09話【第二王女】



第二王女スィーティア


 思い返した恥ずかしい出来事。

 エミリアは、隣に座るローザがまだ医学書を読んでいても、おかまいなしに話しかけていた。


「――でね。そのコノハちゃんが……」


「エミリアちょっと五月蠅うるさい」


 寄ってくる虫をはらう様に、手でしっしっ!とするローザ。


流石さすがひどくないっ!?」


 「私だって傷付くんですけど!」と、つくえをたたいて反論する。

 再度言うが、ここは図書館としょかんだ。


「いいから早く仕事に戻りなさいよっ」


「今は休憩中です~、休憩中~!」


「――残念ですけど、休憩は終わりですよ。エミリア様っ」


 ローザとエミリアの居る座席ざせきは二階だが、声は下から掛かった。

 その声に、エミリアはテーブルから身を乗り出して。


「レミーユ!もう交代なのっ!?」

「ちょっとエミリアっ。はした……はぁ、まぁいいか」


 腹這はらばいで足を上げ、下着丸見えのエミリアを注意しようとしたが、途中とちゅうでローザはあきらめた。


「――んじゃ、またねローザ!私戻るからっ」


「はいはい……お仕事頑張りなさい」


 走っていくエミリアに、ローザは息をいて見送る。

 何度も言うが、ここは図書館としょかんだ。


「さてと……次のたなに行きましょうか。《石》の価値がないお国柄上くにがらじょう、鉱石類の本は一切置いていないし……医学書も進んでいない……《魔法》に関する書物なんてある訳も無し……はぁ……」


 ため息をいて、ローザは別のたなに向かう。


「……」


 【リフベイン聖王国】の書物類の発展は皆無かいむ、むしろローザの時代よりも衰退すいたいしていた。

 医学などの知識の広まりも、同レベル。

 何千年もっているとは思えないほど、この国の進歩は少ない。

 当時簡単になおせた病気が、不治の病として書物にっていた時には、ローザも眩暈めまいを覚えた。


(これなら、エドガーの家の書物の方がまだマシだわ……)


 国の中枢ちゅうすうである秘蔵図書館ひぞうとしょかんに、心の中で愚痴ぐちをこぼして、ローザは本を取る。


「……時間は……まだあるわね。五さつはいけるかしら……?」


 エミリアとは違い、ローザは仕事まで時間があった。

 指南役しなんやくとして入城した手前、ローマリアに王族の作法や勉強を教えてあげなくてはならない。

 そんな合間をって、こうして調べ物をしているのだが。

 図書館としょかんで調べ物を開始して、すでに15日。

 有益ゆうえきな情報を、ローザはまだられていない。





 【白薔薇しろばら庭園ていえん】、薔薇広場ばらひろば


「――いいんですか?ノエル様」


「あ~、いいのいいの。どうせバレないし・・・・・


 メイドの恰好かっこうをするノエルディアと、エドガーの妹リエレーネ。

 彼女もまた、メイドの恰好かっこうをさせられていた。

 【聖騎士副団長】オーデイン・ルクストバーに。

 そして今は、サボっておしゃべり中。

 勿論もちろん、リエレーネは自分から進んでサボっている訳ではない。


「いや~。後輩こうはいが出来て、折角せっかく仕事が減ったと思ったらさぁ、ここ数日忙しくて忙しくて……」


「は、はあ……そうですね。確かにお忙しそうですけど……」


 ノエルディアの【従騎士じゅうきし】となったリエレーネも、ローザが城に来た時はおどろいた。

 くわしくは知らないが、ローマリア殿下でんか指南役しなんやくとして来たらしい。


(ローマリア殿下でんかは、よく【福音のマリスうち】に行ってるとか……その過程かていでスカウトしたらしいけど、何だか聞きにくいのよね……)


「――ねぇリエレーネ、貴女あなたのお兄さんって、どんな人?」


「――え。何ですか急に……昨日は突然ノエル・・・って呼べって言ったり、変ですよ?」


 ノエルディアはあの日、ローマリアがメルティナをメルと呼んだ瞬間、自分も愛称あいしょうで呼んでもらおうと考えた。

 その足掛かりが、自分の【従騎士じゅうきし】リエレーネだ。


「変とは何よっ。【召喚師】なんて言われてさげすまれてるのに、あの強さは何なのかと思ってねー」


 【王城区ブリリアント】と、セイドリック・シュダイハとの決闘で二度見た。

 エドガー・レオマリスと言う少年の戦いぶり。

 【召喚師】と言う“不遇”職業にきながら、周りには美女美少女の集団。

 おかしいと思うのも当然の事でもあった。


「……そんなこと言われても、私にとってはおに……――兄は兄ですし」


 顔を背けて、お兄ちゃんと言いそうになった事を誤魔化ごまかす。


(……この子、もしかしてブラコン?)


 ニヤリとしながら、ノエルディアはリエレーネをのぞき込む。

 むすっ――として、兄の事を考えるリエレーネを目撃した。


「なんです?」


「い~や~……別に~」


「ちょっと、何なんですか一体……ノエル様っ!」


 サボっている自覚があるのか、二人は声を隠すこともなく堂々と話す。

 しかし、真隣に人がいる事に気付かなかった。

 ノエルディアがぶつかりそうになる。


「――おっと。これは失礼……。……。……――って!!スィーティア様ぁぁぁっ!?」


 ぶつかりそうになったのは、朱色の髪をぼさぼさにした第二王女スィーティアだった。


「……ん~。ああ、ローマリアのメイド……不躾ぶしつけよ~」


 覇気はきのない返事で、第二王女スィーティアはノエルディアに言う。


「――す、すみませんっ!」

「――申し訳ありません!!」


 ノエルディアは頭を下げる。当然リエレーネもだ。


「いいわよ~、別に~」


 そう言い残して、フラフラと進んで行くスィーティア。

 目元にはくまが、身体はフラフラで足元がおぼついていない。

 もしかしたら、ぶつかりそうになった事すら覚えていないかも。


「クビ飛んだかと思った……」

「……サボるからですよ……副団長に報告しますからね!」


「――ごめん」


 泣きそうになる、メイドの恰好かっこうをした【聖騎士】だった。





 薔薇広場ばらひろばを通り過ぎたスィーティアは、一人愚痴ぐちる。


「また消えた……これで何度目だっけ、の反応」


 感知しては消える、赤い反応。

 この城で感知したさい、その反応を追って何度も探したが、消えては現れをり返すので、とても疲れていた。

 もう何日も徹夜てつやで追いかけて、フラフラだ。


 しかしこれは、ローマリアが立てたさくだったのだ。

 ローザが入城すれば、時間がかからずにバレるであろうその存在。

 それをカムフラージュする為に、あらかじめローザが魔力を注いだ、魔力の時限爆弾・・・・だ。

 その爆弾は、一定の位置で魔力だけを発生させ、一定の時間で消えるようにしてある。


 ローザは依頼いらいを受けている間、極力を使わないと決めている。

 ローマリアと相談そうだんして、一番の難関なんかんだと言う二番目の姉をあざむくためのさくだ。


 そのさくにまんまと引っ掛かり、スィーティアはここ数日寝不足気味になっていた。

 それこそ、ぶつかりそうになった【聖騎士メイド】をとがめる事もしないほどに。


 宮殿内きゅうでんないに戻り、廊下ろうかの角を曲がろうとしたスィーティアは。


「――しんどい……眠い……あ、くらくらする……」


 寝不足が行き過ぎて、眩暈めまいを起こす。

 くらっとし、足元を何かに引っ掛けた。


「――あ」


 ぐらりと、視界を揺らがせて。

 向かう先は、硬い硬い大理石だいりせき廊下ろうか

 しかし。


「――おっと……大丈夫ですか?スィーティア殿下でんか


 倒れる直前、王女の身体をガシッと支えたのは、【聖騎士】アルベール・ロヴァルト。

 エミリアの兄にして、エドガー・レオマリスのもう一人の幼馴染。


「……確か、え~っと……アルベール……ロヴァルト?」


 顔は覚えていたが、名前を出すのに間を置き。

 しかしアルベールは。


「ええ。このあいだ振りになりますね、殿下でんか


「――!」


 ニカッと笑う青年の笑顔に、第二王女の心の壁はくずれた。

 それはもう、見事にくずれたのだった。

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