先輩の唇

おじん

第1話 合唱部に来た新入部員

あの日の後輩の舞ちゃんからの最初の言葉は「先輩、おはようございます!」という普通の言葉だった。帰る前役職。学校は社会の縮図だと誰かが言っていたけど社会でもこんなことはあるのだろうか。



「部長は止めてよ朋美ちゃん、私も部長って呼ぶよ」


私にしては上手い返しが出来たのかも知れない。朋美ちゃんは部長という役職が嬉しいようで満更でもないという表情を浮かべている。


私たちのやり取りを見て一年生の5人は笑っている。やっぱり私が副部長な理由はそこだろう。先輩が私を部長では無くて副部長に推薦した理由もそこが大きいだろう。


第二音楽室の壁に備え付けられている時計がカチリと動く。部長は黒板前の一段高くなった場所に移動する。私もそれを見て副部長の隣に移動。


「はーい、じゃあ一年生はテキトーに前の席に座ってね」


部長の言葉で席に座り始める。本当は私が先に来てたんだから言うべきだったのかも知れない。


「えっとね、まだ二年生が来てないんだけど~とりあえず私が部長で彼女が副部長」


彼女って、と思いながらペコリと頭を下げる。


「副部長の宮野葵です」


固い挨拶だったかも知れない。部長もそれを聞いて簡素に「あ、部長の小路朋美だよ」と付け加える。


「皆さんには楽しい合唱部生活を送ってもらえるように二人で、いや皆で頑張っていきましょう」


そんなやりとりをしている間に二年生は全員部活にやってくる。二年生は三人。他の学校の合唱部事情を詳しく知らないが多くはないだろう。


最初はもっといたが結局定着したのはこの三人だけだった。

全員が揃ったことで必然的に一年生の自己紹介タイムに移行する。


私の印象、というよりあの時に第二音楽室にいた人の印象に良く残っている新入部員がひとりだけいた。


「東頭舞と申します!私、中学では陸上部でしたけど高校では合唱部で頑張りたいと思いました!よろしくお願いします」


珍しい。私が言うのもなんだが合唱部なんて地味な部活にくるなんて珍しい。高校では陸上部になぜ入らないのだろうか。


他の一年生は中学でも合唱部だったり文化系の部活を行っていた子が多い。どちらかというと大人しいおっとりした生徒が多い合唱部には珍しいタイプだった。


自己紹介タイムも終わって練習に入る。一年生はとにかく基礎から教えていかなければならない。


一年生五人、二年生三人、三年生四人。


二年生の中には部活を他にも行っている子も多くてとても一年生の面倒を見れる状態では無い。


三年生に一年生は教えを求めていく。部長の周りには一年生が集まっていく。部長の接しやすい雰囲気を考えれば当然だろう。


メトロノームを指でなぞる。一人くらいは私の元に来てくれると心の奥底で思っていたのかも知れない。


「先輩っ!あ、副部長って呼んだ方が良いですか?」


突然、大きな声で呼ばれて振り返る。あの一番記憶に残るであろう子。


「えっと、東頭舞さんだっけ?先輩で良いよ」


そんなに多くないのだから名前くらいしっかり言いたいが間違えたら嫌だ。


「そうですか、練習一緒にして欲しくて」


この子は合唱部未経験なのだ。人一番不安なはずだろう。部長の方を見ると一年生の対応に追われている。私が暇そうにしているのを見て来たのだろう。


「そうだよね、こっちでやろうか」


東頭さんを手招く。すると笑顔をいっぱいにさせて後をついてくる。

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