閉じ込められた歩み

高梯子 旧弥

第1話歩み

 意識を取り戻したのか、はたまた芽生えたのかわからない。

 目を開けると辺り一面真っ白な空間に私は居た。

 身体を起こそうと思ってもうまくいかず、四つん這いになってしまう。

 私は立ち上がることを諦めて、四つん這いのまま這いつくばるようにして前に進む。

 辺りには何もなく、無音だった状態から私の身体と床(と呼んでいいのなら)が擦れる音だけが鳴る。

 何か声を出そうとしてもうまく発音ができず、言葉にならない声だけが私の中から発せられて、自分の声なのに驚いてしまった。

 悲しいわけでも、つらいわけでもないのに何だか泣けてきた。大きな声で泣くことだけは満足にできた。まるでそれが私の使命であるかのように。

 しばらく前に進んでいると、段々と身体がうまく使えるようになってきた。

 最初の匍匐前進のような進み方から四足歩行の動物のような形に変わる。

 両手両膝を床に押し付けながら前に進む。

 少し前までの何となく前に進む状態よりも自分の意思を持って前に進んでいる感覚があった。

 またしばらくすると、ようやく二本足で立てるようになり、二足歩行で前に進むようになった。

 立ち上がったことにより視界が高くなり、今までとは違ったモノの見方ができるようになった。

 そんな私に分岐点が訪れる。

 さっきまで何もなかった空間にぽつんと看板が三つ現れた。それぞれの看板には左矢印、右矢印、縦矢印が書かれている。

 依然として何もない空間であることには変わりはないが、どうやらここは分かれ道となっているらしい。

 私は迷わず縦矢印のほう、真っ直ぐ進む道を選択した。

 矢印の先にあるのはこれまた変わらず真っ白な空間である。

 そうなると、あの分かれ道に意味はあったのか疑問ではあるが、意味はあったのだろう。

 それは単純に私には理解ができず、個々人の置かれている環境に応じた何かがあの分かれ道の先を選択するのだろうと思った。

 それからしばらく歩いていると今度は門が眼前に現れた。

 背丈がまだ低い私にとってそれはとてつもなく大きな物のように見えた。

 非力な自分でこの門が開けられるのか不安になったが、私が近づくと自動ドアのように横に門が開いた。

 おそるおそる門を通り抜けると、今までとは明らかに違う、確かな変化を感じた。

 今まで経験したことのないものが次から次へと私に襲い掛かって来る。

 知らない文字。たくさんの数字の羅列。聴いたことのない音楽。初めて見る絵。

 他にも私の知らないものが現れては消えを繰り返している。

 もはや一種の拷問なのではないかと思うほどである。いつになったら終わるのか、重たくなった足を懸命に動かし、門に入る前と同じくらいの時間を進んだ頃、視界の先に門が現れた。

 今度は開かれた状態であったので、私は難なく出ることができた。

 安心したのも束の間、門を出た先にあるのはまた門である。

 先刻通った門よりも小さいのではなく、私の背丈が大きくなったからそう感じるようだ。

 私は門を開けようとすると、またしても門は自動で開く。

 門を通り抜けると、また何かが襲い掛かって来る。しかし先程ある程度経験したおかげで、少し要領がわかっているため、前ほどの衝撃はなかった。

 そうは言ってもここで初めて経験することも多く、それらは私という存在を作る重要な部品となった。

 ここでの時間は一つ前の場所の半分しかなかったけれど、より濃い時間となった気がする。

 私の進行方向に現れた門は開かれていた。

 そこを抜けると今度は左右の矢印が書かれた看板が立っていた。看板をよくよく見ると、右矢印のほうが大きく書かれており、私はそちらを選ぶことにした。

 その先にある閉ざされた門を今度は自分で開ける。

 初めて門の重みをこの身で感じ、少し感慨深くなった。

 その中にあるのは良くも悪くも一つ前の場所と変わらなかった。

 もうここまで来ると新しいことに出会ってもいちいち心動かされることが減ってきた。

 それが悲しいことだとも知らずに。

 ここで私という自我はほとんど確立されていた。

 ここでも一つ前の場所と同じ時間を過ごしたが、その中である葛藤に苛まれていた。

 それが解消することなく、非情にも門が現れ、私は自らの手で門を開け、出て行った。

 その先に見えるのはまたしても左右の矢印が書かれた看板であった。また右のほうが大きく書かれていたけど、さっきよりは小さくなっていた。

 私は三市の道を選び進んだ。

 そうすると門が現れたので、それに手をかける。

 さっきの門よりも重みを感じた。

 それを何とか開けて中に入る。

 そこでは今まで培ったものを活かすようなものを求められた。

 そうなったときにふと気付く。私が今まで培ったものって。

 ないことはないとは思う。それでも今まで自分が歩んできた道のりが正しかったのか。それが自分のためになっているのか。結局答えが出なかった。

 そのままずるずると進み、あっという間に門が見えた。

 ここに入る時よりも軽い門に手をかけながら重い足取りで前に進む。

 その先にあったのは今までの門とは違い、辺り一面が鉄格子のようになっているのが見えた。

 私はそれを見て不安や恐怖に心が支配された。

 今からこの中に入るのかと不安に思い、躊躇っていると鉄格子の一部分が開き、私を吸い込もうとする。

 私は必死に抵抗したが中に吸い込まれてしまった。

 後ろでは鉄格子が閉まる音がして、もう後戻りはできない、と腹を括って前に進む。

 そこは思った通り、いやそれ以上の地獄だった。

 馬車馬のように働かされ、人間のような扱いなど受けないのが普通のような場所だった。

 それでも私は耐えた。いつかいいことが起きるそう信じて。

 でも駄目だった。

 環境は変わらないどころか酷さが増す一方だ。

 私は疲れ切ってしまい、足元もおぼつかないままよろよろと進んでいくと、一つの看板が現れた。

 そこにはUターンのマークが書かれている。

 それを見て私は気が付いた。

 今までがむしゃらに前だけを進んできたけど、時には振り返ってみるのもいいのではないか。

 変な先入観で引き返すのは駄目なこととでも思っていたのかもしれない。

 引き返してもまたその後前に進めばそれでいいのではないか。

 鉄格子が閉まった音がしたのを聞いて、もうこの道しかないと思ったけれど、本当に鉄格子が閉まったのかを確認したわけでもない。

 そう考えるとこのまま前に進むのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

 だから一旦引き返そう。

 鉄格子が閉まったか確認するだけでも意味があるじゃないか。

 自分で自分の可能性まで閉ざしてしまうのはもう止めよう。

 そう思い、私は後ろへ歩き始めた。

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