クリスタル・ワールド

文月ヒロ

序章:100年前

第0話【終わる世界】と【始まる世界】

 



 ◆―――――◇――――――◆―――――◇



【時刻・西暦2027年、日本時間10月13日午後23時59分】


「わた、しッ…は…。どうして……」


一体、何時からだろう。平穏を、不変のものだと盲信し始めたのは。

力なく崩れ落ちた膝が、湿土の絨毯を無遠慮に踏みつけた。

夜の闇が全てを覆い尽くす。だと言うのに、鼻をかすめる死の臭いだけは一ミリも隠してくれない。

そればかりか闇夜の黒はあまりに脆かった。

唐突に雲の拘束から逃れた月の光が、目を背けていたかった悲惨な現実を、薄く、しかしはっきりと照らし出す。


怯えた視線を、おもむろに下へと向ける。


赤い、赤い、血に染まった赤い両手は、悲しみと後悔に震えていた。

皮膚を蹂躙する水気を伴った深紅の感覚は、時間を置く度に、その存在を知覚する度に、この身に強く痼びり付いていく。

もう消して消えることはないのだ、この手に残った罪の感触は。

例えどれだけ洗って元の肌の色に戻そうと、きっとこの穢れだけは落とせないのだ、永遠に。

絶望が支配する意識の彼方で、誰かの小さな嗚咽が悲鳴へと変わっていくのが微かに分かった。

それを自分の物だと認識するにはさほど時間はかからなかった。

絶叫が続けば続くほど、喉が痛め付けられていく。

口の奥から鉄臭い苦味が迫り上がってくる。

されど、行き場を失った激情は叫びへと変換され続ける。

哀しみに流れる涙も枯れてはくれない。


守りたかった、


この両手は、この結晶に包まれた両手は、誰かを、大切な人達を守るためにあったというのに…。


【時刻・西暦2027年、日本時間10月14日午前0時00分】


この日この瞬間、世界は終焉の光に包まれた。

誰もが無理解のうちに消えて逝く。

そして、同時に。


―――世界は変質と共に、始まりを迎えた。



◆―――――◇――――――◆―――――◇

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