さみしいなにか【a】

瀞石桃子

第1話


明日の昼、地球に隕石が衝突する。


月と匹敵するほどの大きさで、軌道的に、かすめるというレベルではないらしい──直撃なのだと。宇宙最大級のビリヤードは地球を何処へ弾くのだろう。

先人達の積み上げてきた物理法則、衝突を機に再構築されなきゃいけない。そも、私たち人類が生きているかどうかすらアヤフヤで、第一宇宙速度で天まで投げ出されて宙の藻屑にされるんかもしれん。


「S子、知っとるか。隕石な、大阪の四條畷っちゅうところにぶつかる言うとるで」

「ぎょうさん聞いたさかい、もう言わんでええねん」


隕石到達予想の報道が出た際、世界のメディアがのべつ幕なしに四條畷のことを取り上げた。

日本の大阪府にあって、人口はどうで、何が有名で、とか、益体のない情報にウンザリだった。ぶつかったらそこは跡形もなく消滅するのが関の山なのに、やれ、可笑しな話だ。


「日本なんて遥か遠い国のことやからピンと来ーひんけどな、俺は明日から、その日本のために死ぬほど働かなんといかんのやなあ、って」

「そら、王子なんやからしゃーないわ。メソメソ言わんと早よ寝え」


そう言って尻を叩く。ハリがあり、いい音がした。彼は王子の身分で公務やら多忙な日々を送っているが、みずからの健康を維持するために毎日運動をしていて、まあ私が言うのも変だが良い身体をしている。


「明日から数週間もS子に会えへんのやで。ご無体わぁ、辛抱たまらんで」

「なん、私が恋しいんか。言っとくけど私、まだそんな準備できてへんよ」

「準備ってなんやねん。愛する二人の間に何を見繕う必要があるんや。補正予算でも付けてくれるんか」

「そんなんやないねん。今日が最後の日やもん。するならするで良さげな雰囲気をやな...」


「なにトボけたこと抜かしてん。今日で終わるわけないやろ。世界は明日も続くんや。べそかいても朝日は昇るし、夕陽は沈む。夜はごはんを食べるし、恋人はダンスを踊る。遠くに困ってるモンがおるなら、手を差し伸べる。お前も一生守る。この『当たり前』は簡単に壊れたりせん。無論、壊させたりもせん」


王子は立ち上がってそう言った。

私には正直途中から聴くだけの元気が失せてしまったが、全部を当たり前の中に引っ括めて生きていこうとする彼のことをとても逞しいと思った。

同時に、愛おしかった。


「S子なあ、なに自分からくっついてきてん。己は磁石なんか? S子だからS極なんか?」

「何も言わんとセックスして」

「無茶な要求やで、それは。今何時や思ってん。12時過ぎとる」

「じゃあこうする」


そう言って、私は棚に置かれた時計の秒針を1時間分巻き戻した。これでまだ22時12分。


私はあなたとまだ居たいのだ。

いつまでもあなたの中に居たい。


世界が明日続いても、あなたとの時間が続くとは限らないから。

ならばせめて、あなたと居られる時間は少しでも長く。長く。永く。


彼の顔はやれやれ、といったふうで眉根が八の字になる。懲りない女、とでも思われたかもしれないな。

でも、今日くらいは神様、赦して呉れないか。

彼はひとつため息をつくと、私に覆い被さるようにキスをしてきた。


「後でちゃんと戻しとけよ」


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さみしいなにか【a】 瀞石桃子 @t_momoko

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