歪になっていく。
@chauchau
まだまだ記録は伸びていく
「これで何回目だ」
「ふッ……、貴様は今まで食べてきたパンの数を覚えているというのか?」
「十二回目、ちなみに本日二回目」
「覚えている者も偶にはいるということだな……」
「それではさきほど戦地に赴く前の彼の宣言をご覧頂きましょう」
「おいやめろ」
「『行ってくるぜ、愛すべき友よッ! 帰ってきたとき俺は……、男として一皮剥けてるってわけだ! あばよッ!!』」
「やめろォォォ!!」
「さすがは演劇部。ナイスな再現力だ」
「お褒めにあずかり光栄です、閣下」
制服が汚れることを構わず教室内で転がり悶える少年を見守るのは一組の男女。男二人に女一人。幼稚園から続く腐れ縁の彼らは誰もが認める幼馴染トリオであった。
とっても元気な運動くん。成績優秀な勉強くん。部活が命な演劇ちゃん。
好きな物も趣味も得意なことも異なる三人はそれでもどうして馬が合うのか、多くの時間を一緒に過ごしてきた。
それぞれにそれぞれの友人が居たとしても、それでも何か大事な時に優先するのは幼馴染であった彼らに初めて大きな変化が訪れたのは高校生活に突入してしばらくのことであった。
「この分だと今週もあたしら三人だけで遊ぶ感じだね」
「わざわざ空けてやっているこっちの身にもなってほしいんだがな」
「まだだ……、まだ慌てるような時間じゃない……ッ!」
「土曜日のホームルームが始まる前のこのタイミングで慌てないでお前はいつ慌てる気だ?」
「彼女は帰宅部だし、すぐ帰っちゃうよ」
「安心しろ、我に策あり」
「内容は」
「今から考える」
「駄目だ、こりゃ」
事の発端は運動くんの忘れ物だった。
それ自体珍しいことではない。月に一回……、いや、五回は発生する定期イベントであるのだが、その時ばかりは事情が異なったのだ。
彼ら三人は同じクラスである。とすれば忘れた物を借りるためには運動くん個人の友人を頼るほかがない。そこで向かった隣のクラスで偶然出てきた少女とぶつかったのだ。
ぶつかってしまえば仕方在るまい。そこに起こるのは恋だけである。
美しい黒髪な乙女ちゃん。
運動くんは彼女に恋をしたのだ。
いきなり告白するのは愚の骨頂。運動くんと乙女ちゃんには接点がないのだから。
ともすれば、まずは目指すは友人関係。お互いの存在を認識し合える関係性を構築することこそ勝利への道であろう。
「二人っきりは難易度が高いとあたし達が日曜日を空けることすでに七週目」
「だが声を掛けること敵わずにUターンすること十二回目」
「なんとでも言いやがれったんだ!」
「へたれ」
「根性なし」
「ケチ」
「間抜け」
「胴長」
「短足」
「シバくぞお前ら!!」
「なんとでも言えと言うから」
「自分の言葉には責任を持ちなさいよ」
「おほほぃ……! そんなに俺を虐めて楽しいか」
「「うん」」
「見てろよボケ共!! 今度こそ今から彼女を誘ってくるからなッ!!」
幼馴染の心温まる声援に、運動くんのボルテージは最高潮へと達する。これこそが友情というものではなかろうか。
勇み進む彼の背中こそまさに戦う一人の男の姿。いや、ここはあえて漢と表現するが正しいか。
「行ってくらァア!!」
「ホームルームだ馬鹿者」
強面講師の攻撃がクリティカルヒットした。
「累計十三回目となるUターンである」
「今のは数えてあげなくても良いんじゃないかな」
※※※
「あれだけ人に迷惑かけて起きながら自分は部活だと飛んでいくあいつの神経は本当にどうなってんだか」
「考えても仕方ないことじゃない?」
「そういうお前は部活は?」
「日直の日誌書き上げたら行く」
教室に居ても飛んでくるほど運動くんの声は大きい。どうやらシュートを決めたようだ。そのあとパスの練習だと言っているだろうが!! と監督の怒号が飛んできた。いつものことである。
「ボールをシュートしている場合じゃないだろうに」
「早いところ決めてほしいよね、ほんと」
演劇ちゃんの字は美しい。
日誌を書く傍で、勉強くんは彼女の手元を眺め続けていた。
「……こういうのもUターンって言うのかな?」
「ブーメランだろ」
歪になっていく。 @chauchau
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