130話【油断大敵】



油断大敵ゆだんたいてき


 【聖騎士エミリア】たちが軍行ぐんこうしていたその日の夕刻ゆうこく

 朝から昼までは何事もなかった王都、宿屋【福音のマリス】。

 そのロビーで二人の女性が、何やら話をしていた。


「では、そのドロシーさんにお願い出来ますか?」


「かしこまりました……時間はこの時間で?」


「はい。それでお願いします」


 一人はカウンターの中、緑のエプロンドレスを着た女性。

 メイリン・サザーシャークだ。


 もう一人はこの宿の客で、団体様の一人。

 オルディア・コルドーと言う名の女性だった。


「では、時刻になりましたらお食事をお届けいたします」


 メイリンは深く頭を下げ、オルディアに言う。

 オルディアもうなずき、礼を言うと大部屋に戻って行った。


「……ふぅ」

(ホント不思議ふしぎな団体様ね……)


 宿でお気に入りの従業員スタッフ世話せわを頼むのはよくある事だ。

 しかし、自分ではなくドロシーに頼みが言った事。

 正直言えば複雑な気持ちもあるが、助かっている点もある。


「……さて、食事の用意をしないとねっ」


 団体様の食事を用意するのは、唯一メイリンの仕事だ。

 もしメイリンが様々な雑事を頼まれていれば、上手く立ち回る事が出来ない可能性もあった。

 そう考えれば、何も不自然な事を考える事など無かったメイリンだった。


 しかし。

 そうは考えない者もいる。


 柱の陰に入り込み、先程の二人をジッと見ていた少女。

 その薄い影は、まるで存在を薄めているように。

 メイリンがパタパタと厨房ちゅうぼうに向かうと、スーッと陰から出て来た。


「……わざわざドロシー殿を指名する理由はなんだ……?特に用があるとき以外、あの客人たちは部屋から出てこない……それならば、別段メイリン殿でもいいはずだ。始めに対応したのがドロシー殿だったから?」


 それを言われてしまえばすべて意味がない。

 だから直接聞くことは出来ない。

 自分に今出来る事は、監視かんしする事だけなのだと言い聞かせて、【忍者】サクヤは影に入り込んでいく。


「ダメだなわたしは……一度うたがわしいと思ってしまえば、つい疑心暗鬼ぎしんあんきになってしまう。だが……それが主様あるじさまの為になるならば……」


 完全に影と一体化したサクヤは、忍術【影移動】で、そのまま影と影を移動する。

 つかえるべきあるじ弊害へいがいを取り除くために。





 パタンと閉じられた大部屋の扉。

 それを確認して、客である少女はため息をいた。


「よかった。オルディアさん……何事も無くて」


「ええ。リューネさん……」


 オルディアも、「ふぅ」と息を安堵あんどする。

 宿での行動は極力きょくりょくけねばならない。

 特に、エドガーに顔を知られているリューネとレディル、エリウスは動けない。

 ならば、動けるのは一般人でもあるオルディアと言う訳だ。

 一応異世界人であるノインも動けるのだが、念には念を入れて大人しくしている。


「おいリューネ。だから言っただろ?堂々どうどうとしてりゃ、案外分かんねぇもんだってよぉ」


 ソファーに寝そべりながら、レディルが言う。

 が、リューネは。


「――レディルさんが堂々どうどうとし過ぎなんでしょ!」


 キーっ!と楽観的らっかんてきなレディルに目を吊り上げるリューネ。

 レディルは変わらず寝そべって「けっ」とそっぽを向く。

 そのまま背凭せもたれ側に向かって、いびきき始めた。


「……まったく。どうしてこうなんでしょ。あ……すみませんオルディアさん……」


「いえいえ……お食事は頼みましたし、後はゆっくりしましょう」


 そう言ってオルディアは、眠るエリウスのそばに行き様子を見る。

 隣ではノインも、身体を丸めて眠っていた。


「……そ、そうですね……」


 リューネは不安そうにしながらも、椅子いすに座ってその様子を見る。


(……なるべく干渉かんしょうするなとは言ったけど、エドガー君もローザさんも出て来ないのが気になるのよね……)


 宿の主人であるエドガーは、絶賛“召喚”に向けて大忙し中だ。

 本人は挨拶あいさつをしようとしていたが、止められていたのだ。

 ローザも忙しいのはエドガーと同じであり、特に地下にいる事が多いうえ、一番エミリアの事を心配している。

 槍の“召喚”を一番にのぞんでいるのは、案外ローザなのかもしれない。


「――あ。エリウス様……」


「えっ」


 オルディアのその声に、リューネは立ち上がってベッドに向かう。

 エリウスが目を覚ましたようで、かめに入れられた水をコップに入れる。


「起きれますか?」


「……ええ、平気よ」


 エリウスはささえようとするオルディアを制して、力を入れて自力で起き上がる。

 リューネが持ってきた水を一口ふくむと、一息き。

 隣で丸くなるノインの頭をでた。


「……ノインが、わたくしに魔力を分けてくれていたようね……」


「――えっ!?」


 自分の手の平をまじまじと見て、にぎる。

 おどろいているリューネの手をつかんで力を入れると。

 今まで弱っていたのが不思議ふしぎなほど、握力あくりょくが戻ってきていると感じられた。

 そして掛けられていた毛布をめくると。

 自分の足に、ノインの尻尾が巻きついているのが目に入った。


「まさか……それで魔力を?」


「そうかも知れないわね」

(と言うよりも……魂、かしら……)


 エリウスがでる手を、くすぐったそうにつかみ身をよじる。


「……無茶をさせたようね……」


「もしかして、ノインさんはずっとエリウス様に魔力を分け与えていたのでしょうか……」


 エリウスが倒れてから、ノインはずっと隣で眠っていた。

 まるで主人を守る、忠義ちゅうぎある獣のように。


「リューネ。あの馬鹿レディルを起こしなさい……出来る限り、話しましょう」


「は、はい!」


「――起きてるっつーの」


 ガバリとソファーから飛び起き、レディルは一気に立ち上がる。

 「起きてたんですか……」とリューネは言う。いびきをしていた筈なのにと思ったのだろう。





 厨房ちゅうぼうで調理をするメイリン。

 その隣で、メイリンのサポートをするドロシーだが。


「【コールサ】のみじん切り終わりました!」


 【コールサ】とは、サクラたちの世界で言う玉葱たまねぎだ。

 それを、当たり前のように透明とうめいなゴーグルで目隠しをして、ナイフで切りきざむ。


「それじゃあ、次は……」


「――【コルジュ】ですねっ!!」


「……え、ええ……」


 料理をする事にウッキウキのドロシーに、「何故なぜ工程をしっているの?」とも言えず、メイリンは【コルジュ】と言う緑色の野菜を渡す。


「種を取って。半分に切る……次は」


 いつの間にか、ドロシーが中心になっている気もするメイリンだったが、余りのドロシーの手際てぎわ啞然あぜんとしながら。


「ぶ、豚肉ね。ねて野菜をくわえましょう」


「……【コルジュの肉詰め】、わたくし大好きなんですっ!!」


「……そ、そう。今日の晩ご飯の分もあるから、皆でいただきましょうね」


 パァ――っと笑顔を咲かせるドロシー。

 物凄いいきおいで香辛料を振りかける。


親友に教えてもらっていただいてから、本当に好きで好きで!」


「……親友?」


「――はいっ!この――ぁっ……」


 まさしく墓穴ぼけつ

 この料理【コルジュの肉詰め】は、この宿の名物であり、エドガーの母であるマリスの得意料理だった。


「ドロシーさん?どうしました……?」


「あ、いえ……」

(ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!わたくしのばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)


 一気に、好物を目の前にしてハッピーな顔色だったドロシーの顔が、真っ青になった。


(う、浮かれ過ぎていました!!最近おかしいですっ……なんなのでしょうか、この気分……)


 「何でもないです。あはは」と誤魔化ごまかして、肉をねる。

 メイリンはドロシーをジッと見ているが、気にしない振りをして調理に戻る。


(油断大敵ゆだんたいてきです!スノードロップ・ガブリエル!!【福音のマリスここ】に帰ってきて、気がゆるみ過ぎています!何度も何度も怪しまれることを言って!もう、ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)


 自分の油断ゆだんいましめて、ドロシーは必死になって肉をねたのだった。

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