第6話特殊攻撃魔導部隊・本部

【時刻・西暦2127年4月7日午前10時9分。場所・東京都某駅付近、電車内にて】


 、というのは異常な言葉だろうか。

 そんな疑問が脳裏に浮かんだのは、実際に俺が地下鉄の窓から外観をぼんやり見ていたからに他ならない。

 もっとも、その問いはこの状況を100年前の常識に当て嵌めた場合に対しての物。

 今俺達の生きるこの時代の東京都においては、議論するまでもない普通の言葉だ。


「もうすぐか…」


 席にもたれながら、移り行く街並みの先に目的の駅の姿を見つけた俺は呟いた。

 と言っても、これは電車の窓の代わりに貼り付けたおう型長高画質液晶ディスプレイに、地下の上の景色を映しているだけの恐ろしく本物に見える映像ニセモノでしかない。


「ったく、あのじじい訳も説明しねぇで渡しやがって。意味不明過ぎるんですけど…」


 視線を下げ、ズボンのポケットから取り出した物を見ながら俺は呟く。

 そう、爺ちゃんに渡された、あの握り潰したように丸められ最早ゴミと化した紙切れ一枚と、黒いカードだ。

 紙切れには『4月7日午後12時、東京都千代田第1特区へ集合』とだけ書かれており、カードに至っては真っ黒で何も記載されていなかった。本当に、意味不明である…。

 それもそのはず、何故なら。


「千代田第1特区に何があるってんだよ…」


 『特区』と言えば、日本の中枢機関のある区画だ。が、第1特区にはそれが1つだけ―――特殊攻撃魔導部隊本部だけだ。あとは、特にこれといった物は存在しない。

 俺の家がある江戸川第4区からだとそれなりに距離があり、片道2時間くらい掛かる。

 ちなみに現在、既に出発から1時間半程度過ぎている頃だ。

 同じ江戸川区でも、『1区』や『2区』ならもう少し近かったのだが、一番遠方の『3区』でなかっただけマシだと考えるべきだろう。

 今日は何故か、早朝から爺ちゃんが不在で朝稽古はせずに済んだのだから。


「いや、『』だよな」


 格上じいちゃんと戦えば、手っ取り早く自分の弱点が見えて来る。感覚も鋭くなる。

 結局今朝は素振りとジョギングだけして終わったが、体がまだ鍛錬したりないとうずうずするのを今日は無理矢理に抑え込んでここまで来たのだ。

 クリスタルモンスター。

 傍若無人かつ無慈悲な怪物。

 だからこそ、無茶で馬鹿げているのは知っている。

 

 我ながら死に急ぐ自殺願望者のような思考をしているが、どうにも自分では止められないらしい。


「…で、ここまで来た訳だけど」


 千代田第1特区の駅に到着し、地下鉄を出た俺は階段を上りきった後、辺りを見回しながら言った。

 立ち並ぶ背の高いビル、両端の歩道を歩く人々の間には車の渋滞が出来上がっていた。

 休日稀に見る光景だ。

 恐らくは、今日が文句なしの日本晴れである事と、たまに吹く春風が心地良い事が起因しているのだろう。まさに、外出には持って来いの天気、といったところか。

 かく言う俺も外に出て来ている訳だが、生憎と遊びに来たつもりはない。

 祖父が珍しく真剣な目をして俺に、この紙切れと漆黒のカードを渡して来たのだ。

 つまり、この紙に指定された通りに動けと言われたのだ、何かあるのだろう。


 が。


「いや、やっぱ何もねぇじゃねぇか!だぁぁぁあクッソ、騙しやがったなあのじじいぃッ!」


 奇声じみた怒声を上げながら、俺はグシャーッと頭を搔き毟る。

 そう、辺りを包むのは限りなく平凡な景色と空気。問題ない事が大問題だった。


うるさいやっちゃのぉ、鼓膜破れるか思ったわ。声量も調節出来へんのか?ホンマ、…」

「…ん?」


 突然、右横から聞こえた声に、俺はそちらへ顔を向けた。

 そこにいたのは背の高い少年だった。

 色が多少落ち、黒髪の混じる濃く癖毛の金髪と、血のように紅い深紅の瞳が特徴的だった。

 最初の印象は、『派手』だった。

 暫く無言で見ていると、少年が顔をこちらへ向け。


「何ボーッと見とんねん。お前やお前、聞こえてへんのかアァンッ!?」


 なんて関西弁を喋りながら、俺に眼を飛ばして来た。

 そして、この少年の第二印象が決まった。『不良』だ。

 いや、最早印象ではなく事実である。

 当然、俺は思った。


 ―――うわぁ、面倒臭そうなのに絡まれた…。


 それと、真横からだと確認できなかったが、黄白色の車輪の模様が黒目を囲っていたのが途轍もなく気になって仕方がない。


「おい、何やその顔ッ。まさか、めんどくさ―、っとか思っとらんよな?」

「その発言自体もう面倒くせぇよ…。てか、そうだよ当たり前だろ、いきなりガラの悪い奴に絡まれる一般人の身にもなれっての」

「あぁ?このスーパーウルトラメガトン超絶ハイスペックなジンタ様がガラ悪いやぁ!?」


 ずいと腕を伸ばし俺の胸倉を掴んで来た不良な少年が、そんな事をのたまわらしゃった。

 その言葉遣いや振る舞いでハイスペックだというのなら、井の中の蛙もいいところだ。

 ついでに、この少年の名前はジンタというらしい。少し酷いかもしれないが、名付け親のセンスを疑ってしまう。

 いや、今はそんな突っ込みよりも、このジンタって奴を何とかしよう。そろそろ鬱陶しくなって来た。


「あのな」

「ええか、よー聞け。身長、容姿、経歴、知識量、情報処理能力、身体能力、その他諸々全部が人並外れた存在、それがこの俺ジンタ様やボケナス!」

「いや、だか―――」

「あ、そうそう俺の事は『ジンタ様』と呼んでくれても構わんで」

「お、おい話を―――」

「いやぁ、にしても今日はえぇ天気やからか、ぎょーさん人おるで。おいおい、今そんな事言ってる場合やないぞこの能、な~んてな?ハハハハハハハハ」

「だから、はな―――」

「って、あ、そやそや忘れとった忘れとった…」

「はぁ、やっと話聞く気に―――」

「ぁ!?黙っとけッ……。『狂気のルナティック・満月ルナルナ・ムーン』のライブチケット売り切れてもたらどうすんじゃボケェ!ネット販売やと売り切れ早いんやぞゴラァ」

「えぇ…何でそんなことで怒られてんの俺………?」

「……ほっ、取れたでぇ、取れたでぇ♪」

「………………………………………………………」


 どうやら目当ての物が買えたらしいこの金髪馬鹿を見て、自然俺の中で沸々と怒りが沸き出して来る。

 こめかみに青筋が浮かぶのがはっきりと分かる程だ。

 あと狂気のルナティック・満月ルナルナ・ムーンって何だよと思ったが、向こうの建物の電子看板に映っていた。…ツッコミどころしかない名前だが、アイドルユニットらしい。


「はぁ…無駄に時間喰ったな。行こう…」


 考えてみれば、このジンタとかいう奴が俺から気を逸らしてくれるのなら願ったり叶ったりだろう。どっと疲労感じつつ、俺はその場を去ろうとする。


 しかし。



 背後より聞こえたジンタの声に、一瞬にして場の空気が変わった。

 同時に、嫌な予感が全身を電流のように駆け巡る。

 雲を掴んだような漠然とした焦燥感を感じながら、後ろを振り向い―――。


「ったく、何勝手に動いてんねん」

「なッ…!」


 振り向いたその瞬間、耳元でジンタが俺に囁いた。


 ―――ま、不味い…!


 いつの間に?などという疑問すら後回しに、俺はこの場から離れようと挙動を起こす。

 しかし、足を引っ掛けられ。


「…………………………………………………はい?」


 何故か、ジンタにお姫様抱っこされた。


「え、えっと…もしもし……?俺ってば全くもって状況が飲み込めな―――」

「ほな、ド派手に出発と洒落込しゃれこもやないのッ、てなァ!!」

「え、うそっ、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘、それ、ちょっ、だぁぁぁァァァァァアアッ!飛んでる飛んでる、死ぬって降ろせぇッ、この野郎ぅぅッッ!」


 焦り喚く俺の声など非情に無視し、助走を始めたジンタは跳躍すると、更に上空へと上っていく。

 何故足場もないもないのにそんな真似が出来るのか、なんて疑問は浮かんで来ない。

 今は命の安全が大事なのだ。


「ハハハハハハハハハハッ、おら、あんま喋ってると舌噛むでぇ!」

「うっせぇぇぇえ!だったら、てめぇの舌を嚙み千切ってやる。放せ!」

「放したら死ぬけど?」

「チックショ―――ッ!!」


 ◆◇◆◇◆


 ―――15分後。


 やっと降ろされた俺は、大地の偉大さを全身で噛み締めていた。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…ッ。し、死ぬかと思った………」


 もっとも、激しく危険でちっとも快適でない先程までの空の旅を思い出し、四つん這いの体勢で顔を異様に青くさせながらだ…。

 そして、犯人であるジンタは直ぐにどこかへ消えた。


「あ、あいつ…後で覚えてろよ」

「おぉおぉ、中々元気そうやなぁ


 見上げると、悪い笑みを浮かべたジンタが、俺の前で腕を組みながら仁王立ちをしていた。

 俺は半眼になってジンタに言った。


「お前…これのどこが元気そうに見えるよ…?というか、さっきから人間人間って、まるで自分が人間じゃないみたいな発言してんじゃねぇ」

「ん?あぁ、なるほどなるほど、さては勘違いしてるな。―――はんっ、俺様は自立型人工知能を搭載した戦闘用人型ロボットアンドロイド・ジンタ。お前なんぞと一緒とすんな人間」

「…は?」


 自身を親指で指し、ジンタは正体を明かした。

 対する俺は口をポカンと開け呆然としていた。

 それは、今俺の目の前で不敵な笑みを見せているジンタが、あまりに『人間らしさ』に満ち溢れ過ぎていたからである。

 肌や髪の質感、声色、仕草、それら全てが自然で、『ロボットらしさ』を完全に殺していたのだ。

 唯一不自然と言える瞳の色や模様すら、カラーコンタクトでも付けているのだろうと安易に見逃してしまえる。

 いや、

 やっとの事で俺は開いた口を閉じ、そしてジンタに対し尋ねることが出来た。


「…か、仮にそうだったとして、ロボット様が俺に何の用だってんだよ?」

「はぁ…ったく、センスない返ししよって…。ジョークも言えんのか?えぇ、えぇッ?なんか言えや―――って、あたたたたたたたたたたたたたッ!み、耳千切れッ、ギャァァァァァァァァァ!!」


 馬鹿にしたような声と顔で、俺の発言に対して言及してきたジンタが、背後から現れた人物に耳を思い切り引っ張られ気持ち悪い悲鳴を上げた。


「はぁ、まったく…呼ばれてきてみれば何ですこれ。ひょっとして貴方、礼儀作法のデータを勝手に消去したんじゃないでしょうねジンタ?」

「ハハハハハ、それ最高におもろい冗談んんッッ!あっいったァァァァァァァアアッ!!」


 長くつやのある黒髪に黒い瞳。

 深い紫の着物がよく似合っており、何故かその上に羽織っている黒いコートがほとんど気にならなかった程。

 そんな、大人びた風貌の少女だった。

 もっとも、そう呼ぶには俺よりも年上であることは明らかだったし、身長もそれなりにあるのだが、それでもまだどことなくあか抜けていない雰囲気が彼女にはあった。恐らく、まだ20歳はたちは超えていないだろう。

 ジンタを叱り付けていたその着物の少女が、突然俺に目を向けた。

 そして、ジンタの耳から手を放し、姿勢を正すと。


「申し遅れました、私は夢見惑華ゆめみまどかという者です。既にご存じかと思いますが、この者は戦闘用人型ロボットアンドロイドです。大変ご迷惑をおかけしました」

「あ、い、いえ俺は全然」

「ありがとうございます。―――では、中へお入りください。案内致します」


 立ち上がり、俺が言葉を返すと夢見さんが唐突に訳の分からない事を言った。


「えっと、いまいち事情が飲み込めないんですけど……」

「?一応ですが、お名前を聞いても?」

「き、桐島刃です…」

「なるほど…どうやら貴方のお爺様はその辺りの説明を省いたのですね…。いずれにせよ今更嘆いても、後の祭りでしょう、私が中でお話しします。…あぁ、忘れていました。ようこそ、


 その瞬間、俺は初めて今自分がいる場所を確認した。


 ―――俺は特殊攻撃魔導部隊本部の広大な敷地内にいたのだ。

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