34話【ローザの天敵】
◇ローザの天敵◇
翌朝。エミリアが泊まる客室。
「お嬢様……お嬢様っ……!?」
「――んぅんっ……」
ナスタージャに起こされて、エミリアは
(よかったですぅ……お嬢様より早く起きれて)
ナスタージャは
昨晩エミリアから頼まれたとはいえだ、本来ナスタージャは寝起きが悪い。
起こしてくれと言われた時、内心どうしよう。と思っていた。
とりあえずはちゃんと目を覚ますことが出来て、主人であるエミリアを起こせた事に、心底安心する。
「――ふぁぁ……」
(か、かわぃぃぃぃぃっ!!)
髪をぼさぼさにして小さなあくびをするエミリアに、まだ眠かったナスタージャの目も、完全
◇
パシャパシャと、エミリアは顏を洗う。
「どうぞ、お嬢様」
「――ん」
横にいるナスタージャからタオルを受け取り、顔を
(エド……もう起きてるかな……?)
「ありがとナスタージャ……水まで
水道がないこの下町で、冷たい水をわざわざ
「えっ?あぁ、それはエドガー様ですよぉ」
座るエミリアの髪を
「エドが……?」
朝とは言っても、今はまだ日が昇る前だ。
エミリアが寝てからも、まだ
「この水、全部を?」
洗顔用の大桶が、計五つ分。
北の【ルド川】から
それ以前に、エドガーは馬に乗れないはずだ。
そして、別の意味でも。
「お客さん……いないのに」
残念ながら、エミリアが驚く理由はそっちが強かった。
本来ならばかなり失礼な言葉なのだが、エドガーは笑って
「た、確かにですねぇ……」
ナスタージャも、悲しいかなエミリアの発言に
「――あ、エミリア、おはよう」
そしてそのエドガーが顔を見せた。
汗を
「エド……お、おはよう」
(あ、あれ……なんか気まずい)
そういえば昨日、
エミリアの気まずさは理解できるが。反対にエドガーは
「ど、どうしたの?汗だくじゃない……」
朝から汗だくになるエドガーに、単純に心配になるエミリア。
「ああ。
「く、
エドガーの口から出た言葉に、驚きを隠せない。
エミリアの思考は停止。とまではいかないが、エドガーが汗を流して何かを
騎士学校に通っていたころからは、とても考えられない。
「エミリア……驚きすぎだよっ」
固まるエミリアに、エドガーが汗を
「……はっ!ご、ごめん――で、何の
気を取り直して、会話を進める。
「――剣だよ、いくら
そう言って右手の《紋章》を見るエドガー。
エミリアは、また驚かされてしまう。
ローザとの契約の証であるこの赤い《紋章》。
この《紋章》のおかげで、体力や筋力が上昇したエドガー。
だが、剣の腕は完全なるド素人であり。戦い方も知らない。
掛け声やら構えやらが、圧倒的な素人だったんだと、先日コランディルと戦った時に
そして今日、自分なりに練習をしてみたエドガーだが、どうにも効率が悪い気がして、切り上げてきたところだった。
「剣って……エド本気なのっ?――あ、その……昨日あんなこと言っておいて「何なんだっ!」って思うかもしれないけどさ」
「――いや、思わないよ。そんな事全然」
昨日ローザと共に、【異世界召喚】を
“召喚”だけではなく、エドガー本人も戦う気でいるのだろうかと心配になる。
「それならいいけど……でも、大丈夫?」
エミリアはエドガーに近寄り、まだ大量の汗を
「大丈夫大丈夫っ――
「
(この【リフベイン聖王国】に、魔法は存在しない。魔力を持つ人間も同じだけど、エドは違う。この国出身でありながら、魔力を持つ唯一の人間なのに。他の国に行けば、おそらく
だから進展も発展もしない。退化の一方を
中には、積極的に他国、特に西の【レダニエス帝国】から、“魔道具”を取り寄せる物好きもいるらしいが、もしそれが見つかれば
エドガーがこれだけ大量の“魔道具”を持っていても捕まらないのは、古い価値観や先入観を捨てられない聖王国人が、
「エミリア、どうしたの?……ナスタージャさんが呼んでるけど」
エドガーの事を考え過ぎて、完全に耳が
「――え、な、何ナスタージャ?」
ナスタージャは、エミリアに
「お嬢様ぁぁ――さっきからずぅっと呼んでましたぁ!」
「ごめんって」と。へたり込むナスタージャの頭を
どうやらナスタージャは、一度
その報告のために何度もエミリアに話しかけていたが、エドガーに集中した
◇
「さてと。そろそろローザが起きるころ……なんだけど」
ナスタージャがロヴァルトの
「えっ――やだよ!」
「僕まだ、何にも言ってないんだけどなー」
エドガーの言いたいことを
いつもは朝食前に、とてつもなく眠そうに起きて来るが。
今日は
ローザに
多分ただの寝坊だろう。メイリンが来たら、
どうやらローザは、メイリンが苦手らしい。初めて会ったのは、アルベールを助けて帰って来た次の日の事だった。
『そういえば……メイリンとはどんな子なのかしら?』という言葉で、エドガーもエミリアも、ローザとメイリンがまだ会っていないことに気づいたのだ。
戦いの後、《石》の力でイグナリオに操られていたメイリンは、自分が操られていた事さえ忘れていた。
そんな混乱している時にわざわざローザを紹介したら、
メイリンはエドガーにとって姉のような存在だ。そんなメイリンに、初対面のローザは。
『ロザリーム・シャル・ブラストリアよ……ローザで構わないわ、昨日からここに住んでいるから……よろしく』
ローザの直球中の直球の
『ロザリーム。ローザさん……ですか。住んでいるというのは……つまり、エドガー君と
『ん……まあ、そういう事になるわね』
メイリンはローザが異世界から来たとは知らない。
どうやってこの宿に住ませるかなど、どう説明しようかと考えてはいたのだが。
『私はただの従業員ですし、構いませんけど……大丈夫なの?エドガー君?』
メイリンが言う「大丈夫?」は、
『は、はい……大丈夫……です』
どことなく
『ならお父さんに相談してみるわね……お野菜とか増やしてもらえるかも』
そうして、いとも簡単に受け入れられたのだ。だが。
◇
「おはよう。エドガー君、あら?エミリアさんも……おはよう、今日は早いのね」
「おはようございます、メイリンさん」
「――んぐっ……おはようご、ざいます……」
いつもの時間に
それなのに、見慣れているはずのエミリアは驚いてパンを
「落ち着いてエミリアさん……」
優しくお水を渡すメイリン。
「けほっけほっ……ありがとぉ、メイリンさん」
エミリアがあわてんぼうなのは今に始まったことではないので、平常運転だ。
「あら?
「……は、はい、多分」
メイリンがローザを呼び捨てにするのは、メイリンが仕事に復帰してきたその日。
エドガーに代わってローザを起こしに行ったメイリンが、あの
ズボラなローザを、どうやらメイリンが仕置きしたらしいが、ローザは絶対に
「じゃあ、起こしてくるね……うふふっ」
「――お、お願いします」
「――んぐっ!」
笑顔を見せるメイリンに、エミリアは再びパンを
メイリンの目は、一切笑っていなかった。
「――あああああああっぁぁあああっ!!」と、ローザから出たとは思えないほどの声が、宿中に鳴り響いたのだった。
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