第11話 由紀子高熱でダウン!

 昭和53年、真冬 39度の高熱でダウンした

彼女が傍らににいます。おかゆを食べて、解熱剤入りの

風邪薬を飲んで、深い眠りについています。


 俺は、由紀子のそばで、TVの音量を落して、画面だけを

ボンヤリと追っています。壁時計の針がPM4;00過ぎを

指しています。今夜はバイトを休んで、彼女のそばに

いるからと約束したものの、どんな理由をつけて、バイトを

休むか?さっきから、逡巡していました。学校の関係でどうしても・・・

いや・・・緊急で山梨に帰省することになったので、・・・いや・・・

どうも熱ぽくて、身体の調子が悪いから・・グルグル回る思考回路

はすべて言い訳と逃亡の理由探しなのです。

嘘をつけば必ず、バレル・・・これは今までの経験則で承知していること・・・

しょうがない・・迷ったら真正面勝負しかありません。


 PM4;30過ぎ、公衆電話からバイト先にTEL・・・「いつもありがとうございます。ホテル東京でございます。」耳慣れた声でした。

日勤のフロントレディーの礼子さんでした。「里中です」

「あーら、里中君!何?この時間の電話・・今夜バイト休み?の連絡」この人・・凄く勘が鋭くてやり手のフロントレディーです。「えーそんなとこです。すみません・・内線52番につないでください。」「レストランの山口課長席ね・・」3回の呼び出し音で山口課長が電話に出ました。

「すみません・・・里中です。実は、下宿の友達が風邪を引いて、39度

の熱があって、今、看病しています。申し訳ありませんが・・・

 今晩のバイト、休ませて頂きたいのですが・・・」すると課長が「おい

里中・・・下宿の友達って、おまえの彼女だろう・・・」「はい!・・・山口課長

鋭いですね・・・」「しばらく前に泉岳寺の駅でおまえら、2人がいたのを目撃して、翌日、誰だって聞いたら、ただの同じ下宿の友達だと

言い訳していたもんな・・・ふーん・・・そーか・・・」「よし解った・・・今夜は

そんなに忙しくないから、休んでもいい・・・ただしだ!・・・2月1日の

日曜日、レストランで婚礼が2件ある・・・配膳も手配してるが、人手

が足りないから、AM11;00からラストまで出てくれ、これが条件だ・・・」うーん1日か・・・由紀子と映画を見に行く約束していたのです・・・

痛いところをつかれちゃいました。でも仕方、ありません。「解りました・・・課長・・・1日はAM11;00までに出勤します。お聞き届け頂き

ほんとにありがとうございます。それじゃー失礼します。「まあー

しっかり看病してやれよ・・・彼女、出身が岩手だったよな・・・」

 なんか・・意味深な言葉を残して、電話が切れました。


 あーこれで第一関門突破・・・嘘で逃げるより、ほんとの理由で

勝負したのが、いい結果を生んだのです。レストランの山口課長は

年齢が35歳・・・ホテル創業当時からの生え抜きの幹部でした。

冷静、沈着で切れ者、ただ下町、「木場育ちで生粋の江戸っ子」で

人情味もある親分肌の人でした。 彼女の部屋に帰り、TVをつけた

ところで、目を覚ましたようです。「ねー貴方・・・今、何時?」

「うん・・・PM5;00、10分前・・・」「そう・・・もうそんな時間なの・・

私、3時間も寝ていたのね・・・ねー喉が乾いたの・・・」冷蔵庫のポカリ

スエットをグラスに移して、彼女の元へ・・布団をはいで、肩口に腕をさしこんで、彼女の上体を起こしました。その時、パジャマが

汗でぐっしょりと濡れていました。「由紀子、ポカリ飲んだら、

着替えなきゃ駄目だよ・・・パジャマが汗まみれ・・・」

 解熱剤のおかげで、汗が出たんだ・・・良かった・・・。

着替えの為に、立ちあがりましたが、足元がふらついています。

「いいよ・・・どこに下着があるの?」「そこの引出しの4番目に、パジャマと下着があるから、適当に出して・・・」女性の下着を引出しから

出すなんて、生まれて初めての経験です。なんか、気恥ずかしくて

正視できません。1番上に畳んであった薄いオレンジ色のパジャマと

淡いブルーの下着の上下を取って彼女に手渡します。


 着替えをするから、部屋を出ようと思いました。ドアーのそばま

ゆくと・・・「ねー貴方、何を恥ずかしがっているの・・・私、別に

恥ずかしくないからね・・ここにいて・・・」「うーん・・・でも・・・

おまえさあ・・・デリカシーってもんが邪魔すんだよ・・気配り、神経の

こまやかさってやつ」・・・「ふーん・・・そうなの・・・」振り返れば、上半身裸の彼女がいます。「ねー貴方・・・見たでしょ・・・」

 何とも、明るいのです。こうした場面になると、救われる気持になります。良かった・・・いつもの彼女になりました。

着替えをすませたので、体温計を手渡し、検温です。

ピッピッと音が鳴ります。「何度あるの・・・」「37,8度よ・・・」

3時間前は39,1度でした。良かった・・・熱が下がりました。

でも、ぶり返す可能性もあります。「良かった・・・良かった、熱が

下がって・・・さあ・・・おとなしくまた、布団に横になって・・・」

着替えをして、さっぱりしたのか、しばらくして、また、小さな

寝息を立てています。熱が下がったとはいえ、まだ、37、6度

油断は出来ません。我慢させても、食事をさせて、薬を飲ませなきゃ・・・時計を見れば、PM5;20過ぎ・・・冬の夕暮れです。

陽射しは少しずつ、長くなっていますが、完全に日没に

なったようです。蛍光灯のヒモをひっぱり、小さな、グロー

ランプだけにして、部屋を出ました。


昼間が「おかゆ」だから・・今晩は「鍋焼きうどん」がいいかな?

そんな事を思いながら、夕暮れの商店街に買出しに出ました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る