間話【暗闇に咲く花/暗闇を持つ花/巡り会う黒白】



暗闇くらやみに咲く花◇


 小さな島国。――【ヒノモト】。

 その【ミカワノクニ】と言う場所で、わたし服部はっとり 咲夜さくやは生を受けた。


 庭の池で、こいながめる。

 長い黒髪を後ろ手でむすび、馬の尻尾のようにしている。

 その目は黒く、漆黒しっこくと言ってもいい。

 しかし左眼だけが、黒の中に光を持ち、まるで《宝石》のような存在感を持ち、異質いしつ際立きわだたせている。


 わたしはこれから、よめに出る。

 最後に、屋敷の中を見て回っていたのだが。


咲夜さくやよ、もういいな……」


「――はい、兄上」


 当主とうしゅである兄に声を掛けられ、一人で屋敷やしきの外に出される。

 よめに行く妹にこんなあつかいなのかと、他家から思われるかもしれないが、咲夜さくやの場合はこれが普通だった。


 幼き頃から、シノビとしての宿命しゅくめいさだめられた少女。

 つかえる君主くんしゅ忠誠ちゅうせいちかい、あるじのためにやいばとなる。

 そんなシノビの人生を、本当は送りたかった。

 当主とうしゅであった父上、服部はっとり 半蔵はんぞうは、娘のわたしを恐れていた。


 わたしには、この国でも稀有けうな“異能力”、【停動眼ていどうがん】なる力がある。

 対象たいしょう者の動きを一時的に遅くさせたり、究極きゅうきょく的には、心の臓を停止させる。


 ――通称【魔眼】。

 いつ自分が殺されるのかと、父上はこの力におびえ、自分の部屋にこもり出てこなくなった。

 そうしてすでに早数年がっていた。

 父上や兄弟姉妹に《み子》としてあつかわれ。

 肩身のせま服部はっとり家の生活。それでも、つかえる君主くんしゅを得るために|努力してきたが、それも無く終わりを告げる。

 そして今日、半蔵はんぞうの名をいだ長兄が、わたしを徳川とくがわ側室そくしつに出すと言い放ち、わたしは即刻そっこく屋敷やしきから出されたのだ。


 何の歴史もなく、わたしのシノビとしての人生は終わったかと思われた。

 わたしは、徳川とくがわ家に向かう道中で、奇妙きみょう現象げんしょうう。


 左眼が不意にうずきだし、【停動眼ていどうがん】にとある光景が映し出された。

 わたしはその人物に、目を奪われたのだ。

 赤毛の女性と戦う、少年。


 炎に焼かれそうになるのを、何度も剣で辛うじて防ぎ、命をつなぐ。

 正直言って、全然格好かっこうよくはない。


 ――ただ。

 幼い頃から、自分をあきらめていた咲夜さくやには。

 無様ぶざまに、必死にあらがうこの少年が、とても魅力みりょく的に見えていた。

 そして、少年が反撃の火遁かとんを放ち、戦いが終わる。

 その後、少年は黒く光る陣の前に立ち、何かをつぶやく。

 わたしはそれを、自分に言われた気がして、いつの間にか返事をしていた。


「――か、構わないっ!わたしを、ここから連れ出してっ!!」


 もしこの少年が、わたしのつかえるべき君主くんしゅならば。

 この身を投げ打ってでも――彼を守るとちかおう。


「ナンジノナヲノベヨ」


 誰もいないはずの空間から聞こえる、不思議な声にわたしは。


服部はっとり 咲夜さくや!シノビ……いや、くノ一だっ!!」


 おさなきわたしがあこがれた、女忍者。くノ一、響きが好きで、ずっとなりたかった。

 黒い影におおわれていくわたしの身体。

 どんどん意識がうすれて剝離はくりしていく感覚に、ここではない場所へ行けるのだと、期待感がふくらむ。


 わたし、服部はっとり 咲夜さくやは、こうして【ヒノモト】を去った。

 何処どこに行くかなんて二の次で、ただ、只々、くすべき少年を見つけられた事が嬉しかったのだ。




暗闇くらやみを持つ花◇


 小さな島国。――【日本】。

 その【愛知県】と言う場所で、あたし、服部はっとり さくらは産まれた。


 子供の時から優秀で、欠点の無い子供。

 親にめられたくて、ずっといい子を演じ、幼稚園から聞き分けのいい子供だった。


 小学生では、六年間無遅刻無欠席。

 中学生では、学校の優秀生として表彰ひょうしょうされたりもした。

 それは高校生になっても同じで、あたしは優等生をいつわっていた。

 二年生になって、今年も変わらずに優等生を演じるのかと思った。

 ――そんな時。


『A組の服部はっとりさん……援交してるらしいよ……』


 あたしに嫉妬しっとした子たちが、あたしの変なうわさを流し始めたのは、学年トップの成績が発表された次の日の事だった。


『えー、マジで?学年一位も、やることやってんのねWW』


結構けっこうヤリまくってるって……誰かが言ってたよWW』


 そんな陰口かげぐちが数日続き、あたしは指導室に呼び出された。

 生活指導員の先生がうわさを聞いて呼び出して来たらしい。


服部はっとり……お前のうわさは聞いてるぞ……大丈夫。安心しろ、先生にまかせておけっ!!』


 体育の篠崎しのざき。女子生徒を食い物にするうわさがある、最低な男だ。

 この男に目をつけられてから、あたしは、自分をだませなくなった。


『なあ服部はっとり……先生な、考えたんだよ……今のままじゃ、お前が学校にこれなくなる……そうだろ?』


 あたしは「はぁ……」と答えるしかなかった。

 こんなバカみたいな事態じたいだまってれば済む。

 そう考えていたのは、確かに甘かったのかもしれない。

 ある日、この男にまた呼び出されて。


『だから、な?服部はっとり……先生は、お前のためなら何でもするぞ……だから、分かってるよなぁ』


 鼻息荒く、あたしに近付く篠崎しのざき

 左手で強く肩をつかまれて、右手でシャツのボタンをはずそうとする。


 随分ずいぶんと手馴れている。

 テキパキと三つボタンが開き、白い下着が見える。


『……へぇ、援交してる割には、清楚せいそなの着けてるじゃないか……てっきり黒とか赤とか派手はでなのを付けてると思ったんだがな』


 その言葉に、あたしはキレた。

 ――ドグシャ!!


『――ぐぁぁあっん、ぐぅぅ!!な、何をぉぉ』


 大股で椅子いすに座り、興奮する篠崎しのざき股間こかん

 アレ・・を、思いっ切りぶっ叩いてやった。


 椅子いすからはみ出たソレ・・は、きたならしいと分かりながらも、弱点だともわかっていた、だから、右手を思いっ切りり上げて叩きつけた。


 あわを吹いて倒れる篠崎しのざきを見ずもせずに、あたしは急いで指導室から逃げた。

 我慢すればぐに済む。そう考えて、クソみたいな男に好き放題されるのを受け入れようとした。


 不思議と、涙があふれて止まらなかった。

 最初から、決めつけであたしを狙っていたんだろう。

 『任せろ』。だなんて言われてからも、状況じょうきょう悪化あっかしていく一方だったし。


 身体が目当てであたしを助けるフリをしていたんだって、心の中では分かっていた。

 でも怖かった。冷静でも、優秀でも、演技がうまくても、あたしは一人の女の子だった。

 制服を乱したまま校舎こうしゃを走り、家に帰る。


 教室に置いたままのかばんを取りに行く余裕よゆうなんて一切無かった。

 それにきっと明日には、うわさに尾ひれがついて、独り歩きしているに違いない。

 帰宅して、あたしは暗い自分の部屋でおでこにれる。

 別に熱があるわけじゃない。


 うっすらと、前髪に隠れて見えないが傷がある。

 子供の頃に、人形のような自分を気味悪きみわるがった母親から付けられた。

 ――傷だ。


『……なんであんたは子供らしくできないのよっ!!』


 いい子にしようと、我儘わがままも言わず、駄々だだねない。

 まさしく人形のような子供。周囲の人から見られた評価だ。


 母は周りからの評価を過度に心配するくせがあった。

 だからこそいい子でいようと心掛けて、遊びも甘えもしなかった。

 それが、母には苦痛だったらしい。

 普通の家族。遊んで、喧嘩けんかして、仲直りする、そんな普通の家族。

 あたしには、それが出来なかった。


 ふと、ひたいの傷に触れた瞬間、フラッシュバックのように見える映像えいぞう

 二人の女が、一人の男を取り合っている光景だった。


「な、なにこれ、バカらし……疲れてるんだ、きっと」


 思わず出た言葉だったが、もう一度ひたいに触れる。

 赤い髪の女性が茶髪の少年に抱きつき、頭をでている。

 もう一人、金髪の少女はそれに反発して、赤い髪の女性を引きがそうとするも、頭をおさえられて手が出ない。

 一方で少年はというと、抱きつかれて赤くなったり、金髪の少女をみて青ざめたりと表情が忙しい。


「……ふふっ。なんなの?」


 ふと、自分が笑っている事に気が付き、ショックを受ける。

 これだけ長い年月、いい子の皮をかぶり続けていたのに、こんなくだらない事に笑っている。


「なんで……」


 そして、少年に近付く二つの影。

 ――あれは、あたしだ。


 そこにいるあたしは笑顔で彼女達の輪に入り、赤い髪の女性と金髪の少女、そして茶髪の少年に「これからよろしくっ」と声をかけた。


 気になったのは――あたしがいたこと。


「――ちょっ!なんであたしが!?二人!?」


 髪型は違えど、顔は同じ。

 ポニーテールのもう一人のあたしは、赤髪の女性に対抗たいこうするように少年に抱きつき、身体を押し付ける。


「――なっ、何してんのよっ!?」


 あたしは驚いて、立ち上がって叫ぶ。

 ――そして。


「ナンジノナヲノべヨ」


 突然聞こえる声に、あたしは反射的に怒鳴どなる。


「はぁ!?名前……?誰よっ、どこにいるのっ!?」


 機械のような声音こわねに、あたしはおくせず突っかかる。


「ナヲノべヨ」


 イラっとしたあたしは、つい。


さくらよっ!!文句あんのっ!?」


 そして、真っ白い光に包まれて――部屋から居なくなった。




めぐり会う黒白こくびゃく


「――な、何っ?何なのよぉ!誰よさっきの声……出てこーいっ!!」


 さくらは謎の空間でフワフワと浮遊ふゆうし、誰かも知れない言葉のぬしにキレ散らかしていた。

 そんなさくらに、背後から声がかかる。


「――そんなはしたない声を出すものではないぞ。そなたも【ヒノモト】の女子おなごであろう?」


「――っ!だ、誰よっ!?」


 り向いた先。目の前を浮遊ふゆうするもう一人の少女。

 その顔は少しおさないいが、どう見てもさくらと同じ、髪型が違うだけで全く同じだ、しかし唯一左眼が少し違う・・・・・・・


「……はぁっ!?」

「――な、なんとっ!?」


 同じ顔の少女が、異空間で出会った。


「コレハ……ドウシタモノカ……」


 機械的な音声に、不思議とあせりの色が見られた。


「なんだお主!何故なぜ私と同じ顔をしているのだ……!」

「――こ、こっちのセリフなんだけど……!」


 二人は、プカプカと浮かびながら口喧嘩くちげんかを始めた。


「第一あんた!さっきのアレ何なのよ!あたしの身体で。な、なに男の子に抱き付いてるのよっ!?」

「はぁ?――な、何のことだっ!?身に覚えのないことをべるなっ!」


 二人の言い合いに、謎の声は強制介入を始める。


「……!?」

「……!?」


 二人は突然身体が動かなくなり、声も出ない。

 勝手に身体を止められて、二人は謎の声に話しかけられる。


「マズハシャザイシヨウ……マサカ、オナジタマシイガベツベツノセカイニアルトハ」


(何なのよっ……この声、マジック!?)

(――なんと面妖めんような……妖術ようじゅつかっ!?)


 言葉はちがえど、似たようなニュアンスを心の中でつぶやく二人。


「キミタチハ、センタクデキル……ココロノナカデカマワナイ、ナニガホシイカセンタクスルノダ、チナミニ、ゼンカイノジンブツハ、【ココウナルチカラ】ヲセンタクシタ」


 有無を言わさずに淡々と進める声。


(なによ……選択?前回?)

(なんなのだ……選択……とな?)


 まずはステータスを決められた、勝手に。

 これはランダム要素が強く、元の世界の身体能力が反映されるらしく、自分では決められないとのこと。

 選択できるのは、あくまでも能力・・だと言う。


(ステータスがランダムって……メチャクチャ弱い可能性もあるって事?)


「アンズルナ……コレカラソナタラガムカウセカイ【リバース】ハ、トテモゼイジャクナセカイダ……タショウヨワクテモ、セイカツニコマルコトハナイ」


「弱いって言った!?」


 謎の声が言うには、あたし達がこれから行くらしい世界、【リバース】は、《魔法》や“異能力”が存在する、まさしくファンタジーの世界らしい。

 どんなゲームだと言いたくなったが、ちらりと横を見たら、同じ顏をしたポニテ女が、爛々らんらんと目をかがやかせていた。


(これって、異世界転生ってやつ……?あたし、死んだの?……いや、でも――でも)

(なんと素晴らしいっ!《魔法》や“異能力”だと……た、た、楽しみだ――だが)


「サァ、センタクセヨ!」


 二人は、たがいににらみ合い。同じくこう願う。


((――この女に……負けない力をっ!!))


 そうして、同じたましいを持った別世界の二人は、エドガーのいる異世界に旅立っていった。

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