第68話 悲恋の最終章⑤暁子との出会い


 翌週の火曜日・・・煉瓦亭のバイトは朝、10時から17時まで

秋晴れのとてもさわやかな火曜日です。先週、暁子さんが来てから

あっという間に1週間経過しています。由紀子は土、日とも新丸子に

来ませんでした。煉瓦亭のバイトを何の相談もなく始めてしまった事

に強いこだわりを見せています。


「ねーー貴方・・・私がそばにいるのがうっとおしいんでしょ・・・

だから意図的にバイト始めて、時間がない忙しい・・・そんな言い訳ばかりだもんね?・・・」


 確かに意図的でした。見抜かれています。

でも日曜日は来るかもしれないと思っていたのに・・・


「土曜日は煉瓦亭だと告げていました。でも日曜日は完全フリー宣言していたのに!・・・」


 小さなほころびが時間の経過とともに、大きく拡大してゆきます。意固地になって

いるんだ由紀子も・・・断ち切らねばならぬ思いと淡い期待がいつも背中合わせに

交錯していました。もう・・・駄目かもしれない・・・両手の指では数え切れない

ほどの由紀子との思い出、これを少しずつ整理してゆかねばなりません。


思い出す度に胸が痛むのですが、どんなに好きでもどうにもならない事もあるんだ!・・・・


 背負いきれない程の重い荷物を抱えてしまい、ともすると笑顔がなくなる・・・

その意味では接客の仕事は気がまぎれて好都合でした。


 この煉瓦亭ですが、1階が不動産屋なのです。オーナーのコーヒー愛が

興じて店まで出してしまいました。経営母体は不動産屋・・・店の作りは

煉瓦をふんだんに使用したお洒落な構造です。また、使用している陶器も

ロイヤルコペンハーゲン・・・やはり土地柄なのでしょうね・・・客層に

合わせたその調度品は無言の訴えがあります。 11時少し前ですが、常連さん

でカウンターは半分ほど埋まっています。煙草の紫煙を楽しみながら、コーヒー

タイム・・・読書にふける初老の紳士・・・あとは、お店のメンバーとの

おしゃべりが大好きな30過ぎのOLさん・・・いつもの風景です。 


 店の鈴が鳴りました・・・あ・・・暁子さんだ!・・・


 俺の前のカウンター席にはこのおしゃべり姉さんが陣取っています。ここは私

の場所みたいな感じで視線を投げかけています。すると・・・岩さんが・・・

 暁子さん・・・こちらへどーぞと席を誘導していました。


・・・なんかタイミングが悪いよね・・・お客さんの差別はできないのです。なので、姉さんの話に相槌を打ちながら、15分・・・しばしチャンスを待ちます。すると、扉が開きました。


 カウンターにいた姉さんが振り返ります。「ねーーー30分遅刻でしょ・・・・

何していたの・・・」頭を7、3に分けたサラリーマンでした。そしてそそくさと

テーブル席に移動してゆきました。たぶん仕事の打ち合わせか何か・・・その風貌、

風体からは彼氏ではなさそうです。 あ・・・よかった・・・すると岩さんが

「暁子さん・・・・里中の前が空いたから・・・早く・・・早く・・・」さすがに気配り上手な岩さんの計らいです。席に座るや否や、

「私、また、来ちゃた・・・でも・・・約束だから・・・笑顔がない暗いトーンです。」いきなりの言葉でした。


 約束・・・俺がお願いした訳でもないのですが、・・・なんか微妙な感じです。しばし無言・・・「ねーーーごめん・・ごめん・・・里中君の

前で楽しそうに話するあの方が気になってしまって・・・つい・・・顔にでちゃったの!気にしないで・・・」


・・・ふーんそうなんだ・・・女のヤキモチは良くわかりません。


「それと・・・今日はお弁当作ってきたのよ・・・朝、7時から悪戦苦闘の作品なの・・・お料理は好きなの・・・先輩と一緒に料理教室にも通ってるの・・・口にあうかどうか解らないけど・・・食べて・・・それと、12時に先輩と渋谷でランチの約束があるのよ・・・だから今日は時間だから・・・またね!・・・」


 パルコの手提げ袋をカウンターに置いて帰ってゆきました。1人、2人と客が消え・・・静かな時の流れです。俺、何か悪いことしたかな?・・・いつもと同じなんだけれど・・・


 すると岩さんが「里中・・・女心が解らん奴だね!・・・おまえは・・・無神経だぞ!・・・いくら大切な常連さんが前にいたとしても声がぐらいかけてやればいいだろう!・・・彼女は敏感なんだよ・・・目の前で楽しく話しをしてるお前をずっと観察してたんだ!・・・そして、俺に聞くんだ!・・・あの方と里中君どんな関係なんでしょう・・・か?・・・」


 俺は、普通にいつも来る常連さんですよ・・・あいつは話を聞くのが上手いし、相手を上手く乗せちゃうようなところがあって結構、年上のお姉さんタイプの人たちから人気があるんだ!・・・あいつがいないと、必ず聞くんだ・・・里中君は今日はお休み?そんな人がたくさんいると答えておいたよ・・・」


 そーなんだ・・・まあ・・・岩さんがいうとうり無神経だったかも知れない・・・気にさせてしまったかな?・・・ 


 「里中!・・・いいぞ・・・先に手作り弁当で昼休憩にしろ!」


 お店の奥に3畳ほどの休憩スペースがあります。外食でもいいのですが、岩さんが一緒の時はできるだけ中で食べるようにしていました。


 お弁当を開きます・・・青色のバンダナで包まれた二段重ねのお弁当箱でした。「出し巻き卵・・ほうれん草の胡麻和え・・・焼き鮭、きんぴら・ポテサラにトマト、そして鳥のから揚げが綺麗に鎮座しています。ごはんには梅干の種を抜いて

実をほぐして色合いもよく配置されています。なかなかの感じです。食べてみると、明らかに冷凍食材ではなく手作りで仕上がってます。見た目を重視したお弁当・・・味も満点でした。


 なるほどね・・・料理教室に通うだけの事はある・・・手提げ袋に弁当箱をしまう、そのとき、薄いブルーの封筒を見つけました。


  あて先は「里中くんへ・・・」


 「先週、煉瓦亭でたくさんの話ができてすっごく楽しかった・・・今、お弁当を作り終えてこれを書いています。この1週間・・・里中君のことばかり・・・思い出してしまって・・・私、熱病かもしれない・・・今日も、たくさん話ができたらいいなと思い一日千秋の思いで朝を迎えました。心をこめて、作りました。ただ、急な先輩からの誘いでランチになり1時間しか会えませんね・・・それで・・・お願いがあるの・・・今週の日曜日は指定休日でお休みなの・・・いっしょに代々木公園にゆきたい・・・今の季節・・・最高だもん・・・公園通りから代々木公園、里中君と歩いて

みたいの・・・ 日曜日はフリーと聞いていたので・・・それでは、日曜日の

午前10時にハチ公口で待ってます。何か不都合あれば連絡ください。


デスクの直通電話だから・・・昼休憩以外は大丈夫・・・接客中でも急用

だと伝えてもらえれば、電話に出れるから・・・03-3482-0109 暁子 」


  う・・・ん・・・日曜日か? 由紀子とは3週間も逢ってない・・・


     来るかも知れない?・・・でも・・・微妙?・・・微妙?・・・

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