KAC20203 半世紀の時を経て

@wizard-T

生まれ故郷に帰って来たら

「何だよその顔は!」


 喜びをかみしめていた俺に向かってこのカンニング警官は怪訝そうな顔をする。自分で言っといて何のつもりだか、ったく相変わらず無責任な奴だ。




 ※※※※※※※※※




 幼稚園の時からずーっと一緒にふざけ合い、高校生になってからはその時の教師の影響ですっかり幕末研究に青春を費やしたのはいい思い出である。

 確かこいつは新撰組派で、俺は薩長土肥派だった。

 その時お互いに惚れていた、白虎隊に憧れていた彼女を巡る争いに負けちまったのはそのせいにしたい。そして、お互い社会人になると同時に道が分かれちまったのもそのせいにしたい。


 坂本龍馬に憧れていた訳でもないつもりなのに、気が付くと俺は貿易会社の社員になっていた。それを聞くやこいつは海援隊のパクりかよとか笑っていたが、地元で警官をやっているこいつこそ新撰組のコピーだろうに。


 私生活ではカミさんをもらい受け、二人の子どもも作り、そしてその子どもも無事巣立たせてやった。

 でもまあそんな所に務めたもんだから、それこそ世界中を相手にして来た。その過程で金を稼ぐと共に強面と言われ、仕事の鬼と言われ、鬼軍曹とも言われるようになった。


 そんな俺に会社は、とんでもない花道を用意してくださった。







「ずいぶんとまあ、緑の多い場所ですね」


 皮肉かほめ言葉かはわからない。海外には行ったが日本では首都圏から出なかったカミさんからしてみれば、こんな場所はたいていこの一言で済むのだろう。

 これからあれがないこれがないとと言う愚痴を聞くのが、あと数年の仕事を終えた後の俺の主な仕事になる。

 必死こいてローンを返し終わったマイホームをわずか数年で息子にくれてやり、家賃の安さが取り柄の小さなマンションの隅っこでひっそりと暮らすのもまた人生なのかもしれない。

 バブル時代に出て行った時には見向きもしなかったはずのちっぽけなその「新築マンション」は、青春時代の空気を無理矢理とどめ置きながら建っている。


 四人の双親は共に亡く、還暦にもならない内に一家最年長になってしまった俺の会社員としてのおそらく最後の仕事。

 それは実家から二十分足らずの支店長というポストだった。



 完全な旧家と化した実家は俺の親の死と共に必要な物だけ運び出して土地ともども他人にくれてやり、今ではその痕跡は何にも残っていない。

 それでもなお、サラリーマンとして故郷へ錦を飾って帰って来たつもりの俺としては不思議なほどその場所に愛着を感じる。


 そんな築二年の家から、俺達はあっちこっち歩き出した。

 

「地方都市とか何とか言うけどな、これでもそれなりには風情ってもんはあるよ」

「全国チェーンばかり目に付きますけどね」


 カミさんの言う通り、確かにどこもかしこもマイホームの側にあったのと変わらない店ばっかしだ――名前だけは。

 そんでも俺にとっては、それぞれがみな人生のどっかの一ページだった。


 例えばこのコンビニ、今は全国四ケタ店舗数を誇っている店は昔駄菓子屋だった。

 そこで金をコツコツためて棒付きのアイスをひっそり買って、かぶりついた途端に落として泣き喚いておふくろに男だろって怒鳴られたのもいい思い出だ。


 それからあそこの公園だって、中学生になるまでずっと仲間たちとはしゃいで駆け回って五十回以上あっちこっちを擦りむかせた場所だ。

 そう言えば中学を出る間際に戦隊ヒーローとかが始まって、弟たちにかこつけて仲間たちで色を取り合った事もあった。みんなが赤や青になりたがる中、黄色やピンクを請け負ってくれたふたりは今思うと本当にいい奴だ。



「もう私も五十半ばを通り過ぎましたがね、今日は一段と老けた気分ですよ」

「俺は老けたよ、お前は違うが」

「まあそれであなたが満足するのならば良いのですけど」


 貴重な休日を一日潰してまで夫の道楽に付き合わされる妻ってのは、あるいはものすごくかわいそうな人種かもしれない。

 今度は俺がその妻のために一肌脱いでやろうかと思っていると、また時間をつぶしたくなる場所が目の前に現れた。


「そういやあいつここにいたんだよな」

「あいつって、あなたのお友だちですか」


 ちんまりとしたコンクリート作りの、ありふれた交番。昔からずーっとお巡りさんがいて、道行く人に安心感を与えていた。そこにあいつが来たって聞いた時には、俺の故郷は大丈夫なのかよって苦笑いもした。

 とりあえずそんなに変わらない街並みという何よりの証拠が、あいつが真っ当に職務をこなしている事の何よりの証拠なんだろう。



 だが当たり前かもしれないが、あいつはそこにいなかった。

 若いお巡りさんが、今ひとつ笑顔を浮かべながらじっと中年夫婦たちを見つめているだけだ。ずーっと前から捕まっていなさそうな指名手配犯の写真と振り込め詐欺に注意せよと言う二枚のポスターを横目に、俺はカミさんの機嫌をどう直そうか考えようとした。



「おい寝小便垂れ!」




 そこにいきなり、警官の制服を着た男の声が飛び込んで来た。

 おそらくビクッとしたカミさんに悪いだろうなと思いながらも俺は声の方を向き、そして大笑いした。


 予想外に増えなかったシワと白髪、そしてごつくなった手。

 それを取っ払っちまったら高校の時から全然変わってねえ。

 ユートーセー気取りの悪ガキに警官の制服を着せてやったようなあの時のまんまだ。



※※※※※※※※※




 ちょうど半世紀前、親の仕事の都合とか何とかでこいつが家に一泊したその日。

 よりにもよって二年ぶりに俺はやっちまった。

 まだそれこそ尻叩きとかがしつけの名で通ってた時代だ、尻だけじゃなくちんこまでこいつに見られちまった。小二にして人生最大レベルの不覚だ。


 それからと言う物、とっとと白状して三日で消えたはずのこの噂をこいつは中学になってもずーっと言ってた。俺の大きさがどうとか、ワーワー泣いてたとか、ったく本当によく覚えてたもんだ。

 俺も負けずに言い返してじゃれ合い、時には殴り合いのケンカもしたけど後味はまったく悪くならなかった。

 こんなんが成績ではツートップなのかよって他の奴らにはさんざん言われもしたけど、俺はよく知ってるんだよ。




 中学三年生二学期の期末テスト、それこそ進路を決めるような大事な大事な戦いの時。


 それこそ塾通いもして必死こいて勉強したせいで、見直しもしてあとは時計が鳴るのを待ってただけの俺の答案をじーっと見ていたこいつを。





 たぶんこれまでにも似たようなことはあったのかもしれねえけど、ずーっとうまく逃げ切って来たんだろう、誰にも見つからずに。




 いつか痛い目に遭うんだろうなと思いながらなんとなーく見逃し続けた結果、ついに高校を出るまであいつはごまかし続けることに成功しちまったんだよ。




「お前何しに来たんだよ」

「ここの支店長になったんだよ」

「ったくまあ、東京から放り出されて来た訳か、ハハハハ」

「栄転だよ、凱旋だよ!お前こそこうして凱旋して」

「こちとらずーっと交番勤務だよ、一筋四十年だからな」


 実際にまあ、俺が支店長になれているのに対しこうやってずーっと田舎のお巡りさんをやっている以上バチは当たってるのかもしれねえけど、この野郎と来たら実に幸せそうな顔をしてやがる。


「ああわりいわりい、カミさんの都合があるんで」

「おいおい、カミさんにおしめを換えさせるようなマネだけはすんじゃねえぞ」

「お前こそ」

「あなたってそんな顔もできるんですね」

「お前には結構甘い顔もして来たつもりだけどな」

「意味が違いますよ、意味が」


 カミさんも笑った。作り笑いって言うより男なんていつまで経ってもガキだなって言う笑いだけど、とにかく笑うに越したことはない。



 とりあえず、この場所で最後の炎を燃やしてやろうと言う気分になれただけでも今日は有意義な日だ。

 まあ炎を燃やすと言っても、先に燃え尽きてやるつもりなんかみじんもないけどな。このカンニング野郎より先にはな。





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