第43話 渋谷公園通り 詩仙堂

 井の頭公園を後にして、代々木公園に移動です。日曜日の昼下がり

電車も比較的空いていて、3人掛のシートが空いていたので、しっかり

と座ることができました。

 それでも明大前で人並みが増えて、下北沢を

過ぎる頃には電車が満員になっています。学生と家族連れが目立ち

ます。とても良いお天気なので、絶好のデート、買い物日和なので

しょう・・・ハチ公前の交差店を渡り、公園通りを歩きます。


「ねー貴方・・・パルコ前の詩仙堂でお茶してゆこうよ・・・」

この喫茶店は彼女のお気に入りの店でした。

この店にはじめて来たのが、昨年の5月でした。


 地方の高校を過ごした田舎者同士、見るものすべてが

新鮮で新しい発見の連続でした。


「里中君・・・詩仙堂なんて言う名前の喫茶店があるんだ・・・あの京都の詩仙堂みたいな感じなのかな?・・・ねー入ってみない」

彼女の言葉に背中を押され、地下1Fの店に続く階段を降りて行きます。


 重厚な木目調のドアーを開きます。

白と樹木の肌を基調としたしっとり落ち着いた店内です。アルプスの少女

ハイジを連想させるウエイトレスの姿がとても印象的でした。白のフリル

がついたエプロンが素敵なのです。茶色の皮革製のメニューを開きます。


 昭和52年当時、1杯¥500のコーヒーは学生の身分では分相応でしたが、その後、この店でコーヒーを飲むのが、楽しみのひとつになりました。


 落ち着いた店内と静かに流れるクラシック音楽を聞きながら、恋人と

語らう最高のステージなのです。初めて訪れた時、時間が過ぎるのも

忘れ、1杯¥500のコーヒーで2時間もお喋りをした記憶がはっきり

残っています。・・・・店のドアーを開けると、カウンター越しにコーヒー

を立てていたこの店のマスターが軽い会釈をしてくれます。


 何度も通い詰めた店なので、言葉を交わさなくとも、自然と顔みしり

になっていました。いつもの2人掛のテーブルに座り、俺はブレンド、彼女はウインナコーヒーを注文しました。

「ねー貴方・・・初めて来た時もこの席だっわよね・・覚えているでしょ・・」

「うーん、しっかり覚えているよ・・・」

「あの時は、高校3年、冬の話しをしたわよね・・・大学受験

を控えて、すっごく勉強していた時の事・・・」

「そうだった・・お互いに受験生だったから、かなり盛り上がったよね・・・」

そんな他愛もない話しをしているだけなのに、この店にいるとすべての雑念が消えて

心が洗われてゆくのが、とても不思議なのです。

「あのさ・・・由紀子・・・俺、腹減った・・代々木公園でお弁当にしようよ・・・」

 「そーね・・・もう1時なんだ・・・ずいぶん「おあずけ」状態なのね・・

それじゃ・・貴方・・会計お願いね・・」レジで会計を済ませて

 ようやく代々木公園で遅いお昼になりそうです。

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