第69話 悲恋の最終章⑥暁子との出会い


10月の4週目の土曜日、バイトも休みです。秋晴れ・・快晴・・


普段できないこと・・・洗濯・・・掃除・・・布団干し


今日、1日、新丸子のアパートにいましたが、やはり由紀子は


訪れませんでした・・・通信手段がない・・・・上中里


のアパートの呼び出し電話は聞いていましたが、大家さん宅


の電話なので、1度もかけていません。今日も、来ない・・・・


駄目か・・・・彼女は彼女で頭にきてるのだと思います。


何の相談もせず、煉瓦亭のバイトを決めてしまったのが


直近では大きなしこりになっています。2人の時間の土、日を


1日だけ潰す行為をどうしても受け入れることができないのでしょう・・・


でも今月はシフトの関係で土曜日は完全フリーと告げていたのに・・・・


夕方まで外出せずにアパートにいましたが、扉が開くことは


ありませんでした。まあ・・・仕方ない・・・思う気持ちが


傾けば傾くほど、痛みが倍増する・・・それはお互いに


承知している事実です。気分転換・・・明日は暁子さんと


遊ぼう・・・決めた・・・久しぶりの八幡湯で1週間の


疲れを癒そう・・・気分転換・・・気分転換・・・


日曜日の朝・・・昨日に続き雲ひとつない快晴になりました。


身支度を整えていざ・・・渋谷へ・・・日曜日なので


サラリーマンの姿はなく、家族連れ、学生たちでハチ公口がザワザワ


しています。時計の針は10時3分まえ・・・遅刻はない・・・


眼を凝らしてキョロキョロしていると、前方から暁子さんが近づいて


きました。「おはよう・・・里中君・・・遅刻かな?なんて思ったら・・・


いた・・・いた・・・今日は最高のお天気ね・・・秋晴れ・・・紅葉


も始まったし空気が澄んでとても気持ちがいいわね!・・・」


 いつものOL然としたきちんとした服装ではありません・・・上は白とブルー


が混ざったボーダーのシャツ・・・そしてジーンズに赤いスニーカー


ほんとカジュアルな服装です。右手には大きなバスケットを下げていました。


「ねーーー暁子さん・・・そのバスケット俺が持つから・・・もしかして


お弁当?・・・」「そーよ・・・里中君の為に、というより、2人の為に


朝、5時に起きて悪戦苦闘・・・メニューは後のお楽しみ・・・それと


水筒にコーヒー立ててきたから重いわよ」 たしかに、重いのです。


 公園通りから代々木公園までゆっくりした歩みを重ねます。


15分くらいの道のりです。渋谷はSEIBU,ロフト、パルコ、そして


109のオープン、まさに西武系と東急王国の開発で急激に若者が集う街に大きく


変貌していた時期でした。黄色く染まり始めたイチョウの木からこぼれる


光のプリズムがとてもいい感じです。


 公園では若者たちがフリスビーやバトミントン、家族連れは


サッカーボールにキャッチボール・・・とても賑やかな風景があります。


 当然、若いカップルも多い・・・みんな思い思いでの日曜日を過ごして


います。適当なベンチが空いていたので、荷物を降ろして、しばしの


休憩です。すると暁子さんが「ねー里中君・・・バスケットから水筒・・・」



コーヒーを飲みながらやはり昔話になります。小学、中学、高校時代の


思い出話が話題の中心です。他愛もない履歴の公開時間が流れてゆきます。


 暁子さんは・・・その後の由紀子との関係を聞き出そうしますが、適当に


はぐらかしながら話題を変えます。この前は酒の勢いもあり、ペラペラ


しゃべり過ぎでした。今日はできるだけこの話題に触れぬようにしなければ!


   ・・・1時間くらいの時の経過でしょうか・・・・・


「ねーーー里中君、おなか空いたでしょ・・・お弁当にしようよ!・・・」


今朝は何も食べていない・・・「俺・・・バタバタしてて朝飯抜き・・・


 腹ペコペコ・・・」 


   大きなプラタナスの木の下に移動します。適当な日陰も


あり、なにより秋風が心地よいのです。2畳ほどのレジャーシート


を敷いて暁子さんが手早く準備をしています。「はあーい! おしぼり」


 2段重ねの重箱には惣菜がびっしり・・・手作りのサンドウイッチに


おにぎりもあります。「凄いね・・・これ全部自分で作ったの?」


「そーよ・・・全部手作り・・・冷凍食品はいっさいなし・・・さあ・・・


食べよう・・・食べよう・・・」


 確かに料理は上手だと思います。美的感覚というか、色使いがとても


上手いのです。見た目が綺麗で、それだけでも旨く感じられてしまう・・・


 22歳でこんな料理ができるんだ・・・・由紀子よりも上手い・・・


そんな比較は止めようと思うけれど、この風景を見せられるどうしても


感じてしまいます。


 昼飯をたらふく頂き・・・睡魔が襲います。


シートに横になってるとトイレから暁子さんが戻ってきました。


「ねーーーー眠くなっちゃたの?・・・」「うーん・・・昨日さ・・・


久しぶりに銭湯の帰りにコンビニへ・・・アサヒの大瓶2本と適当に


つまみを買い込んでひとり酒・・・なんか、飲みたい気分でその後


ウイスキーでチビチビ・・・いい気分で転寝・・・トイレに起きたのが


2時過ぎ・・・その後、眼が覚めてウツラウツラ・・・明け方


少しだけ、深く眠れたけど、でも眠い・・・食べすぎ・・・食べすぎ!」


「ねーーー里中君・・・膝枕してあげる・・・」えーーーーいいのかな?


・・・今日、これで3度目の再会・・・まだ、2週間しか経過してないのに


いきなり膝枕ときたもんね・・・でも彼女からの申し入れだもん・・・


断る理由はいよね・・・頭を上げて、ジーンズを履いた太ももあたりに頭を


乗せます。なんか・・・柑橘系のフレグランスの香り・・・由紀子の


香りに似ています。すると化粧ポーチの中から耳かきをだして・・・


「耳掃除してあげるわね・・・」気持ちよいのです。やさしいリズムで


耳掃除・・・心地よい時間に包まれていました。そしていつしか・・・眠り


の中に・・・1時間くらい眠ってしまったようです。 眼を開くと暁子さんは


単行本を読んでいました。「ね・・・暁子さん・・・何読んでるの・・・?」


「あ・・・里中君・・・おはよう・・・しばらく良い寝顔を見てたけど、・・・


いびきが聞こえてきたから、私は電車のなかの続きを読んでたの! 渡辺淳一・・・


北都物語・・・」そうか・・・渡辺淳一の世界なんだ・・・確かに俺も好きです。


 医療もの、不倫もの・・・とりわけ恋愛、不倫もの大好きです。「阿寒に果つ、野わけ・・・くれない・・・氷紋・・・」 この後、渡辺淳一の世界をめぐって大きく話題が盛り上がりました。


 10月末・・・4時をすぎると太陽が傾いてゆきます。公園の中も少しずつ人影が減りだしました。


「ね・・・里中君・・・私まだ、帰りたくないのよ・・・これから炉端北海にゆこうよ!・・・


 あの店5時からだから・・・ちょうどいい時間になると思うの・・・」


「うーん  いいよ・・・俺も・・・この時間になるとまた、飲みたくなっちゃった・・・」


 公園通りを下り、道玄坂へ・・・あたりが暗くなりだしました。


「ね・・・里中君!・・・左腕貸して・・・」彼女の右手が・・・左腕に絡んでいます。


なんか・・・拍子抜けするタイミングでした。腕組むの?恋人気分満開です。


 彼女の顔をチラリ・・・あふれるばかり微笑みをたたえています。そして、なにかを口ずさんでいました。・・・「逢わなければいけない人に出会えたの」・・・


 5時過ぎ・・・北海の暖簾をくぐりました。カウンターはすでに7割ほど埋まっています。


 若い恋人同士のたまり場・・・そんな雰囲気です。

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