192話【Get Lost】



Getゲット Lostロスト


 荒野の入り口付近で、フィルヴィーネとサクヤが一瞬の攻防をり広げていた頃。

 別位置にいるエドガー達は、村の跡地あとちであるこの平地に、キャンプをすることを決めていた。


「テントはこれでよし……っと」


「イエス。こちらも終わりました」


 エドガーとメルティナは、テントの設営せつえいをしていた。

 ローザは、サクラの所にいる。


(任せろって言われたけど……すごく気になるな)


 エドガーはちらりと見やるが、サクラは下を向いてうつむき。

 ローザはどこかから持ってきた切りかぶに座った。

 エドガーも行った方がいいのではと思わせる程、空気が重い。

 しかし。


「エドガー、お腹が空いたわ」


 コートの胸ポケットから、そんな言葉が飛んでくる。


「リザ……君は何もしてないだろ?」


 あきれ半分若干じゃっかん苛立いらだち半分で、胸ポケットの小さな“悪魔”を指で小突く。


「――いたっ!何をするのよっ……!私はフィルヴィーネ様に頼まれて、娘どもを監視かんししているのよ!?」


監視かんし?」

「ですか?」


 エドガーも、いつの間にか隣にいるメルティナも、その言葉に疑問符ぎもんふを浮かべる。


「……あ、いや……そこまで大したものでは……ないけれど」


「聞かせて下さい。今は早く、二人の問題を解決かいけつしないと……」


 エドガーは、胸ポケットの前にし肉をひらひらと揺らす。


「う~ん……し、仕方が無いわね」


 いとも簡単に釣れた。


「なんて食い意地の張った“悪魔”でしょうか……」


 ジト目でリザを見るメルティナ。

 とても人間らしい仕草しぐさをしつつ、リザにあきれたメルティナだった。





 簡易的かんいてきに用意したテーブルに降り立ち、干し肉にかじりつく。

 むしゃむしゃと食べ、あっと言う間に自分と同サイズの干し肉を平らげたリザ。


「ノ、ノー。いったいどこに入ったのでしょうか……」


 非人体的な構造こうぞうに、メルティナは目をかがやかせてリザを見ている。


「ふぅ~、美味おいしかった……」


「じゃあリザ、聞かせてくれるかい?」


「ええ。約束だし……別にフィルヴィーネ様に止められている訳でもないからいいわ」


「それじゃあ、監視かんしってどういう事だい?」


「そのままよ。サクラを監視かんししているわ……昨日の話から様子がおかしかったのはエドガーも知る所でしょう?」


「うん。そうだね……サクヤの妹……コノハさんの話をした時からだ……」


 思い出しても、少し胸が痛くなるサクヤの過去。

 双子の妹を【魔眼】の発動によって失い、その後の人生を屋敷内で過ごした。

 あの時のサクヤが、誰に話しているのか。それは一目瞭然いちもくりょうぜんで、目の前にいるサクラと、妹のコノハを重ねているとエドガーも気付いていた。


(――だけど、僕は声を掛けられなかった……)


 話はキチンと聞いていた。理解もした。

 でも、サクヤにもサクラにも、エドガーは掛ける言葉を引っ張り出すことは出来なかった。


「私は、あの時小娘……サクラに盾にされていた。まぁサクヤと目を合わせられなかったからだろうけど……目が合えば、その瞬間に答えが出るとでも思ったのね、きっと」


 分かる気もする。それだけ、あの時のサクヤは真摯しんしで、直接心をぶつけていた。


「昨日、エドガーが部屋を出て行った後、あの子は少しフィルヴィーネ様と話しをしたの、けれど、答えは出ていないように見えたわ。それで夜も考えに考えて、結局受ける事をこばんだのが……サクラでしょう。似てるけど似てないわ、あの二人」


 サクヤの言葉を受けない。それがサクラの答え?

 エドガーは、サクラとローザの様子を見る。


 ローザはサクラに声をかけるぞと、目で合図あいずする。

 エドガーはうなずき、ローザにたくした。

 そのローザの言葉は、救われる言葉か、それとも逆か。

 どうとるかは、サクラ次第しだいだ。





「わたしは……サクラはコノハの生まれ変わりだと思っています。それ自体に根拠こんきょはない、でも自信はある……だが」


「本当であってほしくはない……という所か」


「……はい、そうなのでしょう……ですが、わたしはサクラにコノハとしてせっしてしまう時がある……生きていればこうだったのではないかと、夢想むそうして……」


 地べたに座りながら、サクヤはフィルヴィーネに話を聞いてもらっていた。

 さながら、昨日の続きのように。


「……それの何が悪い。いいではないかそれくらい」


駄目だめなのです、それでは。あやつは他人にばかり気を遣う……それが能力ちからにも反映はんえいしているのだとも思うし……」


 他人になりきる力。気を遣い、相手をおもんぱかる事でた、サクラだけの能力ちから


「わたしは……サクラはサクラでいて欲しい……矛盾むじゅんしているのは分かっています。自分からコノハと見ていて何を言うと、思うかもしれないですが……サクラはサクラだ、何者でもない」


 自分が妹として見続ければ、サクラはきっとえんじてしまうだろう。

 無意識にでも、きっとなり代わってしまう。

 サクラがコノハに代わってしまう。

 それは、サクラを殺すことだ。


「言わなければよかったと、昨日は思った……でも、言わねばならないとも思ったのだ……わたしが、わたし達が進んでいく為にっ……!」


 心では決まっている。考えはすでにまとまり、ブレないと心にちかった。


「――だがわたしは!……わたしはサクラの顔を見るたびに……妹の、コノハの……!」


 死んだ瞬間を思い出してしまう。

 生きて成長した姿を想像してしまう。


 生きていてほしかった。

 自分がうばった、妹の生。

 もしも別の時代・・・・に生まれ変わり、その元気な姿が目の前にあれば、きっとだれでも夢見てしまう。





随分ずいぶんとへこんでいるようね、サクラ」


「いきなりなんです……?」


 上からの見下みおろしてくるローザに、サクラはにらむように腕の隙間すきまから目を出す。

 サクラは三角座り(体育座り)をして、顔をおおい隠していた。


「エドガーに聞いたわ。昨日の話……ここに来るまで、【心通話】でね」


「……そうですか。で……なんですか?」


 サクラの目の前に、ゴトン――とれた切り株を置いて座るローザ。

 ダイナミックに大股開きで座り、ひざひじをつく。


「――どう思っているの?」


「――!?」


 直球。ローザが何を言いたいのかをぐに理解し、サクラは顔を上げてにらむ。


「あんたに関係ないっっ!!」


 拒絶きょぜつするように、きつい言葉で返す。が、ローザは優しげに微笑ほほえみを浮かべて。


「逃げては駄目だめよ……サクラ」


「――!!……なっ――あたしはっ!」


「――立ち向かいなさい。現実に……この異世界に」


 数奇すうきな運命を持ってめぐり合った、それぞれ別の異世界からやって来た少女達。

 同じ《契約者》を持ち、その少年に好意をいだく。


「今逃げれば、サクヤも……エドガーも、もう戻らないわよ。なにより、貴女あなた自身が……」


「――知ってるよそんな事!!何度も考えた!前向きな事も、サクヤに言ってやりたい事も自分に言いたい事も全部!!でも!!……考えれば考える程……自分が自分で無くなっていく感覚が、あたしがあたしじゃなくてなっていく感覚が……考えを押しつぶすのよっ!!」


 きっと今のさけびは、エドガーやメルティナにも届いた。

 全部、聞かれている。けれども、一度決壊けっかいした防波堤ぼうはていは、とどめる事をしてくれなかった。


「あたしがサクヤの妹の生まれ変わり!?そんな事、理屈りくつじゃなくて分かってる!きっとそうだよ、心が訴えかけてくる・・・・・・・・・ものっ!でも違う!そうじゃないって……あいつだって思ってる、あたしだってそう、あたしはあたし、あいつはあいつ……そんな簡単な事が分からないわけないでしょ!」


 だけど。


「――あいつの顔を見ただけで……ここめ付けられる!!痛いっ……苦しい……!会いたかった・・・・・・!!そう思ってしまう……逃げられない、逃げたくない……でも、もうどこに行けばいいか分からないのよっっ!!」


 涙を流して、手の平に食い込む爪先が皮膚ひふき、血がにじむ。

 悲しく、痛々しい姿だった。





「わたしが思えば思うほど、きっとサクラは代わってしまう、変わるではない……代わるのだ!!」


 変身ではなく、成り代わる。

 そして。


「もし、もし戻ら無くなれば、サクラはどこに行く……!?現世うつしよから逃げてこの世界に来たわたし達は、いったい何処どこに逃げればいいのだっ!|フィルヴィーネ殿っ!」


 サクヤのそれは、今までいつわって来た愚者・・を捨てたあかし

 馬鹿ばかで間抜けな【忍者】。忠義ちゅうぎあつく、絶対的な忠誠心ちゅうせいしんで主人にくす。

 おどけて、お茶らけて、ふざける。そんなサクヤは、どこにもいなかった。


「――そんなもの……決まっているだろう……」


 しかしそんなサクヤの叫びも、フィルヴィーネは受け止めた。





 ローザ、そしてフィルヴィーネは言う。

 サクヤに、サクラに。

 たがいに別の場所で。


「そんなことは決まっているわ……私達に逃げればいい……」


『逃げる事も、決して間違いではない。おろかだと、卑怯ひきょうだと言う者も勿論もちろんいるだろう……』


「でも……そうじゃない。一人でかかえて、逃げて、その先に答えがあるのなら……誰も止めない、気にもかけてくれないわ。そんなことで解決できないから逃げたいのでしょう?だけど」


『だが、お主等ぬしらには仲間がいるであろう……たとえ短い付き合いだとしても、信頼しんらいし合える仲間がいる……同じ異世界人である我々われわれであり……この世界で出会った人間であり、な』


「――頼りにならないなんて言わせないわよ。どんなに貴女あなた達が逃げても、追いかけて行ってやるわ。それが……」


『仲間ではないか……?』


「この世界で会えた……エドガーと言うはしを渡って辿たどり着いた異世界で……彼に救われた、切っ掛けも動機どうきもそれぞれ違う。でも」


『エドガーにかれ、気に入り……好意をいだく。悪い事ではない、それが自然だ』


「「仲間……」」


「そう、仲間よ。私達は……だから共に進むの。エドガーと、貴女あなた達と……」


『それが出来るから、面白いのだ……世界は』





 ローザの言葉に、フィルヴィーネの言葉に。

 サクラは返す、サクヤは返す。


「昨日から、あたしの頭の中ぐちゃぐちゃで……初めは言い聞かせられたんだけど、フィルヴィーネさんと話して確信して……その後部屋から逃げたら、もうわけわからなくなってた」


『そんな姿を見てしまったのです……わたしは、こくな事をしたと後悔こうかいした……でも』


「乗りえられるって、思ったのに……朝になったらもっとぐちゃぐちゃで……まともに顔も見れなくてさ……」


『わたしも同じだった。サクラと同じ……乗りえる、進むと言っておきながら、結局こうだ……』


 ――ゴゴゴ――ゴゴゴゴ――ゴゴゴゴゴ!!


「――なにっ!?」

「……きゃっ」


『――む……?』

『……な、何事だっ』


 二人は同じ気持ちで迷い、痛め、助けられる。

 そんな二人の気持ちを、ローザとフィルヴィーネの思いを無にするように。

 荒野中に、突如とつじょとして地響じひびきが鳴り響き、空気を断絶だんぜつさせていった。

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