すったもんだ
グラウンドにあった僅かな西日は、「さようなら」と手を振って、これから大事な約束事があるみたいに愛想もなく沈んでいった。
陸上部員は、「きいきい」叫ぶ声だけを頼りに、それらしき影に返事をして後片付けの最中でした。
「疲れたねー」
ちびの小春ちゃんっぽい影は言いました。
「『バレンタイン』の復讐か……顧問の奴」
ぜえぜえ言ってる千奈美ちゃんは、ハードルを持って殆んど平衡感覚を失くしていました。
部室で着替えたあと、ちびの小春ちゃんにせがまれて駅まで千奈美ちゃんは一緒に歩きました。
反対方向のちびの小春ちゃんは、一足先に電車に乗って運ばれて行きました。
「今年はさいこうの『バレンタインデー』だった」という言葉をホームに残して。
でも、千奈美ちゃんはぜんぜん最高じゃありませんでした。その気持は電車に乗ってからだって変わりません。
「これもぜんぶ司馬のせいだ……憎い、憎いぞ司馬……」
ドアを無意識のうちに蹴ってしまいます。ごつん、ごつん、重たい音がレールの喧噪に負けないぐらい車内に響いていました。髪の毛を「わしゃわしゃ」する。そして、またドアを、ごつん、ごつん。
周りの乗客が引いています……。
荒ぶったアッシュベージュの髪の毛は「妖気」が立っていました。
「うう……司馬、司馬、司馬……」
銀色の棒を握りしめ、窓に映った自分の顔に「ガン」を飛ばして、どうやったって勝負のつかない睨み合いは最寄りの駅を三本通り過ぎるまでつづくのでした。
下車してからも構内を歩いている千奈美ちゃんは唸っていました。
「あれー。やっぱり千奈美だ」、追い越していった女子高生が突然振りかえって言いました。「どしたの?」
ノッコでした。「鼻息荒くして」
確かに、千奈美ちゃんは、「ふんふん」言っていました。
「梨月んとこでしょ」
「うう……」
図星です。
「家知ってんの?」
そうなのでした。千奈美ちゃんは、首を横に振りました。司馬くんの家も知らずにここへ来たのでした。
「じゃあ一緒にいこっか」
千奈美ちゃんは、遠慮ぎみにうなずきました。
ノッコは駐輪場から自転車を出してきて押して歩きました。千奈美ちゃんと一緒に。
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