127話【感応】



感応かんのう


「さぁて……どうしてくれようかしら。まずはけずる?それとも一気に破壊する?じわじわと溶かされる方がいいかしらぁ?」


 宿の外に出て来たローザは、サクヤが手に持つ紫水晶アメジストにらんで告げる。

 やはり、おちょくられたことが余程よほど頭に来ていたようだ。

 しかし当然、エドガーはそのローザの冗談じょうだんとも本気ともとれる行動に困りながらも。


「――じょ、冗談じょうだんって言ってたよねっ!?」


 エドガーは、ローザの言葉を本気と取って、貴重な《石》を守るべくローザの前に立つ。

 勢い余って、紫水晶アメジストを持つサクヤごと抱きしめてしまう。

 そんな守り方をするのは、どう考えてもいただけない行為こういだが。


「あ、ああ、主殿あるじどのっ……!?」


 恥ずかしそうにちぢこまるサクヤに、ピキッと青筋を立ててイラっとするローザ。


「エドガー……退きなさい」


「――ひぃっ!」


 しゃくりあげるサクヤ。どうしてサクヤにあたるのか。

 エドガーにあたるべきを言い出せない所は、まだまだエドガーに甘い証拠しょうこだ。

 なんだか趣旨しゅしが変わってきている気もするが、エドガーは。


「――嫌だ!退かないっ!!」


 ゴゴゴォ――と両者はゆずらない。

 そもそも、エドガーは何でサクヤを抱きしめたのか。

 それは勿論。新しい《石》の事しか考えていないからだ。


「――ちょちょ、ちょっとぉぉ!」


 遅れて外に出て来たサクラが、あわてて間に入る。

 キチンとサクヤをエドガーからがす事も忘れない。


「ローザさんもエド君も、変なとこで本気にならないでよ!今はコレ!この《石》、なんでこの《石》が動いたか、あの影は何なのか!そうでしょ!?」


 サクラは、サクヤの手を持って言う。

 二人の目の前に出された《石》は、薄紫うすむらさきの水晶の中に、紫紺しこんの揺らめきを見せていた。


「う……た、確かに」


「――っていうか、ローザさんのは冗談じょうだんだって言ったでしょ!エド君も冷静になってよね。《石》のことになると、冷静たもてないの、悪いくせだよ!あと、どさくさで【忍者】に抱きついたのはあたしも怒ってるから」


「――ごめ……えっ!?僕、そんなことしてないよっ!?」


「したわよっ」

「したよっ!」

「しました。記録映像もあります」

「……う、うぅ~」


 遅れてきたメルティナも参加して、エドガーの行動を見たと証言しょうげんする。

 サクヤだけは三人を無視して照れているが。


「そ、そうなんだ……ごめん。サクヤも、ごめんね」


 三人の女性に言われてしまえば、認めざるをない。

 証拠しょうこもあるので、エドガーはを認めて謝る。


「い、いえ……わたしは平気です!少し驚いただけで……その、主殿あるじどの。いや……あるじ……さま!!」


 急に、主殿あるじどの主様あるじさまに進化した。


「え、あ、うん」


 サクヤは結構気合を入れて呼び方を変えたのだが、エドガーは動じてくれなかった。

 若干じゃっかんへこみながらも、めげないと気合を入れてグッ!と拳に力を入れる。


<エエイ、強クニギルナ!割レル!!>


「――!……ね、ねぇ、あんた今、なんか言った?」


 サクラは、恐る恐るサクヤに聞く。


主様あるじさまと……」


「そっちじゃなくて!……その、声がね……聞こえない?」


「――いや、私は特に言っていないし聞こえないが?」


 首をかしげるサクヤ。

 その眼は「何を言っている」とかたっていた。


「ワタシにも聞こえません。現在、周辺の音響を精査せいさしても、大きく発せられた声はここ一帯。ワタシ達の周りだけですが、ワタシ達以外の音の反応は皆無かいむです」


「私も聞こえなかったわね。どうかしたんじゃ……って、そういえばそうね、これが貴女あなたの……【朝日の雫ホワイト・サファイア】の力なのかしら」


 メルティナもローザも、サクラが言う声は聞こえていないようだが、ローザが気付くサクラの能力ちからの可能性。

 【朝日のしずく】は、【消えない種火】や【禁呪の緑石カース・エメラルド】にはない力がある。

 それが、見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえたりと、本人にしか分からないようなものだ。


「そっか……《これ》の力を使えばいいんだ……慣れないと、霊感れいかんが強くなったって勘違かんちがいしそうだよ……」


 ひたいの《石》を触りながら、サクラは集中する。


<オイコラッ!小娘ェェ!強クニギルナ!>


「……」


<――ン……?ナンダソッチノ小娘!ナニヲ見テイル!>


 サクラの顔は、見る見るうちに不審ふしんなものを見る顔に変わる。

 眉間にしわを寄せて、こう言う。


「――あんた、何?」


<ナ、何トハナンダ!!コノワレニ向カッテ、口ヲツツシメヨ!小娘ガ!>


 サクラが、紫水晶アメジストに話しかけた事で全員の視線が《石》に集中する。

 それにしても、かなりえらそうな態度たいどだと、サクラは思った。


「やっぱり、これから聞こえているみたいね」


<オイコラッ赤髪!コレトハナンダ!ワレハ……?ン?オヌシ……ヨク見レバ……>


 《石》は、ローザを見て?様子を変える。


「――なに?あんた、ローザさんの事を知ってるわけ?」


<知ッテイルモ何モ、コノ娘ハ……イヤ、ヤッパヤーメタ。ココデ言ウノハ勿体モッタイナイシナ!>


 急に勿体もったいぶる《石》に、サクラは。


「は、はぁ!!何よ《石》のくせにぃ、勿体もったいぶらないで言いなさいっ!」


「――ちょ!わっ、サクラ!止めぬかっ!腕がぁぁ」


 サクラは、紫水晶アメジストを持つサクヤの手をブンブンと振り回して、《石》から聞き出そうとするが。

 それ以上、ローザの事は話すつもりはないようだ。


<イ・ヤ・ダ!アッカンベー!!>


「はあっ!?舌なんかないでしょうがぁぁ!!それになによさっきから変な加工音声みたいな声出して!イラつくわねぇぇぇぇ!」


「サ、サクラ~!!頼むから腕を振るのは、何卒なにとぞ何卒なにとぞやめてくれぇぇ!」


 肩が外れそうなサクヤ。

 そして皆が思った事を、メルティナが代弁だいべんする。


「……ではサクヤ。その《石》を離してはどうでしょうか。そうですね、ローザに渡すのは危険なので、ワタシかマスターに渡すことを推奨すいしょうしますが」


 その通りだった。サクラはサクヤの手を見て会話していたのだが、はたから見て、かなり奇妙きみょうな光景だった。

 具体的に言えば、通行人がこちらに不審ふしんな目を向けるくらいには怪しかった。


「う、うむ……そうしたいのは山々なのだが……主様あるじさま。これはどうすれば取れますか?」


「「「「――は?」」」」


 サクヤが手に持つ、紫水晶アメジストは。

 右手にぴったりとくっついて、離れなかったのだった。





 急いで【召喚の間】へ逆戻りした面々めんめん

 今度はエドガーもちゃんといる。


「ちょっとあんた、【忍者こいつ】に何したのよっ!」


 サクラは紫水晶アメジストにらみつけながら言う。


<……>


 しかし、《石》は答えない。

 頑固がんこだ、《石》だけに――


あるじど、様ぁ……」


「う~ん。どうしようか」


 サクヤの手にくっついた《石》は、いくら力を入れて取ろうとしても、ローザが【破邪炎掌ヒート・エンシュライン】を使っても取れなかった。


<クックック……貴様ラゴトキニ、コノ残虐ザンギャクの魔王ノ呪イガ解ケル訳ガ無カロウ>


「――なっ、呪い!?」


 サクラの驚きに、ローザは考え込む。


(破邪はじゃの力でも解けない呪い……だとしたら、かなり強力なものね……厄介やっかいな……)


 自分の力で解決できずに、不甲斐ふがいなさを感じる。

 いっそサクヤの手ごと斬り落とそうかと、物騒ぶっそうな事を考え始めていると。

 メルティナが言う。


「――では、斬り落としましょう」


 と、【クリエイションユニット】から【コンバットナイフ】を作り出す。

 刃先が振動しんどうする、超切れ味のある粉砕式ふんさいしきナイフらしい。


「――い、いやだぁぁぁぁぁっ!!」


 サクヤは、紫水晶アメジストを持つ手を腹に抱えて、球体の様に丸くなる。


<オイコラッ小娘!見エンダロウガ!!ソコヲドカンカッ!!>


「ねぇ【忍者】……《石》が退けって言ってるわよ?」


 丸くなって身を守るサクヤの背をさすりながら、サクラは優しく言う。


「ほら、あたしらが昼に食べた牛丼。あんたお米食べたがってたでしょ?おにぎりにぎってあげるからさ……」


「……サ、サクラ……おぬし


 涙目で、「いいところもあるのだな」と思っていそうなサクヤの心境は、次のサクラの言葉で、一気に反転する。


「――うん!だから――斬り落としちゃいましょう!」


「……――う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 サクヤは消えた。

 一瞬で消え去り、ローザに捕まって、しばられた。

 三コマの静止画せいしがのようだった。




「ほら、取りえずサクヤにあやまって。三人共悪ノリしすぎだよ。完全に疑心ぎしんの目だからね……今のサクヤは」


 謎の【忍者】スキルで、天井てんじょうに張り付くサクヤ。

 ローザの縄から抜け出した直後、瞬時に逃げたのだが。

 もう完全にうたがっていて、降りてこようとしない。


「悪かったって、ごめんね【忍者】」

「申し訳ありませんサクヤ。少し、はしゃぎ過ぎました」

「そ、そうね……貴女あなたの反応が面白くて――つい。悪かったわ」


 三人共が上を見上げて、首を痛そうにしながら言う。


「――サクヤ。僕もあやまるからさ、降りてこようよ……それで、その《石》を取れるように一緒に考えよう?」


主殿あるじどの……あ、様」


 そこは言い直さなくてもいい気がするが、サクヤのこだわりなのだろうか。

 エドガーの言葉を聞いてサクヤは降りてくるが、エドガーのそばから離れようとしなかった。


「……失敗した、かな」

「イエス。愚策ぐさくでした」

「……この子をからかうのは、ひかえなければダメね」


 からかい甲斐はあるが、どうも猜疑心さいぎしんの強いサクヤは、何でも信じすぎてしまう傾向けいこうがある。

 三人の間で《サクヤからかいやりすぎ禁止》のルールが決められた瞬間だった。




 落ち着いたサクヤは、エドガーの右隣に座っている。

 そのサクヤの横にサクラが座り、《石》から話を聞きやすい状況をととのえたのだが。


「――反対側は、ワタシが座ります」


「は?」


 突然、メルティナが主張しゅちょうし始めた、エドガーの反対側。

 何気なくローザがエドガーの左隣に座ろうとしたのだが、その腕をつかんで、メルティナが制したのだ。


「何のつもり?」


「……いえ。相談もなく座ろうとしたので、異をとなえます」


「なんの相談が必要なのかしら……貴女あなたにそれが必要?笑わせないで。エミリアならともかく、貴女あなたがここに座る権利けんりがあるとでも?」


 なんだか権利けんりがどうとか、話が大きくなっているような気もする。

 サクラも「ちょっとちょっとぉ」とあせっていた。


「イエス。権利けんりの主張をします。今時点で、一番マスター……エドガー・レオマリスを守れるのは……ワタシでしょう。なにか意見がありますか?」


「……はぁ?よく回る口になったわね……私に勝つって、そう言ってるのよね」


 眼光鋭がんこうするどく、メルティナをにらむローザの目は、本気だった。

 しかし、メルティナも折れなかった。なにか自身があるようなそんな顔で、ローザにべる。


「イエス。そう言っています――今の・・ローザにならば、完勝できます・・・・・・


「――!!――っ」


 「今の」を強調して、メルティナは続けようとする。

 だが、ローザがそうさせなかった。


「――もういいわ!私は気分が悪いから……上に行く。何かあったら……【心通話】で教えて……」


 強く言い放って、ローザはスタスタと【召喚の間】を出ていく。


「――ちょ、ローザ!……って、行っちゃった……」


 エドガーの言葉も聞かずに、ローザは出ていった。

 メルティナと戦えば自分が負ける・・・

 その事実に背を向ける様に、ローザは、まるで逃げる様に【召喚の間】を後にした。

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