倫語は眉間に皺を寄せて言及する。


「『剣法・第三条十項』に対する不満と、それを逆手に取って非人道的な実験を行っていた政府(民間においての『摩天楼』の通称)、及びそれを野放しにしていた『剣星団』に対し、『叛逆術士マイナス』となることと引き換えに、犯行運動を行う……」


 要は、武力蜂起。そしてこれは紛れも無く、宣戦布告。


 状況と動く者達が錯綜しているが、倫語の意識は常に一人の男へ向けられていた。


「これ、ゼロニアって男の仕業よね?」


「紛れも無く、奴だ。いくら徒党を名乗るとはいえ、いち外部の人間が『摩天楼』……ましてやその深部に潜む『十刀』の実情を把握できる筈が無い。だが、『剣法』をすり抜けられるゼロニアなら、侵入ぐらい造作も無いことだろう。あとは不満を持っていた連中に得た情報をリークすれば、騒乱は簡単に起こせるってわけだ」


「となると、この混乱に乗じて、君が言ってた『大規模術式』を発動させる邪魔者を失くすことが、そいつの目的って可能性が高いわね」


「ああ、間違いない」


 だとすれば、あとは時間の問題だ。

 『剣星団』はあっという間に『ホムンクルス』や『レジスタンス』を捉えて無力化するだろう。そうともなれば、倫語はすぐさまゼロニアのもとに飛んでいき、早々に決着をつけるべきである。


 だが、倫語のような『圧倒的強さを持つ

「個」』についての対策を講じていない程、連中——そしてゼロニア=フォーツェルトは馬鹿では無く。


 途端に大地を揺るがした激震、そして夜闇を斬り裂いた紫紺の光が、彼らの底知れない力を物語っていた。


「案外早いわね」


「なるほど、あれが君の蒔いた種が息吹いた花の正体ってわけか」


 けたましく残滓する柴光。直後、超常は起こる。

 

 二人が見上げているのは、突如として辺りを影で覆った、『巨大な人影』だ。


 それは次々と数を増やしていき、あっという間にビル群を埋め尽くしていく。

「——『搭載型スター機動コネ兵器クト』。あれが、私が蒔いてしまったもう一つの種よ」


 灰一色に彩られ、無数の剣でも繋ぎ合わせたかのような、人体を模した複雑な造り。

 それが全長二〇メートル程の巨躯を以て複数で列を成し、真文と倫語が乗るバイクの行く先を封じた。


 それに伴い、通信回線を通して男の声が響いた。


『私達は「レジスタンス」。先程宣言した通り、革命を行う使徒である。乙木真文、そして糸義倫語。君達には、私達と共に『剣宮城』まで——』


「——革命家のセリフとしては、随分とイマイチな内容だね。これじゃあ、民衆は君達を支持するどころか、演説途中で飽きて居眠りしちゃうよ」


 おちゃらけた様子で口を挟んだ倫語は、座席から飛び降りると兵器を見上げ、低い声で続けた。


「革命という言葉を免罪符に、自分達が政権を乗っ取って悪を正当化しようとする魂胆なら……既に僕の『眼』はそれを見抜いているよ」


 直後、『ブースターコネクト』が揺れ、かかしのように動かなくなってゆっくりと音を立てて倒れていった。


 機体が倒れると共に轟音が響き渡り、街を衝撃波が撫でる。


 影が消えて映るのは、静かながらも獰猛に唸る赤黒い雷光。突き出された倫語の右腕が纏う『龍の怒り』は、ものの一瞬で巨大な兵器を再起不能にしたのだ。


『貴様! 勝手な行動は慎め! さもなくば』

「さもなくば、何?」


 両腕を広げると同時に、今しがたと比べて桁違いの規模で放たれた雷撃が周囲へ波紋。

 やがて、ゆっくりと、兵器達はドミノ倒しのようにして倒れていく。


 正義を騙った連中は、いとも簡単に鉄くずと化していった。だが、倫語の胸騒ぎは何故かなりを潜めることは無かった。


 ここは街の中。当然、まだ外を出歩いていた人やビルの中に居る会社員も居る。

 好奇心に駆られて続々と戦場に近付いてくる野次馬達。


 そして邪な灯火もまだ消えてはおらず。


『再度警告だ、魔術師。勝手な行動は慎んだ方が良い。我々が政権を手にした後で英雄気取りに犯罪者などと罵られたら癪だろう』


 鉄くずと化した筈の『ブースターコネクト』。その残骸から、声が聞こえるのだ。

 ただの兵器としてならばあり得ない状況。しかし、真文は推測していた。


 この『デモンストレーション』。本命は別のどこかではないか、と。


「機械は壊しても機能が死ぬことは無い……か。いや、それ以前に君達、その兵器の中に居ないでしょ」


『ご名答。だからこそ……こうして好き勝手やれるというもの!』


 突然の、霧散。

 数体の『ブースターコネクト』は紫紺の光を発し、跡形も無く霧状に溶けて消えていったのだ。

 そして。


「——ッ!」


 真文が上げた短い悲鳴。

 倫語はすかさず背後を振り向いて、その光景を目にした。


「なにを……している……」


 真文が、新たに現れた兵器によって掴み上げられていた。


 それだけでは無く、盛大に発現した紫紺の光は、再び兵器の群れを成して、今度は身体を掴まれている真文を中心に包囲網を作っていた。


 一瞬。倫語が『龍の慧眼』で捉えていた反応があった。それが兵器を再び顕現させた何かの正体だとするのならば、敵はあまりに倫語を熟知し過ぎている。


「そいつを今すぐ離せッ!」


 激昂する。まるで、御伽真文が人質とでも言わんばかりの陣形。脳裏に共在する冷静な意識が、これ以上敵へ踏み込むことにはリスクがあるとの判断を下して足枷を付ける。


 その葛藤の最中、真文の脳内は驚く程にクリアだった。


 だって、そもそも、彼女は


「あっはっはっ! 君達、もしかして私のことを『実験しか出来ないただの色っぽいお姉さん』とかって勘違いしてなぁい?」


 静寂に木霊する真文の愉快な声。対し、兵

器の声の者は沈黙で応じた。


 彼女の言葉の意味を理解出来たのは、倫語のみだった。


「少し予定外だけれど……予想外ではないかな」


 小さくそう呟いた直後、真文は腰に着けている魔剣の柄に手を伸ばしていた。


『貴様、何を——』

 

 真文の指先が柄に触れた瞬間、雫が滴り落ちるような音が耳朶に響いた。


 その音を聞いた倫語には、何も起こらなかった。

 ただ、彼以外の、音を聞いた者達は。


「——『静剣・レクイエム』……。子守歌はこれで十分よ」


 目の端で捉えた、波紋して消えた翡翠色の魔法陣。それが恐らく、『龍魔術』を発動していた倫語以外に適用され、『ブースターコネクト』や野次馬の群れが皆、眠りについたのだろう。

 だが。


『ま……だ、だ。まだ……不完全……』


 真文を掴んでいた兵器は、まだかろうじて動けていた。声の調子から、遠隔操作している術士本人と同じ状態なのだろう。


 天才魔剣学者は、その悪足掻きを嘲笑う。


「あら、そう。ならば、『完全』というものを見せてあげるわ」


 刹那、一陣の風が吹いた。

 何かが起きる。そんな予感をさせる、痛く煩い程の静寂。


 間も無く、予感は形を帯びて実現した。

 静かに鞘から抜かれた『レクイエム』。エメラルドの如く煌めく刀身は、翡翠の閃光を発し、天を穿った。


トランス


 光が、一点に収束してゆく。

 渦を炸裂させ、厄災の起点となる。


 やがて、宙を舞う真文を翡翠の光が包み込んでいく。まるで女神の抱擁が齎されたかのような、神々しい情景。


 筆舌に尽くし難い神秘。

 その顕現が今、成される。


『……「ブースターコネクト・№001」——』


 背中に巨大な翡翠の大剣を従え、漆黒の機体に桜色のラインが施された、無数の剣を繋ぎ合わせた人型兵器。


『——「シリウス」、起動する』


 途端、エメラルドグリーンに猛る閃光が、灰色の兵器を八つ裂きにした。


 実像と同レベルの残像をその場に作っていた『シリウス』は、肉眼では豆粒サイズでしか確認出来ない距離まで羽ばたいていた。


「あれが切り札……か」


 倫語は呆然としていた。だが同時に、頭の中は凪が訪れたように沈黙し、彩色が成されたかのように鮮明となっていた。


(……メッセージは受け取ったよ)


 結局、彼女は自分が蒔いた種が息吹かないように、それを摘みに行った。ならば、残された倫語が成すべきことはただ一つ。


「ゼロニアのところへ——」


 その時、『龍の慧眼』が張り巡らせたテリトリーに複数の反応があった。肌を掻き毟り、臓腑を直接撫でられるような、得体の知れない不快と恐怖。


『シールド』に反応は無い。その者達も『エクストラ』なのだろうか。

 そう、疑問に思って術士の姿を捉えた瞬間。


「——なんて、ことだ……」


 倫語は、全てを理解した。理解、してしまった。


 広々とした道路を歩いてこちらへ近づく十三の影。その誰もが十五歳前後の少年少女で、服装もごく普通の学生服姿である。


 ただ、彼らが内から発するものが、異常過ぎるのだ。

 結論が出ているその正体を、しかし倫語は問いかける。


「君達は、一体……なんなんだい……?」


 彼らは一斉に歩みを止め、真ん中に立つ少年が口を開く。


「『ホムンクルス』だよ、お兄さん。……あ、でも『学校』ではこう呼ばれてた」


 少年は、瞳に何の感情を灯すこと無く、あくなで無機質に、淡々とその言葉を紡いだ。


「出来損ないの玩具たち……ってね」


「————」


 倫語は目を見開いたまま、立ち尽くすことしか出来なかった。少年が言った言葉。

 何と比較しての『出来損ない』であるのかが、彼らが内側から発する禍々しいまでの混沌めいた『気』を感じ、目で捉えて、はっきりと分かってしまったから。


「ねえ、魔術師のお兄さん。私達と手合わせしてよ。そうしたら、きっと、証明できるから」


 隣に立つ少女がそう言った。


「あの錬金術師のお兄さんのところへ行こうとしてるんでしょ? だったら尚更、あの人を知る僕達を倒して居場所を知りたいでしょ?」


 少年が言った。


 ——だからさ、戦ってよ。


 今度は皆で口を揃えて。


「よくも、こんな……酷いことを……」


 彼らが発する気は、魔剣が放つ魔気ではなく、『魔術』を駆使する者——つまりは、倫語が普段から発しているものと同じものだ。


 しかし、その器。

 彼らが魔術を内包している身体は。


「——『鞘』。学校で、よく先生たちが例えていたものだよ。僕達の思念は、細胞レベルに分解された魔剣が搭載された、この人工的な器に収まっているんだ」


「だからこその、『ホムンクルス』」


「記憶は最低限、生活に支障が無く、魔術を駆使する為に必要なデータしか与えられていない」


「糸義倫語。貴方のような魔術師になれと、私達は日々訓練を重ねてきた」


「世間でいうなれば、それは拷問に等しく」


「でも、ぼくたちは耐えて、耐えて、耐え続けてきた」


「だって、学校に入る前の泥水を啜って生きるような毎日は嫌じゃない?」


「ここに居る皆、少し前までは『レーティング:ε《イプシロン》』。五段階中の最低評価。最弱者の烙印を押されていた」


「この世界でまともに剣を振れない者は、死んだも同義」


「未練が無く、絶望に明け暮れた毎日。そこに希望の手を指し伸ばされたら、後はそれを信じて従うしか無いよね」


「先生達は、魔剣で斬れない貴方を私達で倒して、貴方の記憶にある『魔典』の中身を知りたいって言ってた」


「だから、俺達は今ここで、あんたを倒すよ。授けられた力を駆使して」


「先生達には全力で殺すっていう恩を返した。羽化は済んだ……後は」


 十三人。各々が無機質に話し終わると、右手の爪を光らせて、首に当てた。

 そして。


「やめろッ‼」


 倫語の叫びは虚しく、少年少女は一斉に、己の首を掻き切った。

 そうして訪れた変貌は。


術式トラ解放ンス


 白雪の如く白髪が靡き、全てを達観するように虚ろだった瞳には夕焼け色が灯っていて。


 一人ひとりが右腕から発する雷光は、赤黒く怒り狂っていた。


 ——まるで、糸義倫語をそのまま再現したかのような姿。


 目の前で行われたことは、『十刀』の連中が企んでいた計画を見事に実現していたのだった。


「……っ」


 自分という異分子がこの世界に居座っていたせいで、罪無き子供たちの身体が邪な者達によって弄ばれ、模造品として、都合の良い剣として振るわれる選択を選ばせてしまった。


 倫語の胸中は、そういった罪悪の情にも似た激情と、堪えようもない憤怒に侵されていた。


「いくよ、お兄さん」


 十三人の『ホムンクルス』が一斉に動き出す。


(ターチス、僕は……)


 倫語は、静かに息を吐いて、決意と共に言の葉を紡いだ。


「『禁忌術式』……」


 まともに交戦しては彼らを傷つけてしまう。人として、敬愛する恩師によって作られた魔術師として、何より蓮暁女学園のスクールカウンセラーとして。


 そのようなことは絶対にあってはならない。

 ならば。


「——『クラウン』」


 魔術を以て魔術のみを滅する唯一の方法。それで彼らを救うのだ。


 今、この瞬間。


 禁忌の扉を開いた魔術師と、贋作の少年少女達による悲劇の交錯が始まった。

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