第7話 取材十一日目(処刑日)、執行
巨大な宇宙船。
その船の内部には、空中庭園があった。
宇宙的に有名な歌手のライブや、スポーツの決勝戦で使われるものだ。
中央にある広い舞台を囲う形で、周囲に数万人が座れる観客席がある。船の外装は透明性の高い高強度ポリマーで覆われている。船外から、内部の状態が分かるつくりになっている。
その中に、武装した天使たちが並んでいる。何百人もいる彼女たちは、かなり高位に位置する力ある天使なのだろう。警備体制の事前説明会では、魔族が総力を挙げても撃退できる戦力を終結させると言っていた。
舞台の中央には、二人。剣を持った女性が立ち、そのすぐそばには、鎖で両手と両足を拘束された男がいた。男はスーツを着ていたが、それはどす黒く変色した血によって汚れている。
普段、数十人のアスリートたちが肉体の限界を競う大きなフィールドは、静まり返っていた。
公開処刑。
後に
リアルタイムで掲載された視聴率は九十%を超えている。
それはそうだろう。半神であるジークフリートの姿と、魔王の姿が公開されることなど前代未聞なのだ。加えて処刑という大イベントである。注目しない方がおかしい。
私も、取材を行う前だったらよだれを垂れ流して処刑画面に食い入っただろう。
知らなければよかった、と思う気持ちと、知っていてよかった、という気持ちとがせめぎあっている。胸がむかつく。
今回はとても、楽しむ気にはなれなかった。
処刑は、裁判という形式をとっている。
裁判長という名目の天使が、魔王の罪状を延々と読み上げた。
「言い残すことはあるか?」
剣を持った女性――ジークフリート――が尋ねる。
その剣はたぶん、神話に
彼らの会話は、指向性マイクで拾われて全宇宙に配信される。
宇宙各地にあるマスメディア用に特設されたブースの中。私は今、生中継で処刑の様子を見ている。
胸が苦しい。締め付けられているかのように。
心臓が静かに脈打って、肺がゆるやかに収縮する。息を吐くたびに、喉がつかえる気がする。息を吸うたびに、吐き気めいたむかつきが喉元から心臓へ広がっていく気がする。ストレスのせいだ。心因性だ。
それなりに親しい相手の不幸に触れるとき、いつも私はこうなってしまう。
おかしいな、と思う。
出会ってからたった十日足らずなのだ。
魔王様とは、さして親しいわけではない。そもそも会った動機は“こいつが死んじゃう時の負け惜しみの顔と台詞を見たい”という、とても
今は違う。死んでほしくない。
このまま殺されるのはおかしいと、そう思う自分がいる。
「強かったなあ……」
魔王が、静かに口を開く。
昨日、喉元を
肉体を再生させたのか、体内に侵入した蛇を殺して取り出すことができたのか。それは私ごときには分からない。私に分かるのは、魔王が苦しそうにしていないことだった。顔色は悪く、足どりからは弱ってはいるのがみてとれる。けれども、昨日の
「強かったよ。頭が回り、カリスマ性もあった。極めつけはたらしこむスキルの高さだ。さしもの私も、自分の娘が二人も
「何の話だ?」
「勇者の話だよ。
「だから、何の話をしている?」
「私としたことが、うつ状態になっていたのかもしれん。竜族が天使どもとつるんで“今度こそ許せん。お前を処刑する”と言った時、まあクソどもはともかく竜族が言うのなら仕方がない、そろそろ死ぬのも悪くないかもな、なんて考えて。大人しく刑を待ったらこのざまだ。つくづく、してやられた」
「長い遺言だな。そろそろ執行するぞ」
「残念だなあ……」
魔王が、く、く、く、と口を閉じたまま笑う。
「無理だ。君には無理だよ。私をどれほど弱らせようと、どれほど追い詰めようと。どれほど強い武器を天使から貸し与えられて、どれほど努力してそれを使いこなせるようになろうとも。君には無理だ。私はおろか、前の勇者にすら及ばない。こうして間近で見ればすぐに分かる。格が違う」
「……」
無言で、ジークフリートが魔剣を振り上げた。
魔王は両脚に枷をつけられて、ひざを折った姿勢。両手は背中に回されて、脚と同じく枷をつけられ、動けないように拘束されている。
今の魔王は、魔力を吸うという鎖で力を封じられた状態だ。
筋肉や骨だけの強度で、魔剣の一撃を防げるわけがない。
魔剣が、必殺の魔力を注がれ、
ギロチンの刃のように、魔王の首めがけて剣が振り下ろされる。
たった一秒未満のできごと。
一瞬が数回だけ連なる程度のその短い間に起きたことを、私はきっと生涯忘れないだろう。
魔王の首筋に、刃の切っ先が触れる。
触れた瞬間に、“黒”が広がった。ドーム型宇宙船の全面を覆う透明ポリマーが黒く染まり、周囲にある宇宙の闇と一体化する。
宇宙船内部に設営されたカメラ、そこから送られる生中継の映像も同じく黒い。
画面が暗転するというアクシデントに、報道ブースのみんながざわついている。
生中継の映像が切り替わったが、映されているのはやはり闇だった。カメラがすべて死んでいるらしい。
「はっ!」
大きな、張りのある女の声がスピーカーから響いた。
「はははははははははは! やった、やったぞ。何が俺には殺せないだ! 馬鹿め、最期の言葉が負け惜しみか。はははははははは、ざまあみろ!」
「……っ」
頭から、さあっと血液が引いていく。吐き気。立っていられない。脚が震える。ひざが曲がる。身体がその場に沈む。へたりこんでいた。
その場にいる誰かが、私の肩を叩いたんだと思う。
何かを言われたと思うが、私には聞こえない。
「立ちくらみしただけです。大丈夫です」
「ははははははははははは、ひゃひゃひゃひゃ!」
馬鹿笑いをする女の声が、耳につく。
うるさい。うるさい。うるさい。黙れ。
「えー。マイクテスト、マイクテスト。こちら、処刑実行委。こちら、処刑実行委。只今のアクシデントについて説明します。只今のアクシデントについて説明いたします。魔王の
黙れ。天使どもが。
ここにいる記者連中もだ。にやにや笑っているんじゃねえ。
くそ。腹が立つ。ああ、腹が立つのだ。
ジークフリートでもない、天使にでもない、周りで魔王の死を祝福している同業者連中にでもない。誰よりも自分自身に対して。
きっと、いや、間違いなく私も同じことをしていたからだ。
取材をしていなければ、笑っていた。
魔王が処刑されたと聞いて、宇宙のクズが一匹消えたと喜んでいた。
「残念だなあ……」
小さく、ぽつりと、誰かが呟いた。
「惜しいところまで行ったのにな。実に残念だ」
誰だよ。不謹慎な感想をつぶやく馬鹿は。
腹が立った。
中継を伝えるスピーカーが、視線の先にあった。
く、く、く、と。
口を閉じた状態での、くぐもった笑い声が聞こえてくる。
「え」
私は思わず、意味のない声をあげた。
黒い霧が晴れていき、映像が生き返ってゆく。
勝ち誇り、
その傍らには、傷一つない状態の魔王がいた。
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