俺の女装コス好きが安比奈にバレた事から始まる物語

佐久間零式改

俺の女装コス好きが安比奈にバレた事から始まる物語




 今度のイベントで着るためのコスプレ衣装に使う素材を選びに選び抜いて、意気揚々とレジに向かっていた俺は、レジに立っている女を見て、


「げぇ……」


 思わずそんな声を上げるなり、レジ前から慌ててUターンをして、これでもかと布など衣装作りに必要な素材が置かれている店内に戻っていった。


 これであの女性キャラの衣装が作れると興奮気味だった俺の気持ちは一気に落ち込み、焦燥にも近い気持ちが占めるようになっていた。


 どうして、あいつがレジにいる?


 俺の高校の同級生で、名前は、久弥安比奈(ひさや あいな)。


 結構な綺麗なんだけど、性格がキツくて有名な事もあり、お付き合いをしたいから近づきたいのだけど、近づけないといった雰囲気もあったりする。


 俺は多少の交流があったりするのでそこまで邪険にされる事はない。


 けれども、俺が女装コスプレを趣味としている事は高校では秘密にしているから知られる訳にはいかない。


 そんな事が知れ渡ってしまっては、俺は高校生活を送れなくなるんじゃないかとの危惧がある。


 イベントに出る時は、本名の伊野竜也いの たつやという名前を全く出さないようにしているから知られることはないようにしている。


「……くぅ。どうすべきか?」


 そもそもなんでその久弥安比奈がこのお店のレジをしている?


 通っている高校から七つも駅が離れた場所にある、生地素材を売っている手芸用品店『HM手芸店』で何故久弥安比奈が働いている?


 ちょっと待て。


 あいつが久弥安比奈とは限らない。


 他人のそら似の可能性もある。


 俺はUターンをして、レジへと近づく。


 もちろん、あいつが安比奈本人であるのか確かめるためだ。


「……がっ?!」


 が、盛大にしくじった。


 レジに立っていて店内を見守っていた安比奈と目がばっちりあってしまったのだ。


 安比奈は不審そうな顔を一瞬するも、すぐににっこり微笑みかけてくる。


「よ、よお……」


 さすがにレジ前からきびすを返すなんてする訳にもいかず、俺は意を決してレジの前まで行った。


竜也たつや、どうしたの?」


「生地を買いにね」


「ふ~ん」


 レジ前に買う予定の素材を置くと、安比奈は品定めするような視線を送ってから、おもむろに俺と向き合った。


「意外ね。竜也が手芸なんてするんだ」


 安比奈は俺の目を見つめたまま、慣れた手つきでレジ打ちをする。


「うん? 意外か? 男が手芸するとか」


 さすがにコスプレの衣装のための材料とは気づかれまい。


 いや、気づかれないように巧妙に嘘を吐けば大丈夫か。


「そういうお客様はよくいるから意外には思わないわよ。ただ……」


 安比奈の目が笑った。


 俺は嫌な予感がしたが、それは顔に出さないようにする。


「コスプレの衣装の素材よね、これ? 竜也って、コスプレしているの?」


 その一言で俺は硬直した。


 どうして、このチョイスからコスプレの衣装だと推測した?


 何故だ?


 俺は分かりやすいものを買ったのか?


「このお店、コスプレの衣装を作製しているお客さんが何気に多いよね。で、傾向として似たような生地を買っていくことがあるのよ」


「……そ、そうか」


 そこで俺が何をしようとしているのか推理したって事なのか?


 恐ろしいな……。


「この生地の組み合わせ、選ぶ人って何気に多いのよね」


「さいですか……」


 俺はこうすべきだという切り返しが全くできず、そう口にするしかできなかった。


 安比奈はレジから身体を多少乗り出して、俺の目を間近でのぞき込むようにして見てきて、


「この衣装、女性キャラのよね?」


 小悪魔のような笑みを浮かべるなり、俺にだけ聞こえるような声でそう囁いた。


「図星? 図星よね?」


 図星をつかれて言葉を失っている俺にダメ押しをしてくる。


「女性キャラの衣装を作るんだ。で、誰が着るの? もしかして、竜也が?」


 小悪魔ではなく、悪魔のように微笑みながら安比奈が言う。


 俺はもう何も言えない。


 反論する言葉が見つからない。


「竜也って女装の趣味があったんだ」


 俺の反応を楽しむように言葉に抑揚をつけていた。


「……わ、悪いか」


 俺ができた反発はこの程度だった。


「開き直るのね」


「そんな趣味で悪いか」


「悪いなんて言ってないわよ。そういう趣味があるんだって意外に思っただけよ」


 安比奈に悪びれた様子はない。


「会計をしてくれ。お客が他にいるだろうし」


 もうこの会話は終わりだと言いたげにそう催促するも、


「お客? 今並んでいるのは竜也だけよ。ゆっくりと話せるわよ。それとも、私と会話するのが嫌とか?」


 今度は不服そうな表情をしながら、俺の顔をのぞき込んでくる。


「嫌って訳じゃない」


 安比奈の視線から逃れるようにして振り返ってみると、確かに俺の後ろには誰も並んではいない。


 安比奈が俺と会話を続けていたとしても何ら問題はないという事か。


「会話再開ね。で、女装が趣味なの? それとも女装コスプレが趣味なの? どっちなの?」


「……それは……」


 俺は言葉に詰まる。


 さっき女装が趣味ではなく、コスプレの衣装を作るのが趣味と言っておくべきだったか。


 そうすれば、こんな展開を回避できたんじゃないか。


 俺のバカアアアアアアアア!!


「コスプレが趣味だ。女性キャラのコスプレをするのが好きなだけだ」


 こう言うしかない。


 変に逃げると余計な追求を受けそうだし。


「女性キャラの……ね」


 安比奈が興味津々といった目になって、さらに身を乗り出して、さらに顔を近づけてくる。


「で、下着はどうしているの?」


「……は?」


 言葉の意味が分からず、俺は狼狽したような変な返事をしてしまった。


「下着よ、下着。まさか、女物の下着をそのまましている訳じゃないでしょ?」


「……まあ、その通りそのままは着ていない」


 男が女性物の下着を着てしまっては事故案件になりかねない。


 そこは創意工夫している。


「何かイベントに出ているの? それとも、ただの趣味でしているだけ?」


 どうして安比奈は根掘り葉掘り訊いてくるのか。


 理解に苦しむ。


 下手に嘘を吐くのは、安比奈の逆鱗に触れそうなので、ここは正直に答えるべきか。


「イベントだ。今度のイベントに出ようかと思っている」


「女装コスプレで?」


「ああ、その通りだ」


「見に行ってもいい?」


「はっ?!」


 これっぽっちも想定していなかった事を言われて、俺は思いのほか慌てふためいた。


「私が竜也の女装コスを見に行ってもいいかって訊いているの? いいわよね? 公然のイベントだし、拒否しようとしても拒否なんてできないわよね?」


「はっ?! はいっ?!」


 俺は反論さえできずに言葉にならない声をあげるくらいしかできない。


 なんでこんな展開になる?!


 どうして、俺の女装コスを安比奈が見に来る事になるんだ?!


 訳が分からないんだが!!


「私、たまにカメコしているのよね。で、竜也の事、結構前からどこかで見た事があるなって思っていたのよ。今日、全ての謎が氷解したわ」


「えっ……」


 安比奈って、カメコをしていたのか?


 もしかしたら、女装コスをしていた俺の事を撮った事があるかもしれないって事なのか?


 ば、馬鹿な……。


「新しいレンズが欲しくなってお母さんのお店でバイトし始めたら、お金以外に収穫があった事を感謝したいわね、竜也ちゃん」


「ちゃ、ちゃん!?」


 ここが安比奈の母親のお店だという事実よりも、いきなり『竜也ちゃん』呼ばわりされた事に驚いた。


 どうして呼び捨てから『ちゃん』になったのか。


 その理由を問いただしたい。


「絶対に行くから逃げちゃ駄目よ、竜也ちゃん。逃げたら、学校で言いふらすからね、竜也ちゃん」


「……お、おう……。そ、それよりも……か、会計を……」


 その場はそのまま会計をして、逃げるように店を出た。


 煮るようにというか、安比奈から逃げるためであったので、逃げるようにではなく、本当に逃げたのだ。


 この日の出来事を境にして、女装コス好きの俺と、カメコの安比奈の奇妙な関係が始まった。


 あの時、買おうとしていた素材を買わずにUターンして店を出ていたら、どんな未来になっていたのか。


 おそらくは安比奈とは普通の同級生として接する日々だったのだろう。


 だからこそ、よかったのかもしれない。


 あそこで安比奈と向き合った事が……。



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