悪役令嬢だからって、甘く見ないでちょうだいっ!
叶奏
第一話 「悪役令嬢だからって、甘く見ないでくださいまし」
「クオード=ミーラ嬢!」
遂にこの時がやってきましたわ。
学園の卒業パーティー、我が婚約者たる王子からの呼びかけ。
私ことツインテイン侯爵令嬢、
クオード=ミーラ・ツインテインは前世の記憶を持っていまして、故に見覚えがありますのよ。
前世で大好きでした乙女ゲームの、悪役令嬢を断罪するシーンですから。
そして私はその悪役令嬢。
断罪される側ですわ。
ですが私、前世の記憶が戻った時点で決めていた事がありますの。
とはいえ、それもつい最近のことですけれどね。
「その先は言わないでくださいまし。私もわかっておりますわ」
それは、
「私との婚約を破棄なさるおつもりでしょう」
私自身が言ってやる、ということでしてよ。
ほら、王子は顔を真っ青にされていますの。
大方図星で驚いた、といったところでしょうか。
「わかっておりますわ。殿下が聖女様と仲良くされていたことは」
「い、いや、ちょっ」
たしかにゲームとは違い、今、彼の隣に聖女はいません。
ですが私との婚約を破棄した直後に呼ぶつもりでしょう。
まあ婚約とはいえ、あくまで口約束程度のものでしたが。
「私が殿下に好意を持っていたことは確かですの」
あら、お顔を真っ赤にされて。
私なんかに好かれたことがそんなに嫌でしたのね。
私もまさか貴方に惚れてしまうだなんて、思ってもいませんでしたわ。
ゲーム内で起こしていた罪は全て避けるようにしてきましたが、王子と聖女の仲を良くするようにも努力してきましたの。
ですのに王子はこんな私に対してまでも優しくしてくださるのですもの。
乙女ならば惹かれてもおかしくありませんわ。
「けれども殿下が聖女様を選ぶのでしたら、私は応援いたしますわ」
ああ、心が痛みます。
けれどこれも、今後を平穏に過ごすため。
変に反抗して荒れた土地に身一つで棄てられるのは御免ですから。
「どうぞお幸せになっt――」
「おいっ!!」
っと、言葉が遮られてしまいましたわね。
王子、熟れたリンゴのように赤い顔で大きく肩を震わせていますわ。
やはり怒らせてしまいましたか。
「申し訳ありません、殿下。出過ぎ――」
「さっきから大人しく聞いていれば……ッ」
……相当お怒りのようですわね。
ですがきっと、私を切り棄てにくるはずですわ。
「いいか、お前の言っていることは的外れだ。偉そうにピーチクパーチク言っていたことはな……っ!」
あ、あれ?
展開が違いますわ??
「俺はお前に、正式な婚約を結ぼうと言いたかったんだよッッッ!!!!」
「……………………ほえ?」
な、何をおっしゃっているのでして……!?
「で、ですけれど……! 最近殿下は基本的に聖女様と共におられたではありませんの」
帰りの馬車は、流石に違いますけれども。
それでも学園では聖女様と一緒に過ごしていたことは事実ですのよ。
ゲームでもそうでしたし。
なにより。
【私】と【彼女】で、そう仕向けたはずでしてよ。
「そ、それはっ」
ほら、殿下が言い淀んでいますわ。
やはり正式な婚約なんて、嘘ですのよ。
何かやましいことがあるに違いありませんの。
そう、例えば――
――悪役令嬢たる私を嵌めて、嘲笑おうとしているとか。
「殿下」
貴方がそのおつもりでしても、残念ながら私は嘲笑われるつもりは毛頭ございませんわ。
「貴方のお考えはよく分かりましたの」
私がそう言いますと、殿下は目を見開いた後に、火を見るよりも明らかに表情を明るくなさりましたわ。
あぁ、やはり。
私を弄ぶおつもりでしたのね。
でしたら、私は。
これ以上の醜態を晒す前にお暇させていただきましょう。
「殿下が婚約を破棄するとおっしゃるなら、私は素直に受け入れます。ですからこれ以上、ありもしないでっち上げを口にしないでくださいまし」
ピシリっと。殿下は体を固めましたの。
大丈夫だろうとたかを括って下に見ていた私の言葉に驚いたのかしら。
では驚いている間に退散させてもらいましょう。
「それでは、殿下。婚約の件につきましては父を通して正式にお願いしますの」
「あっ、ま」
お辞儀をしまして。
「私は失礼させていただきますわ」
最後に一言。
「悪役令嬢だからって、甘く見ないでくださいまし」
そう言いまして、私はその場から立ち去りましたわ。
……【彼女】との約束を、守るために。
☆☆☆
「準備はこれで良さそうね」
卒業パーティーの会場を抜け出して、私はそのまま帰宅しましたの。
そして今、荷物をまとめている最中ですのよ。
もちろん決意を決めた段階で水面下での準備はしておりましたわ。
ですので現在はその最終確認をしていましてよ。万が一漏れがあってはいけませんからね。
何の準備をしているのか、ですって?
それはもちろん、家出の、ですわよ。
乙女ゲームの中で、私は断罪された後に良くて修道院送り、悪くて身一つでの国外追放をされてしまいまして。
いくらゲームの舞台であった学園で罪になるような事を避けてきたとはいえ、現実世界において何が起こるかは分かりませんもの。
なんなら王子に対して不敬を働いたなどという理由で罪を押し付けられる可能性も否定は出来ませんし。
故に私は、とある方法を取る事にしましたの。
それはズバリ、
捕まる前に逃げてしまえ!
ですのよっ。
いくら婚約を自主的に破棄してきたとは言いましても、流石の今日中にこの屋敷に伝わる事はないでしょう。
ならば今日! 逃げてしまえばよろしくってよ。
もちろん、事前の準備は万全ですわ。
様々な地域を見て回りたいなどといった理由で逃避場所に良さげな所は見つけてありますし。
その場所では侯爵令嬢としての身分を隠して、その上である程度の地位を作り上げていますの。
そこへ行くまでの経路や、当たり前ですけれど屋敷から逃げ出す算段も割り出してありますし。
もしもに備えてのサブの計画も打ち立ててありますわ。
ええ。
だからといって油断が禁物である事は十二分に承知しております。
ですので万が一の為の予備時間なるものもきちんと用意していますのよ。
夕食は本日のパーティーで既に済ましてありますし、就寝の準備も大方片付いておりますわ。
後は、時間になるのを待つだけですの。
落ち着くのよ、私。
今日の日のためにどれほどの時間を重ねてきたか。
……いえ。
正直、時間などどうでも宜しいのですわ。
この計画は親愛なる【彼女】と打ち立てた、
ふふ。
そんなの、失敗する訳にはいかなくってよ。
「お嬢様、入っても宜しいでしょうか」
扉がノックされましたわ。
使用人が私の就寝を促しに来たのでしょう。
私は荷物をそっとベッドの下に隠すと、答えますの。
「構わないわ」
もう間もなく。
私は私になる為の、全てが始まりますの。
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