第6話 取材十日目(処刑前日)、最後の取材
幻滅した。
あれが列強種の一角である竜族の、
ジークフリートとの会話は、私にとって不愉快で不快で不毛なものだった。話せば話すほどに嫌悪感を募らせる経験は、相当昔の記憶をたどらないと思い当たらない。
延々と、悪口を聞かされた。
今の魔王がいかに
仲間を殺された、か弱い人間を虐げている、道義に反している、暴力で宇宙を支配しようとしている、うんぬんかんぬん。
五分ほどでひとしきりの愚痴というか悪口が出た後は、同じ話が延々とループしたのでひたすら退屈だった。知っていることばかりだったし。
私は仮にもジャーナリストの端くれで、取材対象たる魔王の治世はそこらの学者と議論できる程度には調べているのだ。
まあ、それはさておき。
ジークフリートほどの大物が私なんぞに目をつけて、何をしようというのか不思議だったがすぐにわかった。
今、私の鞄には、呪具がある。
ジークフリートから受け取ったものだ。
それは宝飾品であり、手のひらに少し余るくらいの大きさの小刀でもある。柄にはめられたルビー色の宝石は、魔性の属性を持つ者の力を弱めるらしい。
魔王にこれを渡せと言われた。
名目は何でもいい。仲良くなった印に、とか、形見に私の大切なものを、とか。そういうことでいいと。
今の魔王は神をも縛る鎖で封ぜられているが、処刑するとなるとさらに力を抑え込む必要があるらしい。万全を期してだ。そしてそのために必要なアイテムがこの呪具の小刀であり、魔王に持たせることで効果を発揮するらしい。
なんというか……。
あまりに、その、ガバガバ過ぎる計画というか。
いちおう従うふりをして金を受け取ったが、私が裏切ったらどうするのか考えているのだろうか。それに、あの魔王がすんなり騙されて呪具を受け取ると思っているのだろうかとか。つっこみどころしか浮かばない。
「失礼します」
私は、魔王が軟禁されている部屋へ入る。
竜族に従ったふりをしたものの、魔王を裏切るつもりはない今の状態。二重スパイ、という言葉が頭をよぎる。まさか自分がそうなるとは思ってもみなかったが。
魔王は、いつも通りだった。
明日に処刑を控えているというのに、彼女は気負う様子が微塵も感じられない。動揺も、悲しみも、後悔も怒りもない。
両手と両足に枷をつけられながら、その威厳は覇王の格を備えていた。
「依頼は、遂行、できたようだな……」
「?」
魔王の声がかすれていた。
心なしか、呼吸の音が妙に苦しそうに聞こえる。ぜんそくを
鎖をつけられた腕が、会った時よりもやつれている。ひと目で分かるほどに筋肉量が落ちている。
「陛下、体調がすぐれないのでは?」
「そうか。卿にも分かるほどまで衰えたか。ああ、そうだ。少々辛い。この鎖、つけているだけで力を吸うつくりになっておるのよ」
ひどいことをする。
私が取材を開始する前から――おそらく捕らえられてからずっと――魔王は鎖でつながれていた。それは逃亡を防ぐためと思っていたが、処刑の前にできる限り魔王の力を弱める狙いもあるのだろう。
「そう気にするな。気にされたところでどうなるものでもない」
「すみません。頼まれた件、裏が取れました」
「うむ」
「時間がないので単刀直入に。主犯は竜族の副当主ジークフリートでした。アポイントをとって話をする機会があり、本人が認めました」
「そうか」
「彼より、陛下へこれを渡せと言われました」
私が預かった小刀を取り出して見せる。
「ジークフリートから口止めされましたが、申し上げま――」
竜側につけと脅迫されたことと、今私が持っているものが呪われた装備の一種であることをつまびらかにするつもりだったのだが。
魔王が、手をあげて私の発言を制した。
「いい。言うな」
鋭い声だった。
「それがどういうものかは見ればわかる。言えば
「すみません」
「しまうな。受け取ろう」
「へ……? あ、いや、不味いですよ」
この小刀を渡せば、魔王の力はさらに抑えられる。そんな状態で、処刑にあらがうことができるとは思えない。それとも、諦めて死ぬ気なのか。
「構わん。そのナイフを見て全て分かった。いや。一応確認しておこう。ジークフリートの姉、神崎沙理亜殿は今、どこにいるか調べたか?」
「調べましたが、五百年ほど前から消息不明です」
「ジークフリート殿も、少し前までそうだったのではないか?」
「はい」
「率直な意見を聞きたい。ジークフリートを間近で見て、印象はどうだった?」
印象。
間近で見た印象。
そんなもの、決まっている。
「そこらにいるチンピラみたいでした」
「ああ。そうだろうな。くそ。……私としたことが、あまりに……!」
「?」
どうしてだろう。
魔王様って、こういう悔しがり方をする人だったのだろうか?
「いい。気にするな。今は多くは語れぬ。それをよこせ」
「駄目です」
私は鞄に小刀をしまい、後ずさった。
「ここにきて私の命を守りたいとか、そんなことでしたらお気遣いは無用です。甘く見ないでいただきたい」
どうせ私も口封じに殺されるのだ。腹はくくっている。
「それもあるが、そういうことではない。何と言えばいいのか。そういうことではないのだ。くそ。頭が重い」
「何が違うのですか。このまま私がこれを渡せば、私が貴方を殺すのも同じことです。絶対に嫌です」
「違う。確かに私は明日、死刑執行を受けるが……ああ、そうか。卿にはこういえばいいのか」
「何を言われても渡しませんよ」
渡すふりをして、こっそりと捨ておくつもりだった。魔王に見せたのは、ジークフリートが犯人だという証拠材料としてだ。
「不愉快なチンピラが死ぬ時の気持ちを聞きたくはないか?」
「…………」
私は、秒速で、さきほどしまった小刀を取り出し。
抑えようにもどうしようもなく沸き起こる
「うむ。清々しいほどのクズだな」
「お褒めに預かり光栄です」
下種い笑いが止まらない。いや、さすがに笑い声は立てんけど。
「聞かせていただけるので?」
「事の真相が、私の見立て通りだったらな」
魔王が呪いのナイフを手に取った。
ナイフが生き物のように動く。一瞬の出来事だった。私の目の前で、衰えているとはいえ筋骨たくましく大きな魔王の手の中で、手渡した刃は白い蛇へと姿を変えた。
「ぐ……っ!」
枷で両腕を繋ぎ止められた魔王が止める間もなく、蛇の身体が大きくしなると魔王の頸部に牙を突き立てた。
「ぐ、ぐ、ぐあああっ」
魔王が、歯を食いしばる。蛇は構わず、魔王の喉笛を突き破り、体内に潜り込んでいった。
「~~~~~っ」
魔王が身体を震わせた。のたうち回りたくなるほどの激痛なのだろう。彼を拘束した鎖がさざ波をうち、じゃらじゃらと鳴る。
「陛下っ!」
「寄るな!」
鋭い声。同時に、魔王の“圧”が有形の力となり、私の身体から自由を奪った。
仮面の下にある顔が、歪んでいる。魔王の胸、肺のあるあたりが、服ごしにわかるほどに不自然に脈動を打っていた。
「これしきでは死なん。くっ……ほんの少し痛いだけだ」
言葉の合間に、吐血が混じっている。比喩ではない。本物の血だ。
「しかし……」
言いかけて、自分には何もできないことに気づく。
大丈夫ですか、とか。問いかけてどうなるわけでもない。気を確かに、なんて気休めを言ってどうなるわけでもない。医者を呼んでも、どこまで処置されるのか。そもそも明日に処刑をされる身分なのだ。
「少し前に、ぜぇ、似たような拷問を人間にしたことがある。他人にやるのはよくて自分がされるのは許さん、など通らんよ。ぐ、ぬ……」
首から流れた血が、魔王の服を汚していく。
「医者を呼びます」
「よい。下がれ。ぐ、ごふ」
首に穴が開き、大量の血が流れている。それだけでも普通の人間なら即死するほどの傷なのに、さらに内臓を食われている者を前にして、何もしないわけにはいかない。
「呼ぶだけは呼びますから」
問答する時間が惜しい。私は駆け足で部屋を退出すると、魔王を軟禁している責任者の天使に状況を伝えて医者を呼ぶように掛け合った。
私の話を聞いた天使は、鼻で笑いくさりやがった。
「魔王はミンチにされたところで死にませんよ」
だってよ。くそ。どいつもこいつも。
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