道路

ラケット

道路

 運転席に座り、一人きりの道を走る。

 明かり一つない、真っ暗で真っすぐな道。


 ずっと何かに追われている気がする。

 何に追われているのかは分からない。

 が、確かに何かから逃げ続けている。


 頼りないライトで照らせるのは、せいぜい数メートル。

 スピードを出すのは怖いが、ブレーキを踏むことはできない。

 決して止まらないようにと、教わった気がする。

 誰にそう教わったのかは思い出せない。

 けれども、確かにそんな気がする。


 ガンッ!


 突然、車体が何かにぶつかった。

 それはとても重く、車は止まってしまいそうだ。

 だがこんな時でも、アクセルを踏むことしかできない。


 暗くて、何にぶつかったのかは見えない。

 それを押しながら、車はゆっくりと進む。


 ガコッ。


 車はそれに乗り上げた。

 そのままガタガタと進み、ついにそれを乗り越えた。


 やった。

 また元の平坦な道路へ戻った。

 真っ暗な道をひたすら直進する。


 ドンッ!

 グシャッ。


 何かを轢いた手ごたえがあった。

 何を轢いたのか、気にしている余裕はない。

 ここで止まるわけにはいかないのだ。


 ガンッ!


 また何かにぶつかった。

 今度のそれはとても大きく、この車の馬力ではびくともしない。


 成す術なく、ただがむしゃらにアクセルを踏み込んだ。

 やはりびくともしない。

 タイヤは空回りしている。


 試しに、ハンドルを切ってみた。

 曲がるのは初めてだ。

 車体は右向きに進み始めた。


 ある程度進んだ所でハンドルを左に切り、車の向きを真っすぐになおした。

 再びアクセルを踏み込み、加速する。


 ブゥゥン……。


 前よりも速く走ってみる。


 突然、バックミラーに何かが映った。

 車のライトだ。

 それはだんだんと近づいて来て、右隣に並んだ。


 しばらく並走する。


 その車はやがて、大きく右にそれていった。

 だんだんとライトは小さくなり、そして見えなくなった。


 離れていくとき、パッシングされたような気がする。

 それがどんな意味を持つのか、考えてみたが分からなかった。


 キーッ!


 やむを得ず、急ブレーキをかけた。

 ライトに照らし出された前方の道路には、道が無かった。

 正確には、地面そのものがなかった。


 崖、とでも言うのだろうか。

 とにかく、これ以上前へは進めない。

 この道は間違っていたのだろうか。

 このままここへ落ちて行けば、目的地にたどり着けるのだろうか。


 サイドブレーキを引き、ギアをパーキングに入れた。


 直進すること以外、自分は何も知らない。

 思い返せば、ハンドルを切って障害物を迂回したことが一度だけある。

 だが、それはあくまで直進するための迂回だ。


 ひたすら前へ進むことが正義だと、ずっと教わってきた。

 例え崖の底へ真っ逆さまでも。

 身を滅ぼす結果が見えていても。

 直進しなければいけないのだろうか。


 ふと、バックミラーを覗いてみた。

 何も追ってきていない。

 しばらく停車していたが、追いつかれる気配がない。


 なんだ、何も追ってこないじゃないか。


 今まで、一体何から逃げていたんだろう。

 なぜ真っすぐにしか進んでこなかったのだろう。


 そう言えば、かつて並走したあの車、右に進んでいたな。

 この真っすぐな道路の他にも、道があるのだろうか。


 少し戻ってみようか。

 もしかしたら、新たな道を見つけられるかもしれない。

 少なくとも、このまま崖に突っ込んで廃車になるよりはマシだろう。


 ギアをリバースに入れる。

 初めて、車をバックさせた。

 崖と十分な距離を取る。


 このくらいでいいだろう。


 ドライブに戻し、ハンドルを目いっぱい切って転回する。

 初めてのUターン。

 車体は180度逆の方向を向いた。


 突然、右方向から微かな光が差した。

 闇の中に、細い脇道がいくつも浮かび上がる。

 一本しかないと思っていた道路は、こんなにも分岐していた。


 直進だけじゃない。

 カーブもバックも、Uターンだってできる。

 この車でなら、どこへだって行ける。

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