35話【研鑽】



研鑽けんさん


「……うう、ひどい目にったわ……」


 右手であくびをする口元を隠し、左手でお尻をさすりながらローザが起きてきた。

 ローザを起こしに行ったメイリンも一緒にいる。


「い、いい、一体何があったのっ!?」


 ローザの悲鳴を聞いて、先程さきほどからエミリアがおびえている。

 エドガーの腕を引っ張り、ブンブンと振り回して顔を青くする。


「言うのはダメよ。メイリン……」


 ジト目でメイリンを見やる。

 余程よほど言われるのが嫌ならしい。


「――それなら、あんな格好で寝るのはおやめなさい」


 メイリンは、完全にローザを手玉に取っている。

 けれども、ローザはどことなく楽しそうに見える。


「私は、裸でなければ眠れないわ」


「裸はともかく、足を開くなって言っているのっ!分かりなさいよそれくらい」


 二人のやり取りを見るエドガーは、かわいた笑みを浮かべ。

 エミリアは戦々恐々せんせんきょうきょうとしていた。


「――ところで。覚悟はできたようね……エドガー」


 完全に冷めたモーニングコーヒーを飲みながら、ローザがエドガーに問う。


「――!……ええ。やりますよ……“召喚”」


 一度身体をビクつかせたエドガーだったが、ぐに身体から力が抜かれて、肩に力の入らないリラックスした態度たいどで、自信をもって答えた。


「そう……」


 ローザは一言それだけを言って、メイリンが焼いてくれたパンにかじりつく。


「――あちっ!!」


 猫舌のくせに。





「――ね、ねえメイリンさん……ローザに一体何をしたの?」


 エミリアが、厨房ちゅうぼうで食器を洗うメイリンに話しかけていた。


「うふふ……秘密よ?それにしても、ローザって可愛いわね……」


 メイリンからすれば、ローザもただの年下の女の子なのだった。

 戦いになるとあんなに強いローザが、この人の前では子猫のようだと、エミリアにはそう見えた。

 だから、余計よけいに知りたくなった。ローザの弱点ウィークポイントを。


「そうじゃなくて~。だからね、ローザに何を――はっ!?」


 殺気を感じ振り向く。

 そこには、自身の食器を片付けに来たローザが、そばに立っていた。


「いい度胸をしているじゃないエミリア……私の弱点でも探ろうって魂胆こんたんかしら?」


「あ、あはは。違う違うっ」


 ゆっくりと後退あとずさりし、ローザから逃げる準備をするエミリア。

 ちなみに、速度だけならエミリアの方が若干速い。


「……まぁいいけれど」


 ローザはちらりと、食堂にいるエドガーを確認する。

 エドガーは本を読んでいて、こちらを気にするそぶりはない。それを確認して、ローザはエミリアに頭を下げると。


「ありがとうエミリア、感謝するわ……」


 とても綺麗な動作でエミリアに感謝をげる。


「えっ、なにっ!?――どうしたの急に」


 怒られると思っていたエミリアは、ローザの行動に仰天ぎょうてんする。


 ローザによると。

 昨日、エドガーを傷つけるかも知れないと、覚悟をしていたと言う。

 実際今日、エドガーと顔を合わせる自信がなかったらしい。

 こうしてエドガーと普通にしていられるのは、夜にスープを作ると言い出したエミリアのおかげ、そう感じて頭を下げたのだと。

 夜中は考え過ぎて眠れず、それで寝坊してしまったらしい。

 メイリンの言う通り、可愛いところがある。


「こ、子供かっ!!」


 ついツッコんでしまったエミリア。

 元の世界で経験したことの無い感情に戸惑とまどっているローザ。

 完全に普通の女の子だった。


(男の子と喧嘩けんかとか……したことないんだ、ローザって)


 エミリアの思う喧嘩けんかとは少し違うかもしれないが、ローザがこんな感情を持った人物は、元の世界には一人もいない。


「とにかく、お礼はしたから……」


 顔を上げたかと思うと、ぐにそっぽを向く。


「アハハ!うん、受取ったよ!」

(慣れてないの分かりやす過ぎだよっ)


 照れながらも、エミリアに感謝をつたえたローザ。


「……さ、エドガーの所に行きましょう。今日やるべきことを、しっかりと相談しないとね」


「了解了解っ!」


 そうしてローザとエミリアは、また少し仲良くなった。





 食事を終え、エドガーとローザ、そしてエミリアは。

 エドガーの父エドワードの部屋に来ていた。


「す、凄いわね……これは」


 部屋に入ってぐにローザは声をらし、その青い目をキラキラと輝かせている。


「ローザ……わかるの?」


 エミリアが聞いたのは、この部屋にある一見ゴミにしか見えない物が、“魔道具”のたぐいに当たる物かどうか理解できるのか?と言う意味だ。


「何を言っているのエミリア!――本気で言っているのなら怒るわよっ」


 やけに興奮こうふんしたローザが、急速にエミリアへ肉薄にくはくしつつ言う。


「わわっ!?――わ、分かった分かった。ゴメン」


 両手を上げて降参こうさんするエミリアは、ローザもこんな表情をするんだと、感心した。


「ハハっ、喜んでくれたなら良かったよ……」


 この部屋の新しいあるじとなったエドガーが、ローザの子供のような姿を見て笑う。


「……」


 どうやらローザはれているらしい。

 エドガーに見られたのが恥ずかしかったのか、エドガーから顔を背けて大量の“魔道具”を観察かんさつし始める。

 エドガーがローザとエミリアをここに連れてきたのは、今日行う【異世界召喚】に使うための“魔道具”を探すためだ。

 【異世界召喚】をすると決めたエドガーは、父の部屋であるここに、ある“魔道具”が残っているはずだと、先程の食事のさいに話していた。


 ローザとエミリアにも手伝ってもらい、を探そうと考えた、が。

 いつも冷静なローザが、まさか“魔道具”でこんなにも興奮こうふんするとは思いもしなかった。


「よ、喜ぶどころではないわエドガー……ここにある物だけで、国家の予算を超えるお金になるのよ!?……コレも、コレも、あ、ソレも!」


 恥ずかしかったはずだが、様々な“魔道具”を手に取っていく内に興奮が再燃し、最早もはや一切隠そうともしなくなった。


「そうなんだね」

「ええぇ~。私には分かんないよぉ」


 エドガーは本当に理解りかいしているのかわからないような笑顔で。

 エミリアにいたっては、指でつまみながらある物を見ている。


「あっ!それをぞんざいにあつかってはダメよエミリアっ、そのひとかたまりでも、数万【ルビス】するんだから!」


 【ルビス】は、ローザの世界のお金らしい。

 この世界で言えば、銀貨数枚といった所。だろうか。


「そう言われても分かんないよぉ――それよりエド、何を探せばいいの?」


 エミリアは指でつまんだ物を置き、エドガーに問いかける。

 雑な扱いをされた“魔道具”にローザが「ああっ!」と慌てるが、エミリアは全く分かっている気配がない。


「ん?――ああ。【風斬かざきりのやいば】っていうものだよ」


やいばって……刃物か、ぐに見つかるんじゃないの?」


 やいばと言う言葉を聞けば、誰でも刃物を連想れんそうするだろう。


「違うわよエミリア。ソレは刃物ではなくて、よ……」


 うらめしい視線しせんをエミリアに送るローザが答えた。


「そう。ローザが言った通りだよ……極端きょくたんに言えば、雑草みたいな物だね」


「ざ、雑草っ!?」


極端きょくたんすぎよっ!――まぁ……事実雑草なのだけれど……」


 エミリアは驚いてる。無理もない。

 確かに、部屋の中で草を探せと言われても困るかもしれない。


 【風斬かざきりのやいば

 高山に生える直草ちょくそうで、風を斬って音を鳴らす草だ。

 その生命力はすさまじく、抜いてもれずにそのまま残る。

 薬草などには出来ないが、加工すれば剣にもなるとのせつもある。


「その雑草を探すの?」


 実に嫌そうに肩を落としているエミリア。


れない草だし、ぐに見つかると思うんだけどね」


 ごちゃごちゃとしたこの部屋の中から探すのは大変だろうが。

 前回ローザを“召喚”する為に”魔道具”を探した時と同じだ。


「……んじゃぁ、探すね……」

「やる気を出しなさいっ」

「だってさぁ……」


 ガサゴソと、三人が探し始めてぐ。

 一番関心がないエミリアが疑問ぎもんを口に出す。


「ねぇ色は~?草なんだし、緑だよね?れないんでしょ?」


 エミリアの疑問ぎもんに、エドガーとローザが口をそろえて。


「銀よ……」

「銀だよ……」


 二人から同時に帰って来た答えに、エミリアは意外な反応をしめす。


「――ぎ、銀っ!?何それ凄いっ……絶対見つけるっ!」


 エミリアに謎のスイッチが入った。





「あったわ……コレよ」


 結果、見つけたのはローザだった。


「……何それ、ホントに銀色だ……それに、どう見ても剣の刀身じゃないっ」


 ローザが持つ【風斬かざきりのやいば】をジィっと見つめて、エミリアは感心している。

 こんなものが地面から生えているなんて、恐ろしい。


「じゃ、行きましょう」

「ええ。そうね」


「――え、もう?」


 淡々たんたんと行動を開始するエドガーとローザ。

 あっという間に部屋から出ていく二人に、仕方なくエミリアもそそくさとついていく。


(なんだか緊張してる……?二人とも)


 エミリアが感じているこのピリッとした空気感。

 エドガーが緊張する理由は何となく分かるが、ローザは。


「ねぇローザ。なんでローザまで緊張してるの?」


 【召喚の間】へ向かうエドガーの後ろにいるローザに、そっと小声で話しかけるエミリア。


「――別に緊張なんてしてないわよ」


うそじゃん、どう見ても……」


 ローザの顔は、多少強張っているようにうかがえる。

 エミリアでも気付けるレベルで。


(昨日あんなことを言い出しておいて、緊張?……駄目だわ。冷静でいないと)


 ローザの心境しんきょう的には。

 エドガーが心配なのと、新しく“召喚”されてくる人物への警戒けいかい

 「私と同じ異世界人バケモノを“召喚”しろ」と、ローザ自身がべた事だが。

 どんな人物が“召喚”されるかは、ローザも、ましてやエドガーさえも分からないのだ。

 何かあった時エドガーを守らなければならないと、とローザは息を飲む。


「緊張じゃないわ……興奮よ」


「――え?」


 “召喚”されたのが力をしてくれる存在ならば、一向に構わない。

 だがしかし、もしも敵ならば。


(……その時は、――私が殺す)


 



 そして【召喚の間】。

 ローザと初めて会った場所だ。


(こんな短い期間に、またこんな大規模な“召喚”をする事になるなんて)


 アルベールを助ける為に“精霊”を“召喚”しようとして。

 結果――ローザを召喚した。

 その日からまだ十日程なのだ。随分ずいぶんい十日だと、エドガーもエミリアも思う事だろう。


 以前と同じように魔法陣を書くエドガーを、ローザとエミリアが見ている。

 ローザはエドガーの隣で、エミリアは扉の前で。


「ぐぬぬ……私はやっぱり入れないんだね。納得いかないなぁ」


 なんとか一緒に入ろうとこころみたエミリアだったが、やはり扉の前で見えない何かにはじかれて入れなかった。


「ローザは入れたのになぁ……」


「仕方ないでしょう……私はここから来たのだし」


 ねるエミリアに、子供をあやす様になだめるローザ。


「今回は扉閉めないからねっ!!」


 前回“魔人”が現れた時は、急いで扉を閉めさせた。

 今回はローザもいるし、事前にローザがチェックしており、怪しい“魔道具”もない。

 エミリアも、何も出来ずに待ち続けているよりはマシだろう。


「よし、魔法陣はこれでいいかな……」


 今回、魔法陣の参考さんこうにしたのは、【双星のジェミニ】。

 たがいが同じ存在でありながら、たがいに相反あいはんする力を持つ“精霊”だ。


 三人で探した【風斬かざきりのやいば】。エドガーが母から貰った誕生日プレゼント【朝日のしずく】。

 そしてグレムリンの灰こと【月明かりの砂】。

 それ以外にも【吸生針きゅうせいばり】と【闇夜やみよの羽】という“魔道具”も、この【召喚の間】のたなから追加した。


 【吸生針きゅうせいばり】は、【ガンドォル】というハリネズミの針で、人の血を吸って赤くなる。

 【闇夜の羽】は、【黒麗鳥こくれいちょう】という鳥の羽で、西の国で夜に活動する真っ黒な鳥だ。別名、死四鳥。


「“魔道具”はどう置くの?」


 ローザはエドガーをサポートしながら、大量の“魔道具”を持ち切れず、その大きな胸ではさんでいた。


「――ロ、ローザ。流石さすがにそれは危ないですよ」


 胸の谷間にはさまった【吸生針きゅうせいばり】を、エドガーが震えながら、胸にれない様に取る。


「……ありがとう、エドガー」


「――っ!!コラァァっ……何してんのぉ!!」


 扉の前でツッコむエミリアにエドガーは慌ててしまい、針を落としそうになる。


「うわっ――っ!とっ、とと!あ、危ないじゃないか、エミリア!」


「――だってぇ!!」


 見えない壁に向かって手を当てひたいを当て、抗議こうぎをする。

 ローザはクスクスと笑い。


「さ、続き続き……」


「……あ、ローザ。――“魔道具”はまだ置かなくてもいいですよ……」


 ローザは動きを止めて、エドガーの言葉の続きを待つ。


「――実は、ローザにお願いがあってですね」


「……お願い?」


 “魔道具”を持ち直し、エドガーに向き合う。

 エドガーのお願い、とは。


「僕と、戦ってほしい……んです」


 意外な回答に、ローザは目を丸くして驚く。


「……戦う?私と?」

(あせったわ……また“召喚”嫌だって言うかと)


 内心ホッとするが、エドガーは戦うと言った。

 このローザと。


「本気……の、様ね」


 静かにうなずくエドガーは、多少の震えがあるが顔は真剣そのもの、強い意志が宿っったひとみがローザを射抜いぬく。


「はぁ……分かったわよ。そんなに見つめなくても……いいでしょ?」


「あっ!すみ――いや、ありがとうござ――」


 つい謝ろうとして、ぐに感謝の言葉に切り替えるが。

 言葉の途中で固まるエドガー。


「……?」


 ローザも、突然フリーズしたエドガーを見つめる。

 するとエドガーは。


「ううん。――ありがとうローザ……頼むよ」


「……」


 エドガーは、ローザへの敬語けいごを止めた。


「じゃ、じゃ、じゃあ。この“魔道具”を別の場所に置きましょうか、巻き込んだら大変だしね……」


 自分から進んで敬語けいごはいいと言っていたローザだったが、不意にエドガーから対等に話しかけられた衝撃は相当なものだったようで、し目がちな顔は目に見えないほどほんのり赤く、くはずの無い汗がき出るような感覚が、ローザの全身を襲っていた。


「そ、そう、だね……あはは」


 エドガーの決意は固まった。後は実行することだ。

 “召喚”も、自分の強さをみがくことも、ここから始まる。

 エドガーの研鑽けんさんは。

 ――ここからがスタート地点だ。

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