第75話 悲恋の最終章⑫暁子との出会い

 祐天寺の双葉すし・・・駅前の商店街の外れ


にありました。戦前の建物なのでしょ・・・しっかり


した木造建築,瀟洒な雰囲気が漂います。


暖簾をくぐると雨模様の金曜日・・・お客さんは


まばらです。地元のお馴染みさん達が小上がりの


座敷で昼間から酒盛り宴会中・・・カウンターはL字型の


定番カウンターです。ここにも2組程度です。端っこの


カウンター席に着席・・・・大将と思われる初老の


親父さんと暁子さんが話をしています。なるほど常連さん


なんだ・・・・大学生の身分では、時価表示のすし屋さんには


ためらいがあります。ホテルの先輩たちに連れられて何度か


出入りをしていますが、支払いはすべて先輩たちの驕りでしたので


同年代の仲間と経験するのは初めての出来事でした。


「ね・・・里中君・・・ビールで乾杯しましょう・・・お祝い


だから・・・」いいのかな・・・こんな感じで・・・いくら自然治癒


できると言っても昼間からビール・・・とても違和感を感じていました。


「ね!・・・里中君・・・なんか元気ないでしょ・・・おかしいわ!・・・貴方は嬉しくないの?不思議!・・・ねー大将・・・ビールとお任せでつまみをお願い・・・・」


ビールが運ばれ乾杯です。「ね!・・・元気出してよ・・・元禄寿司の


ほうがよかったの?」


「ううーーん そうじゃないんだ・・・」


話を切り替えなければ・・・俺のために暁子さんが手配してくれてる・・・


仕事まで休んで、こうして傍らにいます。もっと感謝しなければ・・・


 冷静にしよう・・・

「あのさ・・・今日の受診結果をホテルの山口課長に連絡しなければ・・・

約束だから・・・ランチが終わったころ連絡するつもり・・・」


「里中君・・・って責任感の塊みたい・・・貴方は一介のバイトでしょ・・・私には理解できない・・・自然治癒できるからまた、バイト始めるの?」


「そうじゃないんだ・・・ホテルの社長、常務は高校の大先輩・・・総務部長も先輩・・・みんな心配してくれているんだ・・・」


「それで暁子さんがアパートを訪ねて来たときも山口課長の指示でフロントの

オペレーターの女の子が見に来てくれたんだ・・・あの、パンプスは

彼女の靴・・・」


・・・すこしの沈黙がありました。暁子さんにとって

触れられたくない事件です。空気が読めない冴えない俺がいます。


ここは雰囲気を変えなければ・・・ビールを飲みほし、手酌でビール瓶を


掴んだとき、「私が注ぐわ!・・・はーい!・・・飲んで!・・・飲んで!・・・」


破れかぶれ!なるようにしかならない・・・ここは今のこの時間を楽しめば


いいだけ・・・お気楽大学生の本領発揮になりました。


2本目のビールが運ばれて、調子が一気に上がります。つまみも最高です。


さすが、老舗のすし屋さん・・・ネタの鮮度も最高!抜群に美味い・・・


調子に乗って「大将!・・・鰹のたたきをつまみで・・・」


暁子さんは「まぐろの赤身とうに」を頼んでいます。


 「ね・・・里中君・・・熱燗にしようよ・・・今日、朝から


冷たい雨で寒かったの・・・ビールはもういいわ・・・お酒に


しましょう。」・・・あれこれ思案するのはやめよう・・・


今日は飲んじゃえ・・・そのあとはお決まりの大宴会です。


都合4本の徳利が空になりました。昼間の酒は酔いが回ります。


彼女も同じだけ飲んでいました。ノーテンキな話で盛り上がり


飲むほどに饒舌になります。彼女もいつになくご機嫌なのです。


 由紀子にはないしなやかな仕草・・・ふと遠い目をするまなざし・・・


左目が好きです。


「ね・・・暁子さん・・・俺のどこが好きなの?」


「そーね?・・・里中君ってどこか大友君に似てる・・・ルックスは


二人とも同じ・・・でも貴方のほうが、感性が豊かで、話もうまい・・・


一緒にいて飽きないし、話題に詰まることもないし・・・とにかく


あまり気を使わせない天性のものを感じるの?とにかくいつまでも


同じ時間を共有したくなっちゃうの・・・私も人並みに恋愛もしたけど


貴方ってほっとけない存在・・・いつも気になるの?今、何してるかな?


こんな風に私を追い込んだのは貴方のせいよ!・・・」


暁子さんの言葉に嘘はない・・・俺の事・・・これほどまでに


思いを寄せてくれる・・・確かに喜怒哀楽がすぐ顔や態度にでるのが


気になります。でも今日はいいや!・・・暁子さんも楽しんでる・・・


時計の針は4時を回りました。日没が迫っています・・・この店で3時間も


飲んじゃいました。すると・・・「ね・・・里中君・・・体調は


大丈夫よね・・・」


「うーん・・・別に変化なし・・・いたって元気でえーす。」


「それじゃ・・・もう一軒いかない?渋谷の日本生命ビル


の最上階にお洒落なカウンターバーあるの・・・とてもいい感じよ・・・渋谷の


夜景が全部見えるの・・・ね!・・・そこに行きましょう・・・」


そしてこの夜・・・予期せぬ事件に遭遇する事になります。

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