26話 家族或いは──
目を開けるとあの悪夢はそれこそ夢幻の如く、姿を消した。
「目が覚めました?大丈夫ですか?どこか違和感があるところはありませんか?」
たった一つを除いて、だが。
あの不気味なオブジェと化した凄惨な死を遂げたであろう村人の遺体も。
困惑や矛盾を抱えながらも、こちらを攻撃してくる人物も。
その非日常を感じさせる、まるで夢のようなものは無くなっていたが、その存在だけが、あの出来事は夢では無いという証左だった。
「聞こえていますか……?」
覗き込んでくる淡黄色の瞳を見返しす。
それでも消えない。
何度か瞼を閉じて、目の前の幻を暗闇の中へと消すことに成功するが、目を開けると変わらず覗き込んでいる淡黄色の瞳と目が合う。
「……?」
「凱……?起きた……?」
聞き覚えのある弱々しい声が聞こえてきて、パチパチと瞬きをし、凱は現実逃避を止める。
身を起こすと、まだ身体を痛めているのは変わらないようで、力を込めた手や腰や足がズキズキと悲鳴をあげる。
「まだ、痛いところがありますか?」
「ちょっと腰とかがまだ痛みますね……」
傍にいた正体不明の人物が支えてくれた為、凱が痛みにもんどり打って床を転げ回ることは無かった。
もんどり打って転げ回りたいほど全身が痛い。
しかし、知らない人物に痴態を晒す事をなけなしの凱のプライドが許さなかった。
それに、ノアに醜態を晒して平気でいられる自信もなかった。
患部を
「助けていただきありがとうございます。あなたたちがいなければどうなっていたことか。その、失礼ですが、あなたは…?」
「ご無事で何よりです。私たちは───」
ガシャン、と音がした。
その場の視線は、その音の方向に引き付けられた。
そこに立っていたのは怜悧な眼差しを凱にくれている絶世の美女だった。
「───目が覚めたか」
背後からぎゅっと服を掴まれる感覚があった。
凱が後ろを確認すると、ノアが硬い表情をしながらしがみついていた。
先ほどから若干挙動不審気味ではあったが、雪が降り積もった一面の銀世界を凝縮したかのような髪色の女性が現れてからははっきりと【恐怖】を露わにした。
「───あなた、たちは…?一体…」
ノアの尋常ならざる表情を見て、凱も自ずと表情が硬くなる。
不信感をぬぐい切れていない声で訊ねる声に答えたのは、背後で怯えているノアだった。
「姉…さま」
恐怖と、それ以上の何かを孕んだその声は夢見心地な気分を完全に吹き飛ばした。
何かに怯える表情で少女は言う。
「姉…さま」
零れた言葉の内容と、表情が合致していない。
何故、家族との再会で声は上擦り、表情に絶望の色が差すのか。
思いがけぬ再開という展開はあれど、このように怯えるものかと。
浮かぶ疑問は止まることを知らない。
冷たい眼差しは、ノアに牙を剥く。
「…なんで、生きている」
場が凍った。
しかし、凍らせた当人はそれを意に介す素振りも見せない。
その冷たい瞳は、
白雪のように、銀色で美しく、それでいて人肌の温もりをその冷たさで侵食する。
手足が竦む。
凍り付いてしまった場で、命が
凱はその雪の残酷さから逃げ帰るように、ノアの瞳をのぞき込む。
ノアは蛇に睨まれた蛙のように小さく、小さくなっている。
けれど、その姿を見て凱は暖かさを貰う。
守らなくちゃと決意を新たにすると。
悴んでしまった心臓をノアという暖かい人肌が、温もりを与え、霜を取り払う。
まるで暖炉を前に温まっているような、そんな安心感が湧き出す。
だから、凱は。
その怜悧で鋭利な氷柱のような瞳を。
睨み返すほど強く見つめて。
「あなたたちは一体何なんですか?」
確かに鼓動し始めた心臓の熱で、体の自由を縛る疑問や恐怖を氷解させて。
冷たい眼差しに切迫する。
「俺たちは……【
そう言ってノアの姉らしき人物は腕を組んで黙り込む。
それでは情報が不足していると感じたのか、凱を助け起こした女性がフォローを入れる。
「アナ、それではあんまりですよ。折角ご家族と再会できたんですから。あ、遅くなりました。私、サチって言うんです。【
折り目正しく、礼儀正しく、カーテシーを披露するサチ。
どうやらノアの立場も把握しているらしい。
という事は、やはり、あの冷徹な人物が姉であるのだろうか。
そもそも生きていた人間を【
それに関しては、サチの先程の発言とノアが姉と言っていたことを照らし合わせると、彼女は元人間、つまりノアの家族と考えると整合性は取れている。
それにノアがやらかした事を考えれば、あのような扱いでもさして違和感は抱かない。
贖罪の旅をしているとはいえ、思いがけぬ再会はノアも気まずいだろう。
だが、そうだとしたらサチの態度に説明がつかない。
彼女は純粋な【
トーカと同じ人を慈しむ心を持った機械なのか。
分からないこと、それ故に想定するべきことが多すぎて、凱の脳みそはオーバーヒートする。
そして何より、2人の温度差に、風邪を引きそうだ。
「……俺は【
「アナ……またそんなこと言って。白百合の花園見た時にもそんなこと言ってカッコつけるつもりですか?喜ぶ時に喜ばないでどうするんですか?本当に機械になっちゃいますよ」
ツンけんした受け答えをするなと窘めるサチ。
痛いところを突かれたのか顔ごと明後日の方向を向くアナ。
その間もサチからクドクド懇々と説教やら説得をされてしばらく。
ようやく根負けしたのか気まずそうな表情で、未だに凱の後ろに半身を隠しているノアに目を合わせて告げる。
「……。あー。……ノア。東の帝国の事件からもう6年か?」
「……」
「あの時お前は……17歳で、まぁ、なんだ、その……持て囃されていて……わた……俺との仲もそんなに良好ではなかったな」
「……は……い」
「そ、その……私……俺は機械の身体になっちまった訳だが……」
「アナ、それ余計な一言ですよ」
「わ、わかってるよ。……その、気にしないでくれ。お前のやったことは許し難い事だが……生きててくれて良かった。俺の事は、気にしなくていい。賢いお前ならきっと、贖罪の旅に出ているんだろ?」
「……姉様……私は……私は……もっと────」
情報の濁流から必死に凱が情報を拾い上げていると、ガチャリと再び扉が開く音がする。
「──たっダィまーー〜!──お?ノアちゃん、起きタんだネ、おはよウ!」
場違いの、陽気で暢気な声が入り口から響いてきた。
シリアスな雰囲気は粉々になって消えた。
否、粉々にぶち壊され、暢気というテクスチャーに張り替えられた。
贖罪の旅の果ての思わぬ出会いに、ノアが何事かを打ち明けようとしていたのに。
そのようなことをする空気感は、どこかへ霧散してしまった。
その闖入者は、率直に言うと直立する芋虫であった。
その芋虫はノアの周りをぐるぐると回って暖かい言葉を投げかけ、それに対してどうを反応すればいいかと処理をしている間にアナの傍で何事かを語り、そうしていたと思えばこちらに近づいており、ととにかく忙しなかった。
直前の雰囲気をぶち壊し、言いかけていたことを言葉を引き出す機会を喪失したことに対して苦言を呈したいところであるが、中々相手の独り言が終わらない。
「へェ~。やっぱり姉妹ダね。銀髪でスラっとしてテ…目元なんか特ニ似てるねェ。いや~いいな~。ワタシ芋虫ミたイな体だからさ~。――これはこれでカワイイんダけドネェ。――そういえばさァ」
うるさい。
もうとにかく存在が喧しい。
それとも、性自認が女性のようなので(女性が三人以上いることだし)
今度はもう、寒暖差で風邪をひくとかそういうレベルの話ではない。
常夏の、あるいは灼熱の雰囲気が、暗く、寒く、陰鬱な風で凍えた心を溶かしていく。
凍り付いた心の殻を強制的に脱がされると表現し直してもいい。
まるで北風と太陽だ。
「ケリー?その人たちに少し話したいことがあるんですが…お二人ともビックリしてますしその辺にしてもらえると…」
見兼ねたサチが釘を刺す。
少し、本当にほんの少しではあるが、棘があるような気がしないでもない。
「ア、ゴメンねーェ。友達の妹ちゃんに会えて感極まっチャってさー」
そんな極小の棘をも鋭敏に感じ取ったのかあはははと乾いた笑いでごまかし、スッとフェードアウトする。
代わりに、少し気まずそうなアナが訊ねる。
「本題から逸れ続けたが、お前たちに、聞きたいことがある。――トーカという【
今度こそ、凍った。
ノアと凱、その二人の心胆を寒からしめるその
その沈黙の時間は、二人に重くのしかかる。
「トーカは、私の姉なんです」
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