自分の運命とは
「覚悟・・・覚悟がいるのかよ」
そう悪態をつけば、幼馴染の変態アレンデールは可憐な笑顔でころころと笑う。
兄はベッドへと近づくと、心配そうにかたわらに腰掛けた。
「兄上。そんな何度もこちらに来られなくとも…。申し訳ありません、御前で倒れるなどたるんでいる証拠です。」
兄は笑ってジャンルードの頭を撫でる。
「何を言う。私も顕現した時は倒れたのを知っているだろうに。しかも3日だ。たるんでいるかい?」
またこの兄上は人を子ども扱いして‥。
ジャンルードは苦笑いしてベッドから半身を起き上がらせる。
「さて。じゃあ護衛騎士、メイドの諸君・・・『我の命により立ち去れ』。」
そうアレンが告げると、部屋の壁に沿って立っていた者たちが、すっと部屋からいなくなる。アレンは古い知識をつかさどるブナの加護と、知恵と直感を意味する若々しい賢者の樹、ヘーゼルの加護持ち。そのため、途絶えつつある古代魔法を読み解くことができた。今使った『魅了』もその一つである。神が直に授けたとされる古代魔法は、人には強すぎる影響を与えるためブナの加護が必要だったが、ブナが発現することは滅多になく、魔力量も高くなければ古代魔法は使えなかった。だからこそ変態が「賢者」になっているのだ。
「さてと後は防音と防御・・・・っと。おや。さすがだね。やはり君とフェルだけは殿下たちから切り離すのは難しいな。」
「気持ち悪くなるから、あれはやめろと言ってるだろう、この変態が!」
一人だけ窓辺の壁際に立ち続けていた護衛騎士。ハリス・フォン・デアフィールド。デアフィールド伯爵家3男で、武に秀でたおおらかな火属性の気質。そして健康のクルミ、戦いと挑戦の木ヒイラギの加護を持つ彼はジャンルードととても馴染んだ。子供時代の『ご学友』候補として登城して以来、ハリスはジャンと常に共にいてくれる。
「だってさ、聞かれちゃまずいじゃないの。結構ヘビーな話するよ?」
「全く・・・」
「そういえば、クリス様、フェルはいつ頃になりそうですか?フェルにも知っといてもらいたいんですけど。」
「そうだねぇ。そろそろ戻れるんじゃない? 今回は半年だから短いしね。白夜の大地で揉まれて、戻ってきたら腹黒さが増してそうで怖いねぇ。」
優しげな顔をしてこの人は怖い事を…。背筋がヒヤッとするのを残りの3人は感じる。次期宰相候補として諸外国に留学して見聞を広める習わしに従い、3年ほど前から各国の情勢を学びに遊学を繰り返す兄の懐刀、フェルデン・フォン・ファブレ。第一王子付筆頭秘書官で、やはり『ご学友』候補だった一人だ。第一王子を守るためなら実家をつぶすこともいとわない。兄絶対至上主義のあのインテリ眼鏡は自分たちにすら手厳しい。
「さて。じゃあ話を戻そう。ジャンルード殿下。あなたのその花。それはこの世界には存在しない。」
「「はあっ!?」」
ハリスとジャンルードはほぼ同時に叫んだ。存在しないとはどういうことだ。
「『その花、嵐の日に雷と共に顕現す』。やっと古書庫の奥の伝承からその一説を見つけたよ。以前は何人かいたみたいだけど、それでも直近の伝承は200年前に錦秋の大地に
「落ち人・・・・」
落ち人は知っている。いつどこに現れるか解らない、変わった知識や力を持つもの。大事にすれば国を栄えさせ、粗雑にすれば国は荒れる。よって、どの大陸でも見つかった時は自国で大事に扱うのだと。よって他国に知られていない落ち人もいるだろう。それほど秘匿されるべき脅威の力を持つもの。
「
「・・・となると、珍しい花を持っていても傍目にはわからないということか。」
「そう。特に今回は『落ち人』だ。この世界の常識など解らぬまま、珍しいがゆえに隠される可能性すらある。急がなければ出会えない可能性は刻々と上がるよ。」
「隣国に落ちた可能性は? この国に落ちたという根拠はどこからきたんだ?」
ハリスが眉間にしわを寄せたままアレンに問いかける。
それに答えたのは兄、クリストファーだった。
「第一に、あの嵐は大陸全土で起こったわけではない。我が国と国境付近の隣国の一部のみ。そしてね。雷はあの一晩中続いた嵐の中、ただの一度きり。それが落ちたのは辺境付近だ。人をやって詳しく調べさせてはいるけどね。地域は特定できたけれど、問題は相手が「生きて動く」ということ。辺境からいついなくなってもおかしくはない。」
ジャンルードは長い溜息をついた。『落ち人』とは。保護対象だから探さないという選択はない。しかもそれが自分の唯一だと? なるほどヘビーだ。
「このことは父上ももうご存知だ。体調が戻り次第、ジャンルード。君には辺境へ旅立ってもらう。祖父君と初めての御対面となるかな。」
「兄上・・・バクストンなのですか・・・。」
「そうだ。これもまた運命というのかな。唯一はなかなか手こずらせてくれるよね。バクストン家はいまだに父上に対して怒っておられるからなぁ。現当主はなかなかのシスコンであったらしいし。」
そうだ。新年の祝いの舞踏会ですら、「辺境の警備がある故」「高齢のため」といった理由で前当主は来たことがない。現当主の伯父ですら母が亡くなってからは2.3度しか顔を合わせたことがない。馬車で片道2週間の距離とはいえ、孫や甥の自分としては好かれていないと感じるには十分だった。そこへ行かなければならないとは。
「もうため息しか出ませんよ。兄上。」
「仕方ないねぇ。こればっかりは神の采配だ。私もアリスがあの醜悪な家の生まれと知った時は溜息しか出なかったよ。フェルの氷のような視線で凍えそうだった。」
「あぁ・・・。」
想像しただけで部屋の温度が10度ほど下がった気がした。
「とにかく、君は体を休めなさい。一週間あれば出発できるだろう。準備を整えて父上と逢ってから行くんだよ。もちろん、僕にもね。ハリス。君はついていくならついて行っていいよ。ただし、デアフィールド家に今回の件を漏らしたら・・・わかっているね?」
「解ってますよ。魔物の討伐遠征で長期王都を離れるって言えば、深くは聞かれませんから。俺3男ですし。」
「ついてくる気か。ハリス。」
「いくら、最近平民の暮らしも理解してきたとはいえ、一人じゃほっぽり出せないだろ。お前育ちの良さがまだ駄々洩れなんだよ。」
「すまん。。ハリス恩に着る。」
照れたように鼻の頭をかくハリスを見ながら、ジャンルードは「落ち人」の彼女のことを考えていた。伝承では文化も言語も違い、魔法すらもない世界から落ちてくるのだという「落ち人」。今はどうしているのだろう。無事だろうか。
話は終わったと帰っていく兄とアレン、家に報告してくるというハリスを送り出して、あの日雷を見た窓辺によりかかる。今日は凪いで、夕日がとろんと溶け出し光の道を水面に作り出している海。自分の運命とはなんとも平穏には過ごせないようになっているのだな。ジャンルードはやっぱりまた溜息をつくのだった。
-少し離れた王城の一室。
「やはり聞こえぬか。さすが賢者。守りが固いことだ。それでも何か動きがありそうだ。こちらも始めようか。あの方の望みのために。」
カーテンを閉め切った部屋から静かに人の気配が消える。
何かが始まろうとしていた。
ジャンルードが見ていたらやはりこう思っただろう、あぁ、やはり俺の人生は平穏とは程遠いと。
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