前のエピソード――158話【メルティナＶＳフィルヴィーネ２】

◇メルティナＶＳフィルヴィーネ３◇

　轟音（ごうおん）が鳴り響（ひび）くと、その振動（しんどう）で軽い地震（じしん）が起こった。

　少し離れた場所で、ローザは木の根に背を預けながら、メルティナとフィルヴィーネの戦いを見守っていた。

　少し前に目を覚まし、今し方聞こえて来たメルティナの言葉に、考えさせられていた。

(……メルティナは、私の代わりをしようとしている……)

　本人になり替わるのではなく、ローザの代わりに戦う事（・・・）を、深くまで想定（そうてい）しているのだ。

　今フィルヴィーネと戦っているのも、それを示（しめ）すためだ。

　フィルヴィーネにもだろうが、きっとエドガーに対しての思いの方が強いだろう。

(私と正反対……まるで、天と地ね。本当に情（なさ）けない……)

　ローザは、自分が弱くなっている事を知られない様に努（つと）めている。

　メルティナには【解析（アナライズ）】で見破られてしまっていた様だが、エドガーには知られていない筈だ。多分。

　メルティナが言った先程の言葉も、きっと本音の筈だ。

　『エドガーに申し訳が立たない』。フィルヴィーネは、あくまでも新しい異世界人（きゃくじん）だ。

　それがローザが負けて、メルティナまで負けたら立つ瀬（せ）がない。

　メルティナは分かっているのだ。サクラとサクヤでは、あの“魔王”には勝てないと。

　その考えはローザも同じだが、もしかしたらサクヤは、その気になれば意外と善戦（ぜんせん）するかもしれない。と言うのがローザの考えだ。

　サクラの場合は、おそらく仲間と戦うと言う考え自体がない。きっともう、フィルヴィーネの事も仲間として見ている筈だ。

　彼女は、身内に温もりを求めている。

　その生温（なまぬる）い考えは、ローザやメルティナには無い考えだ。

　だからこそ、サクラは貴重（きちょう）な存在なのだ。

　その考えは、戦いを重きに置いている面々にとって癒しにも近い。サクラこそが、一番エドガーに近い考えをもっていると、ローザは感じている。

　今も、本当はフィルヴィーネと戦う必要など無いと、ローザも分かっている。

　自分が短気を起こして喧嘩（けんか）を売った。そんなローザが言うのも変な話だが。

　フィルヴィーネがエドガーに協力的な以上、一触即発（いっしょくそくはつ）は避（さ）けるべきだった。

　しかし、ローザと同じ世界から“召喚”された“魔王”フィルヴィーネに、ローザは挑（いど）まねばならなかった。

　フィルヴィーネがそれを望（のぞ）んでいたと言うのもあるが、ローザ自身、弱まる自分の力を。その本当の強さをエドガーに見せておきたかったのだ。

　――自分が――戦えなくなる前に。

　しかしローザはあっさりと負けた。

　危険だからと、市街地（しがいち）では使えないと言った《魔法》を使っても、魔力をどれだけ使っても、勝てなかった。

　今のメルティナの方が、善戦（ぜんせん）しているに違いない。

　ローザは上を向き「ふぅぅー」と自分を落ち着かせるように息を吹（ふ）き。

　少し考えをまとめていると。続いていた轟音（ごうおん）が止んだ。

　戦いに決着がついたのだろうか。

「……音が止んだわね……終わったのかしら――よっ……と……くっ、あの“魔王”……まだ眩暈（めまい）が」

　脳震盪（のうしんとう）を起こし、三半規管（さんはんきかん）を揺さぶられて強烈な酔（よ）いにさらされた結果。ローザは気を失った。

　《石》が万全だったなら、気絶（きぜつ）まではいかなかったかもしれないが。

　その気絶（きぜつ）がフィルヴィーネにされたことだとは分かっている。

　ローザは眉間（みけん）を指でつまみ、戦いが終わったであろう方角を睨んだのだった。

◇

　音が止み、メルティナは目を見開いて驚愕（きょうがく）する。

「……」

「――どうした？メルティナよ……」

　目を見開き、上下に揺れるメルティナの視線（しせん）に、攻撃を受けたフィルヴィーネが声を掛ける。

　その声は、夢見心地（ゆめみごこち）の少女のように高らかだった。

　しかし声を掛けられたメルティナは、戸惑（とまど）いながらも聞き返す。

「い、いえ……その……あの……えっと……」

　メルティナはしどろもどろになり、視線（しせん）は先程からフィルヴィーネの顔と腹（・）を行ったり来たりしている。

　そう。バンカーで攻撃を与えた、フィルヴィーネの腹部に。

「――なんだ？そんな不思議（ふしぎ）そうな顔をして……」

　フィルヴィーネは未だに嬉しそうにしている。

「いえ、ですから……その、腹部……人類は、腹部に頭サイズの穴（・・・・・・・・・）が開いていても、生きていられるのですか？」

　メルティナが言うように、フィルヴィーネの腹部には人間の頭よりも大きな穴が開いていた。

　ぽっかりと綺麗（きれい）に。

　血も出ている。滝のようにドバドバと、止めどなくだ。

　つまり、メルティナのパイルバンカーはフィルヴィーネの障壁（しょうへき）を穿（うが）ち抜いたのだ。

　しかしその穿（うが）たれたフィルヴィーネは。

「――ん？無理に決まっているだろうが。我（われ）だからだぞっ……いやそれにしても、いい一撃だったな！アッハッハッハ！」

　どてっぱらに開いた穴を見下げながら、フィルヴィーネは軽快（けいかい）に笑う。

　それにしても、随分（ずいぶん）と気分がよさそうだ。

「……ノー。血が出ていますが……その――と言うか、内臓（ないぞう）は何処（どこ）に？」

　蠢（うごめ）いている血肉（ちにく）に、メルティナは元の世界で戦っていた【惑星外生命体（グリューン）】を思い出していた。倒しても倒しても、何度も再生した化け物を。

　ふと、その生命体対策（たいさく）で作り出されたある兵器を思い出す。

　再生阻害弾頭（さいせいそがいだんとう）【ＧＹＮ－１２】。

　その特殊弾頭があれば、フィルヴィーネを倒せるのではないかと。

　生憎（あいにく）、【ＧＹＮ－１２】は非常にコストがかかる為、今のメルティナでは【クリエイションユニット】を使っても作り出せないのだが。

「う～む……――再生が遅いな。こう……か？」

　そう言うとフィルヴィーネは、腹に開いた穴に手を突っ込んで、弄（まさぐ）る。

　ぐちゅぐちゅ――と一見（いっけん）淫猥（いんわい）な音に感じるが、実際見ているメルティナの顔はどう見てもドン引き、顔も青い。

　そんなメルティナの様子に気づいたフィルヴィーネは、的外（まとはず）れな事を言い出す。

「我（われ）の身体は特注（とくちゅう）だからな！」

「――そうではなくっ！！し、心臓を握（にぎ）って何を……！」

　《近未来の世界》から“召喚”された元ＡＩでもハッキリと分かる。

　心臓をにぎにぎしながら会話をするこの“魔王”は、尋常（じんじょう）ではないと。

「心臓マッサージだが……？」

「そんな何を聞いている？――みたいな顔はやめてください！」

　セルフ心臓マッサージ(直（じか）)を行うフィルヴィーネの不思議（ふしぎ）そうな顔に、流石（さすが）にツッコむメルティナ。

「なんだ。可笑（おか）しな奴だ……心臓くらい潰（つぶ）れたところで、死ぬわけなかろうが、機人（マキナ）の民であるお主（ぬし）もそうであろう？」

「――死にます！あ、いや……機械であった頃はそうではないですが……今は死にます！」

「なんとそうであったか……お主、機人（マキナ）の民は機人（マキナ）の民でも、《神機種（エクスマキナ）》であったか！？」

「……エクス……マキナ？」

「なんだ。自分の詳細（しょうさい）も知らぬのか……――おっ！？」

　心臓マッサージを続けていたフィルヴィーネが、メルティナとの会話中に何かに気付き、手に持っていた心臓を元に戻す。

　その時点で既（すで）に人間とは違うのだが、フィルヴィーネはもうフィルヴィーネという新しい存在なのではと、メルティナは半分以上諦（あきら）めた。

「ワタシの詳細（しょうさい）？……正直言えば……ワタシはマスターに“召喚”された際（さい）に、身体を作り変えています。更には以前の戦闘時に、“召喚”時よりも身体が人間に近付いた現象（げんしょう）がありました……自分の意志（いし）ではない筈ですが……まさかこんな感情を持つ日が来るとは、思いもよりませんでした」