84話【お風呂の掃除】



◇お風呂の掃除そうじ


 午前中の仕事を終えて、エドガーとドロシーは昼食ちゅうしょくを取る。

 メイリンは自宅じたくに戻った。その理由は。


「あのお二人が、農作業のうさぎょうのお手伝い……ですか?」


 ドロシーの言うあの二人とは、異世界人サクヤとサクラの事だ。


「そうなんですよ、どうやらモンシアさん……あ、メイリンさんのお父さんなんですけど」


「はい」


 エドガーはからになったコーヒーカップにおかわりをぎ足しながら、メイリンが家に戻った理由と二人がいない理由を説明する。


はたけ一角いっかくを借り受けたらしいんですよ……」


「メイリンさんのお父様に、ですか?どうしてそんな事に?」


 目配めくばせと手振てぶりでドロシーも飲むかと聞かれ、ドロシーは「はい、頂きます」と答えた。


「この前、メイリンさんの家にサクラがとまったんですけど、どうやらその時にサザーシャークご夫妻に相当気に入られたようでして」


 あの日、ドロシーがここにやって来た日。

 メイリンはサクラと共に帰宅きたくして、サクラはそのままサザーシャーク家にお世話になった。

 お礼と言っては何だがと、サクラは自分の世界の野菜の種をメイリンにおくったのだ。


「サクラのせ――じゃなくて、故郷こきょうの野菜の種をあげたら、どうせなら作ってみたらいいと言われたそうで……」


「?……それで、今日もお手伝いを?」


 前文ぜんぶん疑問ぎもんに思ったのか、小首をかしげつつもコーヒーカップに口をつける。

 エドガーは「ははは」と笑って誤魔化ごまかしつつ。


「そうです。やってみると楽しいそうですよ、農作業のうさぎょう。サクヤもどうやら手馴てなれているようなので、一緒になって夢中むちゅうみたいです。メイリンさんは、二人がどうしているかを見に行ったんですよ」


 夏に入り、日差しも強くなってくる。

 すでに気温は上がり始めているし、体調たいちょうにも気を付けて欲しいが。


「そうなのですね……わたくしはてっきり、自分が嫌われているものだと思っておりましたわ……」


 そう言うドロシーは、心なしか安心したように笑う。


「そ、そんなことないですよっ、もうドロシーさんも仲間ですから!」


 すたれた宿の従業員、として。

 それは嬉しい文言もんごんではない気もするが、ドロシーは嬉しそうにはにかんだ。


「はい、ありがとうございます。エドガー様」


「はい!」


 しかし、問題もある。

 今、唯一ゆいいつドロシーを怪しんでいる・・・・・・者が一人いる。

 その人物は、今もまさにこちらを監視かんししていた。

 しかし、その人物はとても苦しそうにこちらを見つめている。


「……」


 メルティナ・アヴルスベイブ。

 エメラルドグリーンの髪を持ち、そのととのった顔の造形ぞうけいは作り物のようだ。

 身体のいたる所に専用せんようの機器を装着して、レザー素材のワンピースを着用するこの女性は、唯一ゆいいつドロシーに拒否反応きょひはんのうしめした。


 具体的に何かをしたわけではないが、初対面で不躾ぶしつけ態度たいどを取り、無視を決め込んだこの数日前。

 それからメルティナは、エドガーとドロシーがいる時に限って、監視者かんししゃのように二人を見ていた。

 何かをあやしむよう、ずっと、ずっとだ。


 エドガーも個人的にメルティナと話したが、分かったとは言いつつもこれだ。

 危険なものを見るような目でドロシーを目踏めぶみ、その都度つど苦しそうに頭をかかえる。

 そのり返しに、エドガーも不安で仕方がないのだが。


(ん、メルティナ……行ったみたいだな)


 メルティナは今度もまた、頭を押さえて去っていった。

 その様子を確認して、エドガーは何事も無いように。


「さ、ドロシーさん。午後からは大浴場の掃除そうじをしてもらいますね、メイリンさんは多分まだ来れないみたいですから」


「はぁ……ん?」


 納得なっとくしたようなそうでないような返事だが、多分「どうしてメイリンさんが来ない事が分かるのですか?」と言いたかったのだろう。

 それは、エドガーがサクラから【心通話】で連絡れんらくを受けたからだ。

 <ごめんエド君、トラブってメイリンさんの足引っ張っちゃった……少し遅れるかも>と。


「とにかく行きましょうか。ドロシーさんも入ったから分かりますよね。うちのお風呂は広いですよ?」


「は、はい!頑張ります」


 カップを片付け、二人は大浴場に向かった。





 カポーンと鳴りひびきそうなこの空間は、“魔道具”として作られており。

 お湯を入り口から先には持っていけないという理不尽りふじんきわまりない制限せいげんがあった。

 よく言えば、入浴後にぐ入り口までいくと、お湯を切ってくれるのだが、お風呂に入ったという事実まで無くなってしまいそうで、どことなく不満である。

 正確には、お湯を出す湯口ゆぐちが“魔道具”であり、入口である扉も“魔道具”、浴槽よくそうも“魔道具”だ。

 エドガーの父であり、のエドワードが作り上げたのだが、詳細しょうさいは一切知らない。


ずはお湯を抜きましょうか」


 エドガーはシャツをまくり上げ、大きな浴槽よくそう躊躇ちゅうちょなく手を入れて、一気に何かを引き抜く。

 その瞬間に、湯船ゆぶねまっていたお湯はうずを巻き始め、音を立ててい込まれていく。


「残りの二つもコレを抜いて、お湯を抜きます」


 エドガーが見せるのは黒いかたまり排水栓はいすいせんだ。


「わ、分かりました!」


 ドロシーもエドガーをならって、腕捲うでまくりをする。

 ちなみにロングスカートなので、膝丈ひざたけまでまくり上げて生足が見えている。


「そっちの浴槽よくそうのお湯は特に熱いので、気をつけてください」


「はいっ」


 そうして全ての浴槽よくそうからお湯を抜き、エドガーは掃除用具そうじようぐを持ってくる。

 

「これで床をみがきましょう」


 笑顔でそれをドロシーに渡した。


「【デッキブラシ】……」


「あれ、知ってます?実はこれも“魔道具”なんですよ」


「――あ……」

(しまった!)


 つい、昔からこの宿にあるこの掃除用具そうじようぐを目にして、つぶやいてしまった。

 ドロシー(スノードロップ)は口元を隠しつつも、誤魔化ごまかすように。


「えっと、東の国にもあるんですよ。奇遇きぐうですね~……」

(われながら苦しいっ!!)


 下手な誤魔化ごまかしよりは、今の状況じょうきょうを利用することを選択したが。

 その誤魔化ごまかされた形のエドガーは、笑顔で。


「へぇ!そうなんですね!それは奇遇きぐうだなぁ……」


 カショカショ!と、もう一本のデッキブラシで床磨ゆかみがきを始めていた。

 どうやら、大して聞いていなかったようだ。

 この【デッキブラシ】、実はサクラがかばんから取り出した新品である。

 だが、昔からあるというのも本当で、その【デッキブラシ】はなかばかられたものだった。

 エドガーの父、エドワードの“召喚”は、こわれたものを呼び出す事が出来る、だ。


 今この大浴場にある大半が、実はサクラがかばんから取り出して新品になっている。

 元々、おけ罅割ひびわれていたり、穴が開いていたりしたものを修理した感じで使用していたのだ。


「あ、あはは……」

(誤魔化ごまかせた?)


 ドロシーと言う仮面を被る“天使”は思った。この少年は、将来しょうらい絶対に悪い女にだまされると。

 そんな確信をいだきながらも、話題わだいが戻らない内に、ドロシーは掃除を始めたのだった。

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